9-7 手厚い歓迎
“幽世”
それは人ならざる者が住む世界。
普段は行き来する事の出来ない裏と表。
たまに何かの拍子にその境界が曖昧となり、表の者が裏へ、あるいは裏の者が表へと移る。
神話や御伽話で語られる存在が、目の前に現れる。
それが“幽世”と言う場所。
(さて、そうなると今、目の前にいる門番、あるいはこの屋敷の住人は、話の通じる相手かどうか)
これが問題です。
世界の廃棄物“呪”、そして、その集合体である“集呪”。
様々な形をして現れては、災厄をもたらすとされている。
人語を介さず、ただただ殺戮と破壊、あるいは呪いを振り撒く存在であると教会の聖典では語られています。
しかし、それは“真っ赤な嘘”である事は、経験上知っています。
かつて、“集呪”との出会いがその嘘に気付かせてくれた。
(そう。伝説の怪物である『首無騎士』に会った事がある。その際、問答無用で襲い掛かられる事はなく、むしろ楽し気に会話すら交わす事が出来た。無論、カトリーナお婆様の知己ということでもあるのでしょうけど)
かつて私はガンケンと名乗る首無騎士と出会った。
私のような“なんちゃって魔女”ではなく、本物の魔女であるユラハにも会った。
二人は確かに“集呪”と呼ぶに相応しい力を有していましたが、危険と感じる事もなく、すんなりとやり過ごせました。
それどころか、いつでも呼べば助けてやるぞと、契約の指輪まで渡してくれる親切ぶり。
とても聖典に書かれているような怪物ではない。
それは間違いないと確信している。
(ただ問題なのは、あの兄妹が特殊な個体なのか、それとも“集呪”そのものが話の通じる相手なのか、その判断が付かないという事!)
まあ、人ならざる存在など、いかに魔女と言えどもなかなかお目にかかれませんし、確かめようもないのも事実。
ならば、臆することなく対峙するべきだと、私は判断しました。
軽く会釈して、門番に対して友好的な態度を見せる。
「馬上より失礼いたします。森の中を進んでいる内に、帰り道が分からなくなってしまいまして、難儀しております。森を抜ける道を教えてはいただけませんか?」
正直に言いますと、できれば人ならざる者とは関わり合いになりたくないというのが本音です。
ちゃんとした準備を整え、アルベルト様のような腕利きを帯同しての邂逅であれば歓迎すべき事なのでしょうが、今はその全てがない。
“集呪”に対抗するための手段もなく、だからと言って細剣一本で怪物相手に戦おうという気にもなりません。
(ゆえに、会話で状況を好転させる事。むしろ、さっさと引き上げて、改めてここに来るというのが最良ですね)
もっとも、“幽世”が表と繋がる事自体、かなり稀な現象ですし、再び訪れても空振りに終わる事も考えられます。
しかし、今優先すべきは“自身の身の安全”と“帰路の確保”です。
話が通じて、できれば友好的な態度を望みますが、そんな私の願いはあっさりと潰えました。
目の前の門番二人、鋼鉄の小人の返答は私の望むそれではありませんでした。
「ゲヘヘ、ヨク見タラ、美味シソウジャネエカ」
「兄弟、オ前モソウ思ウカ?」
「グヘヘ、白イ肌ノ肉ナンテ、生マレテ初メテダ!」
「ゴチソウ! ゴチソウ!」
どうやら私を“食べる”つもりのようです。
儚い望みでした。やはり、怪物は怪物。
あのゲンケン・ユラハ兄妹が特別、友好的だったという事なのかもしれません。
「ソラ、マズハ引キズリ落トシテヤルゼ!」
一人が斧槍を繰り出して来ました。
しかし、私は素早く腰に帯びていた細剣を抜き放ち、槍の軌道を逸らして受け流しました。
が、ダメ。二対一というのはことのほか不利でした。
もう一人も斧槍を繰り出してきて、これには対処できず、穂先を服に引っかけられてしまいました。
そのまま体制が崩され、地面に落とされましたが、上手く着地し、逆に着地と同時に回し蹴りを相手に食らわせました。
普段の高踵靴ではなく、乗馬用の長靴。
靴底は分厚く、やり方次第ではそれは鈍器にもなります。
重装甲相手では、剣での攻撃は連結部に上手く滑り込ませなくてはいけません。
しかし、“鈍器”であれば話は別。
装甲を貫通して中身に振動を与え、上手くすれば昏倒させる事も出来ます。
実際、相手はふらつき、二歩三歩後ずさり。
思わず兜を外してしまいましたが、その姿は醜悪そのものな素顔。
(尖った耳に大きく裂けた口、黒ずんだ赤銅色の肌と、人間の半分ほどしかない低身長。この特徴の怪物となると、“小鬼”だわ!)
相手の正体は掴んだ。
おとぎ話に出てくる小鬼だ、と。
同時に、やはり面倒な事態になった事を意味していました。
(小鬼が門番をしているということは、それの上位の存在がこの屋敷にいるという事でもあるわ。早く逃げ出さないと!)
二対一で不利な上に、屋敷の中にはさらに厄介な存在がいる事が確定。
おまけに、小鬼に重武装を施せるだけの財、手懐けれるだけの力を有しているのも確実。
とんだところに迷い込み、“手厚い歓迎”を受ける羽目になったと、自分の不運さを呪いました。




