8-33 なおも煽る
その後は特に問題もなく宴が進行し、お開きとなりました。
ご用意いたしました酒と料理に満足され、途中発生した“歌合せ”を除けば、つつがなく閉める事が出来ました。
その後は、いつものごとく事後処理です。
そう、ヴィニス様の精神治療でございますね。
お開きになった後、密やかにヴィニス様を別室へとお連れして、そこで毎度のごとく“二人きり”。
そう認識した途端、ガバッと飛び掛からんばかりに抱き付いて来ました。
「ヌイヴェル様、ひどいですよ! 私と言うものがありながら、別の女とつるむだなんて!」
「リミア殿下の事を仰っているなら、完全な誤解です。殿下の身柄に尽きましては、フェルディナンド大公陛下よりお預かりして、養育を任されているだけですので」
実際、その通りなのでございますよ。
隠し子だの、若い燕だのというのは、デタラメな噂話に過ぎないのですから。
むしろ、今日のリミアの暴走は、こっちが振り回されてしまったくらいです。
「本当に、本当に、そうなんですか!? 私、捨てられたりしませんよね!?」
「捨てるも何も、ヴィニス様は私にとって大切な人ですわ、今も昔も」
などと心無い台詞を吐くのは、私も立派な極悪人ですわね。
目の前の情緒不安な愛人(一方通行)の気をかけているのも、あくまで市長との太い人脈が目当てなのですから。
その証として、ヴィニス様と親しく付き合っているだけです。
それに、たまにお買い上げいただいておりますので、そうした金銭面での収入を考えますと、手放すのが惜しいと考えてしまうのです。
(いやまあ、そういう風に考えてしまうのも、十分すぎるほどに外道ですわね)
そこはそれ、魔女なので良しとしましょう。
しかし、今日の出来事で見方を変えました。
(そう、ヴィニス様の詩作の腕前が、思っていた以上に磨かれていたという事を知ったという点。これは見逃せません!)
今まで何度かヴィニス様から詩文を受け取った事はあります。
最初の一発が強烈過ぎたため、それ以降のはほとんど流し読み状態。
色恋、私への想いを綴っているのは分かりますが、それを全力で受け止めるほど、私は女性同性愛に傾いていると言う訳ではありませんので。
あくまで仕事、あくまで私益のための付き合いと割り切っていました。
なので、恋文はさっと読む程度。
心がないのかと思われるのかもしれませんが、恋文はそれこそ山のように貰っていた時期もありましたから、今更といった感じです。
ヴィニス様のみならず、あちこちの殿方や、それこそ差出人不明のものにいたるまで、数多く。
「本日披露なされました詩文は、本当に良い出来でしたわ。是非また、ああいった詩を聞かせて欲しいものですわ」
「ヌイヴェル様にならいくらでも!」
「フフッ、私一人で独占するのは、勿体ないですわ。あれほどの作品でしたらば、皆に披露するのがよろしいかと」
「う~、私は皆の前で話すのが苦手でして……。今日もついつい、あのバカ娘に本当の詩と言うものを教えてやるためにあえて」
「では、詩文を作るのはヴィニス様、朗読するのはリミア殿下でよろしいのでは?」
まあ、こちらの方が重要です。
リミアには天性の、魔力を帯びた美声があります。
私は聞き慣れているので耐性が出来ておりますが、詩文の内容が癖があり、反応は微妙でしたが、“声”に関しては聞き入っていると、周囲の反応から察しは付きます。
これにヴィニス様の詩作された歌を用いれば、間違いなくウケる。
商人としての“勘”がそう告げています。
二人を組ませろ、と。
「嫌ですよ! あんな礼儀も知らず、芸術や文学を介さない小娘なんぞに、私の詩を読ませるなんて!」
「そういうヴィニス様も、昔は随分と尖っていたではありませんか。それが今ではすっかりと丸くなり、立派な淑女になられました」
「そ、それはそうですが……」
昔ほどではありませんが、ヴィニス様は引きこもりの少女でしたからね。
詩作と読書に明け暮れ、訳の分からぬままに親から言われるままに、四十以上も年の離れた市長に嫁いでしまった籠の鳥。
しかし、今は檻から抜け出して、こうして魔女の肩に留まりに来る。
リミアの場合は逆ですけどね。
おてんばに過ぎる。
(活性化と鎮静化、真逆の作用が必要とは言え、その丸くさせる作業は私がやらないとね)
煽った手前、そしてなにより、将来の興行を見据えますと、やはり二人の結成、結束は必須。
美しい詩に美しい声が合わされば、それは皆を虜にする。
歌劇・イノテア座でも開設しましょうか、ともなりますわ。
「ご安心くださいませ。殿下には私がきっちりと、芸事のあれこれを仕込んで差し上げますから。理解できないのであれば、理解できるほどに、ね。理解できれば、ヴィニス様の詩文の素晴らしさの前に伏するでしょう」
「そうでしょうか?」
「そうですとも! ヴィニス様の詩は、人の心を打ちます。間違いありません。殿下は年若い分、それを理解する教養やゆとりある心がないだけですわ」
この点は私の養育が悪かったと言わざるを得ません。
かなり好き放題にやらせていましたからね。
まあ、拾ってまだ一月経つか経たないかですから、どう育てるべきかを定めていなかったというのが失敗の事情。
ならば、道が定まった今ならどうとでもなります。
現在、戦争中の二人の間に割り込んで、関係を丸くさせてみせましょう。
もちろん、魔女をどちらがものにするかなどと言う困った状況を逆用し、程々に煽りながら。
「ヴィニス様の詩、また私に捧げてください。魔女の肩口に留まる小鳥のように、さえずりながら」
抱き付いているヴィニス様の耳元で甘く囁き、うなじをスッと指でなぞる。
ビクッと跳ねた肩が、それはそれで愛らしい。
見た目は淑女になろうとも、心はまだ少女のままの市長夫人。
喧嘩にならない程度にもう一羽の小鳥と遊ばせましょう。
私の肩で良ければ、いつでも遊びにきてくださいね♪




