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7-77 消えた魔女 (前編)

 リミアの事で頭を悩ませておりますと、不意に来客がありました。


 やって来たのはアルベルト様。


 長い筒状の物を布でくるんでおり、それを見せるためにやって来たとの事。


 当然、密談になるでしょうから、いつものごとく、塔の部屋へと案内しました。


 “魔女の館”にある塔の部屋は、入口が一つしかない上に、高い塔の上にありますので、盗み聞きされる心配もありません。


 カトリーナお婆様も、そして、私も、密談する時はよく利用する部屋です。



「アルベルト様、まずは後始末、お疲れ様でした」



「いやはや、まったくだ。五百人分からなる水死体の回収だからな」



「景気づけにお酒でもご用意いたしましょうか?」



「いや、結構。現場での処理が終わっただけで、これから情報の書き換えやら、書類の改竄やらがあるからな」



「おやおや。湖の底に潜っておられたかと思いましたら、今度は書類の海に沈みますか。忙しない事で」



「なんなら、手伝ってくれてもいいのだぞ?」



「生憎ですが、私も私で色々と多忙な身の上でして」



 いつも通りの娼婦稼業に戻りながら、今度はリミア姫の養育までしなくてはいけませんからね。


 アルベルト様には申し訳ありませんが、これ以上の仕事は無理というもの。


 本当にごめんなさい。



「……それで、その布で包まれた物は、例の“アレ”ですか」



「ああ。一番状態の良かった物を持って来たぞ」



 そう言って包んでいた布を取り払いますと、鉄の筒が姿を現しました。


 その姿は間違いなく、例の騒動の際に魔女レオーナが使っていた“フチーレ”と呼ばれている武器。


 木床に鉄の筒を備え付けた物で、早速私はそれを手にしました。



「鉄の筒の中で“火薬”なる燃える砂が爆発し、その爆風によって礫を撃ち出す。そこまでは見た際に気付きましたが、なるほど、着火には“燧石ひうちいし”を用いていましたか」



「ほほう。どういう仕掛けだ?」



「撃ち方自体は、“ボウガン”と変わりません。撃ちたい物に狙いを定めて、バネ仕掛けの引き金を引くだけです。ただ、引き絞ったバネの力で矢を飛ばすボウガンと違い、火薬の爆発によって礫を飛ばします。そして、“フチーレ”の引き金はこの燧石に連動していて、引き金を操作しますと」



 私が引き金に指をかけ、引き金を引いてみますと、からくりが動き、燧石が鉄板に擦り付けられ、火花を散らせました。



「ここに火花が生じます。そして、ここ。この穴が鉄筒の中に繋がっているようで、ここに火薬を詰めて、火花で着火させるのでしょう」



「ふむ……。そういうからくりか」



 アルベルト様も実際に操作してみて、即座に構造を理解されたご様子。


 よくよく計算された仕組みですわ。



「使い方がボウガンに近いとなると、通常の弓と比べて、誰でも扱えるな」



「はい。弓は引き絞る力はもちろんの事、狙いを定めるのにも熟練の技が必要です。しかし、フチーレボウガンと同じように扱えるとなると、訓練期間は大幅に短縮できます。それこそ、火薬を詰めて、引き金を引けば、誰でも扱えますので」



「おまけに、あの轟音だ。隠密性はないが、音は広範囲に恐怖を拡散させる。死と恐怖を撒き散らす魔術、それが“フチーレ”か」



「はい。操作方法さえ知っていれば、女子供でも重装甲の重騎兵カタクラウトさえ、倒してしまう事でしょう」



 自分で言うのもなんですが、それは恐ろしい事です。


 貴族というものは、富と、それに裏打ちされた軍事力によって権威権力を握っているとも言えます。


 そして、訓練に励み、武芸を磨いてこその貴族というわけです。


 ところが、“フチーレ”は簡単な操作で、その武の結晶である重装甲の騎兵さえも軽々倒してしまう可能性があります。



(なるほど。世の中をひっくり返す、最高の武器というわけですか。大した物を作りましたね、魔女レオーネは)



 “フチーレ”をまじまじと見ながら、私は強くそう思いました。


 私自身、銃の一斉発射を目の当たりにし、我が家の馬車が馬ごと破壊されましたからね。


 数を揃える事が出来れば、今までの軍事的な常識が覆る事でしょう。



「アルベルト様、“火薬”なる物は回収できましたか?」



「いや、ダメだった。銃を持っていた奴の腰に下げていた袋からそれっぽい物はあったが、水没していたので流されていた」



「ヴォイヤー公爵の屋敷の方は?」



「それもダメだ。それらしき物が、実物はもちろん、調合する手引書みたいな物も、一切なしだ」



「ふ~む。秘密保持の観点から、その手の管理はしっかりなされていたという事ですか」



「そういう意味では、魔女レオーネは優秀だったな」



「だった、ではなく、です、では? 何しろ、まだ生きているのですから」



「ほう、流石は我が国の魔女殿だ。それについて予想の範疇であったか」



 感心するアルベルト様ではありますが、私は法王の使う“言霊プネウマ”の特性を知っていますからね。


 それさえ知っていれば、あるいはあの強制力を無効化できなくはありません。



(そう。あれは“雲上人セレスティアーレに逆らう”という、普通の人間にはできない事が鍵。魔女は探究者であり、世界の有様に疑問を抱く者。後ろめたさを増幅させ、そこから強制力を植え付けるのであれば、初めから支配者に対して敵意や疑惑を持っていれば、その効果を薄れさせるという事です)



 私やレオーネに“言霊プネウマ”が効かなかったのは、そういう事ですからね。


 私は“雲上人セレスティアーレ”に対して懐疑的でしたし、レオーネは何やら法王を殺そうとするほどに“雲上人セレスティアーレ”に敵意がありました。


 それゆえに“支配者への不服従”が“言霊の拒絶”となって、明確に示された。


 圧倒的な力を持つ支配者と言えども、“完璧”ではないという事ですわね。

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