8-24 送付済みの招待状
「リミア殿下を出席させなさい」
オクタヴィア叔母様からのいきなりの言葉に、私は唖然としました。
フェルディナンド陛下より(一応)お預かりしている“大公女”を婦人会に出せなどと、不意討ちにもほどがあります。
「叔母様!? 正気でございますか!?」
「無論。理由はいちいち説明しなくても分かるでしょうに」
「絶好の看板、見世物小屋の展示物という訳ですか」
確かに、今回の婦人会は会場が『魔女の館』が選ばれ、宴会の幹事役になっているのがこの私。
酒類や料理の手配はもちろんの事、会場となる広間の内装は、全て私に任されております。
我がイノテア家の財力を見せ付け、名声、評判を確立しようという狙いもあり、準備のために来週はお店を休みにしておいたくらいです。
さすがに大規模宴会の幹事をやりながら、娼婦の仕事まではこなしては、手が回りませんからね。
それでも忙しい事には変わりませんし、叔母様も“取り持ち女”として娼館の差配をしながら、こちらの手伝いもしてくれています。
(招待客への案内状送付をお任せしておりましたが、リミアの件がまさかの事後承諾!? 相変わらず意地の悪い御方ね)
なにしろ私の叔母であり、“大魔女”カトリーナお婆様の娘ですから。
その性格の悪さは、完全に“血筋”ですわね。
「リミア殿下は養子とは言え、その肩書は“大公女”。本来ならば、街の婦人会に顔を出す身分ではありません」
「そうです。しかし、今は我が家で預かりの身。その養育方針から処遇に至るまで、実質あなたが握っているのです。お披露目も兼ねての出席で、我が家の“箔”も上がるというものです。そうでしょう、ヴェル?」
「仰る通りでもありますが、あまりそのように軽々しく扱うべきではないかと」
「あなた自身の“噂話”を払拭する意味でも、下手に隠し立てするよりかは、堂々と表に晒した方がよいでしょう」
それを言われると、反論に窮する。
実際、リミアを預かった際には、あれこれとんでもない“噂話”が飛び交い、一時社交界では騒ぎになったほどです。
(なにしろ、ジェノヴェーゼ大公家とは縁遠い貧乏貴族のお嬢様を、いきなりの養子縁組ですからね。例の事件の事を知らなければ、そりゃ憶測の一つもしますわよ)
『処女喰い』の事件の差異、秘密を知り過ぎたリミアの処遇を巡ってはかなり悩みましたからね。
親元に返すのが憚られて、結局は陛下の養子として囲い込み、その世話をこちらに押し付けてしまわれました。
さすがに事件解決に奔走させ、用が済んだら秘密保持のための口封じでは、いくらなんでも寝覚めが悪すぎます。
あいにく、『処女喰い』と同じ領域にまで落ちたくはございませんので。
「叔母様の言う通りではありますわね。中には『リミア殿下の正体は、陛下と魔女の“隠し子”だ!』なんてのもありましたわね」
「事実無根ではありますが、火が無ければ煙は立たないのは道理でしょう?」
「確かに、陛下とは夜な夜な遊んでおりますからね」
社交界では、もはや公然の秘密となっている私と陛下の関係。
変装して遊びに来てはいますが、それでも人の口には戸口を立てられないのは当たり前の事。
どこからともなく話が漏れ出てしまうものです。
おまけに、全体像があやふやで、ただ“陛下と魔女がただならぬ関係にある”という点だけが独り歩きしている状態。
ついでに申し上げれば、異母弟(実は双子)のアルベルト様も我が家によくお越しになるので、「兄弟揃って魔女に誑かされているのでは!?」などと言われる始末。
そのあやふやな部分を、“噂話”や“憶測”で保管しているのでございます。
そんな状態で唐突な養子縁組と、イノテア家の預かりとなりますと、“隠し子”云々は自然なほどに合致する状況と言う訳です。
「下手に隠すよりかは、逆に堂々と晒して、見分すればその疑惑も払拭される。叔母様はそう言いたいのですね?」
「リミア殿下は社交界へのデビューがまだですからね。顔見せをしていない貴族のお嬢様など、親類縁者でもなければ顔が分からないものです。分からないからこそ、噂の土台が出来上がる。それを崩してやれば良いのです」
「まあ、私や陛下の血を引いておりませんので、顔立ちは違いますし、それで“隠し子”云々の話は沈静化するでしょうが、別の噂話が立ちますわね」
「そこまで責任は取れませんよ」
「それも仰る通りですね」
リミアが私と陛下の“隠し子”ではないとなった場合、今度はボーリン男爵家の方に人々の視線が向く事でしょう。
まあ、実際に『処女喰い』の事件にガッツリ絡んでいますからね。
おまけにリミアの養子縁組の際、“支度金”の名目で相応の資金が男爵家に流れ込みましたし、領地の加増までなされています。
正式にはまだですが、近い将来に男爵から子爵へと格上げされる事でしょう。
「陛下が加増してまで養子縁組にするほどの秘密があるのでは!?」
という具合に勘繰る輩もでてくるでしょうね。
そこからヴォイヤー公爵家の騒動に繋がりかねませんが、そこまではさすがに面倒見切れません。
情報操作はアルベルト様の領分ですから、そこは頑張っていただきましょう。
「殿下御本人にはすでに了承を得ていますし、あとはあなたが準備すればよいだけですよ、ヴェル」
「なんで私にだけ事後承諾!?」
「絶対に嫌がりそうなので、逃げ道を塞いだうえで伝えた方が“面白そう”だからよ」
うん、さすがは叔母様、相変わらず良い性格をしていますね。
血の繋がりを感じさせるやり口です、はい。
とはいえ、自分に利がない事でもないので、引き受けざるを得ません。
今度の宴会はイノテア家の勢力を見せ付ける意味合いも含まれているのですから。
(財力や人脈を見せびらかし、さらに陛下からの懇意を意識させ、更なる箔付けをする。上手くすれば、市内での地位をさらに向上させる事にもなりますわね)
リミアの身柄も、それのための分かりやすい看板。
陛下との繋がりを欲する者もおりましょうし、将来の“繋ぎ役”としての役得を得られる可能性もありますしね。
これは張り切りざるを得ませんか。
意地悪ではあっても、我が家の繁栄に対しては極めて真摯。
オクタヴィア叔母様もまた、魔女にはならずとも、魔女の娘ではありますわね。
中身がそっくりですわ。




