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魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第8章 魔女に捧げる愛の詩
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8-6 魔女と若奥様 (2)

 椅子に腰かけたヴィニス様の髪を櫛で梳き、同時に指を滑らせる。


 癖のない滑らかな金髪は、窓からの陽の光に当てられて、その輝きを増す。


 実に手入れの行き届いた髪であり、腕の良い理容師を手配しているのがすぐに分かりました。


 しかし、当の本人は思い出したかのように、ため息を吐き出す。


 余程、溜め込んでいるご様子ですわね。



「……新居に、結婚生活に馴染めませんか?」



 ここで敢えての直接的な質問を飛ばしました。


 回りくどい言い回しなど、この際不要です。


 ズバッと聞いて、ドバっと吐き出させる。


 不平不満をぶちまけさせて、それを巧みの処理してこその魔女ですから。


 しかし、そこは恥ずかしいのか、顔を赤らめながら口をモゴモゴ。


 言いにくそうなのは見たまんまですね。



(まあ、少しばかり覗いてみましょうか)



 私は意識を集中させ、【淫らなる女王の眼差しヴァルタジオーネ・コンプレータ】を発動させました。


 肌の触れ合った相手から情報を抜き取る魔術であり、髪を鋤きながらさりげなく(・・・・・)ヴィニス様の頬に手を添えて、軽く撫でる。


 ビクリと肩が少し跳ね上がりましたが、それはそれで可愛らしくていじましい。


 ほんと、猫を撫でているような感覚ですわ。



(ふむ……。ざっと感じただけでも、心の中を占めているのは、圧倒的な不安。と言うよりも、“未知への恐怖”でしょうか)



 なにしろ、十四歳で花嫁というのは決して珍しいことではありませんが、相手が四十以上も年の離れた相手では、話にも聞かないであろう“未知の領域”でしょうからね。


 どう相手と接するべきか、分からないというわけですね。



(この辺りは人生経験がものを言いますが、さすがに“恋”を知らぬ内に結婚させられ、歳近い相手ならともかく、“おじいちゃん”と呼んでもおかしくない相手。おまけに仕事一筋の大真面目なあの市長ではね~)



 市長のグリエールモ様は政治家としては大変優秀な方ですし、市政をより円滑にするために銀行の支配人一家との縁談を受けたのでしょうが、どちらもことごとく花嫁の意志を無視しています。


 上流階級では当たり前、ありがちな結婚話とは言え、やはり十四歳の少女には過酷と言わざるを得ませんか。



「あ、あのイノテア様」



「ヌイヴェルとお呼びくださいませ、ロッチャーダ夫人。私もヴィニス様とお呼びいたしますので」



 ここはより親密感を出すため、互いに名前で呼び合うように促す。


 家名では、いささかよそよそしいですからね。


 まあ、人目が有る場所でははばかられますが、ここにはそれがありませんし、まずは距離感重視。


 グッと近付いていきます。それこそ、耳元に口を近付け、息が吹きかかるほどに。



「どうぞ、ヌイヴェルと呼んでみてください」



「で、では、ヌイヴェル様、お聞きしたい事があるのですが」



「なんなりと、お尋ねください」



「えっと、かなり年上の男性とは、どうお付き合いすればよろしいのでしょうか?」



 実に初々しい質問が飛んできました。


 もちろん、そんなものは予想の範疇です。



(私も彼女と同じ年に初めての客を取って、娼婦としての歩みを始めたものですわね。そういえば、チロール伯爵様はお元気でしょうか。特にお会いする機会もなかったですし、今頃はやんちゃ盛りの子供相手にどうされている事やら)



 後に重大な事件に私自身が巻き込まれる事となりますが、この時はさすがに予想出来ようはずもありませんでした。


 ちなみに、私がチロール伯爵様を初客とした時は、今のヴィニス様と状況は似ておりますね。


 互いの年齢も同じ、相手の殿方もこれまた六十手前と同じ。


 意外と類似点がありますわね。



「ちなみに、普段は旦那様といかがお過ごしになられるので?」



「……何も、ないのです」



「何も?」



「はい。旦那様は朝早くにお出かけになられ、夜遅くに戻って来られます。一日の大半は顔を合わせずに過ごしますし……。安息日でさえ、教会での儀典ミサが終われば、方々に足を運ばれ、戻って来るのもこれまた夜遅く」



「市長も多忙だとは聞いておりましたが、それほどですか」



「だから、どう接してよいか分からないのです」



 ようやく口にした自身の境遇について、不満と言うより不安で溢れています。


 さすがに仕事一筋の市長相手では、そのような生活になりますか。



「それに、その……、お恥ずかしい話ではありますが、妻としての責務を、まだ一切果たせておりませんので」



「……まさか、床入りもなし!?」



「はい。と言うよりも、結婚式で誓いの口付けをして以来、指一本ふれられておりません」



「うわぁ……」



 ますますよろしくない情報が出てきました。


 市長、妻への愛情も、若い娘への欲情もなしですか。


 いやまあ、あちらもあちらで若すぎる後妻に戸惑っているかもしれませんが、いくらなんでも結婚後三ヶ月経っているのに、指一本触れていないのはダメ過ぎます。


 夫の義務を放棄しているのは、むしろグリエールモ様の方ではありませんか。


 年配の男性として、若い妻をちゃんとエスコートせねばならぬというのに、仕事に逃げている感じがプンプンしていますね。



(本当に大銀行との縁故だけを考えて、勧められるままに後妻を迎えたって感じですわね。これではますますヴィニス様が沈んでいきますわ)



 思っていた以上に、市長の家庭内は問題がありそうです。


 解決するのに時間がかかりそうですわね。

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