8-22 居心地の良い場所
朝を彩る一杯の豆茶。鼻をくすぐり、全身へ苦みと共に目覚めをもたらす、何とも言えないこの“間”がよいですわね。
しかし、目の前の少女はそんな風情や雰囲気を楽しむ余裕はないようです。
いささかはしたなくもありますが、砂糖を三杯も入れた甘めの豆茶を、グイっと一気飲み。
喉を潤すというよりも、あるいは目覚めの一杯を味わうでもなく、ただただ昨夜の愛撫を思い出し、なおも荒ぶる感情を“鎮火”させたいご様子ですわね。
プハッと飲み干し、杯をテーブルに置き、ため息一つ。
少女のお目覚めというよりかは、迎え酒を流し込む飲んだくれでありましょうか。
「気は鎮まりましたか、ヴィニス様?」
「なんと言いましょうか、お恥ずかしい限りで……」
「その割には、昨夜はノリノリでしたわね」
「…………っ!」
私の意地悪な一言に、再び顔を真っ赤にする少女。
まあ、“初めて”の事ですし、思い出しただけで赤面ものでしょうね。
「そ、その……、ヌイヴェル様」
「ヴェルとお呼びくださいませ。親しき者は皆、そう呼んでおります」
「で、では、ヴェル、お姉様」
「はい」
反応が一々可愛らしいですわね。
また顔を赤くして、モジモジ。
そんな少女の後ろに立ち、櫛で少し乱れた髪をシュッと梳いて差し上げました。
時折、首筋を指でなぞると、ビクリと反応するのがこれまた可愛らしい。
(あ~、ダメです、ダメです。私までそっちの気が芽生えてしまいそうです)
そう、これはあくまで仕事。
寂しい思いをする妻に対して、女を宛がうという事象の結果がこれ。
市長の依頼とは言え、今更ながらとんだ仕事を受けてしまったものです。
抑圧されていた意識を解放したせいか、身体の反応は凄まじいものですわ。
全身くまなく“指”と“舌”で撫で回し、おまけに我が秘術まで使いました。
【淫らなる女王の眼差し】は肌の触れ合った相手の情報を脱ぎ出す魔術。
どこをどう“弄って”欲しいのか、どれが気持ちが良いのか、それを感じ取り、自身の手管で悦楽の沼に沈めることなど、造作もない事です。
(これがああるからこそ、床の上では唯一無二の実力を発揮できるのですけどね)
最近は“裏仕事”に活用している魔術ではありますが、“娼婦”の方で活用するのが、あるいは最も適しているのかもしれません。
完璧な奉仕を標榜する『天国の扉』の高級娼婦の中でも、一際技術力と奉仕の質が高いと評判の私。
相手の心を覗き込みながらの奉仕ですので、一切の齟齬なく相手の求めるものを差し出せるのは、大きなアドバンテージとでも申しましょうか。
実際、目の前の少女も完全に堕ちていますわね。
男を知らぬ体(結婚式の口付けだけ)に快楽の何たるかを教え込むなど、私にとっては楽な仕事です。
これで相応の稼ぎと“市長との太い人脈”が築けるのでしたら、易い仕事というものですわ。
「あ、あのヴェルお姉様」
「なんでございましょうか?」
「また、ここに来ても良いですか?」
ほら、完全に堕ちていますね。
この仕事の最大の喜ばしい瞬間です。
この業界、それこそ女をとっかえひっかえは当たり前。
嬢の腕前や容姿が気にらなければ、次は別の嬢、あるいは別の店に足を運ぶなど当たり前の世界。
しっかり稼ぐためには、いかに再入店させ、再び自分に指名予約を入れさせるか、これに尽きます。
彼女自身の財布ではないとは言え、再び来たいというのは収穫です。
(なにしろ、夫であるグリエールモ市長は、妻であるヴィニス様に負い目がありますからね。夫としての義務よりも、市長としての責務を優先している限りは、これが解消される事はありません)
少々歪な状況ではありますが、これでまた太客を得たも同然です。
最初はどうなる事かと思いましたが、少女と過ごす一夜というのも悪くはありませんね。
彼女からしても、今の自宅は何かとやりづらいでしょうからね。
四十以上も歳の離れた夫、自分より年上の戸籍上の息子、おまけに来年は“おばあちゃん”にまでなってしまう。
政略結婚が生んだ歪な家族。
そんな中にあって、颯爽と現れた演技の上手な業突く張りな魔女。
少女にとっての居心地の良い場所を設えるくらい、造作もありませんわ。
もちろん、相応の報酬あっての話ではありますが♪
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とまあ、これが私のヴィニス様の関係のお話です。
街の婦人会で顔を合わせてはとりとめのない話題で談笑して、たまに我慢できなくなりますと“夫の財布”で娼館に足を運び、私との一夜を過ごす。
そんな関係が、なんやかんやで十年ほど続いてしまいました。
私もすっかりその状況に慣れまして、“男女の別なく食らう魔女”などと言われる始末です。
特に身内から!
従弟のディカブリオは、露骨にこの点だけは忌避してきますわね。
根が真面目な分、少女を食い物にするのを嫌っての事でしょう。
いやまあ、無理やり手籠めにしたとかではなく、向こうから的になりに来たと言った方が適切なのですよ。
その点は誤解なきように。
そして今日、想定外の事態が発生するのでした。




