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7-73 事件の後始末 (前編)

 シュカオ法王聖下は高笑いと共に馬で去っていきました。


 『処女喰い』の捜査から始まった一連の事件は、状況が二転三転し、私自身、頭の整理が追い付かない程です。


 しかし、得るものは大きかった。



(そう。魔女の事、“雲上人セレスティアーレ”の事、気になっていた“ラキアートの動乱”についての情報、おまけに法王との伝手まで手にしましたからね)



 なお、その現在の法王は私の義理の兄という事まで判明し、おまけに任期切れとともに伴侶になれとの仰せです。


 ある意味でこれ以上にない“玉の輿”ではありますが、さすがに兄と知った後で嫁に来いと言われても、なんとも言えない微妙な感覚に襲われてしまいます。



(とは言え、“お兄様”とは他言無用との約束ですし、この事は心の内に秘めておかねばなりませんね)



 好奇心は足取りを軽くするとは申しますが、浮かれ過ぎて思わぬ落とし穴に落ちてしまう事もままある事です。


 ひとまずは得た情報を後で整理しようと頭の隅へと追いやり、今は馬で駆って湖畔の方へと向かっています。


 ヴォイヤー公爵の別邸の側には湖があり、昼間であれば美しい森と湖の姿を見る事が出来ます。


 今はすっかり日も沈み、その湖面には月が浮かんでいます。


 しかし、その月は墓標でもあり、差し込む光へ天国への階段。


 なにしろ、聖下の“言霊プネウマ”によって、五百名近い兵士が主人であるヴォイヤー公爵共々、湖に入っていったのですから。


 着衣水泳すらできるかどうかも怪しいのに、鎧を着たまま湖に入っていけば、どういう末路になるのかは想像に難くありません。


 なお、そんな視野の眠る湖の水辺に、フェルディナンド陛下がのほほんとした顔で穏やかな湖面を眺めていました。


 数名の兵士を周囲に護衛として配していましたが、大半の兵士は姿が見えませんし、ディカブリオを始め我が家の顔触れも見えません。



「陛下! 遅くなりました!」



「おお、ヌイヴェルか。聖下との話し合いは終わったかね?」



「はい、それはもう」



 もちろん、口止めをされていますので、内容は話せません。


 陛下もその辺りは察しておられるようで、特に何も聞いては来ませんでした。



「それで、他の顔触れは?」



「対岸に行かせている。聖下の指示通り、対岸まで辿り着いた者は殺さないので、取りあえずの確保だ」



「……で、到達者は?」



「今のところはなしだ」



 まあ、当然の結果ですわね。


 対岸まで辿り着けば許すと命じてはいましたが、甲冑装備で対岸まで行けなど無茶ぶりもいいところです。


 慈悲を示したふりをした、実質的な死刑宣告ですからね。


 むしろ、明日からの遺体回収が難儀しそうですわね。



「そう言えば、リミア嬢は?」



「さすがに、少女の身で夜中に死体が浮かんできそうな湖を見せるわけにはいかんのでな。付近の村に護衛付きで預けておいた。それに、良い子はもう御眠の時間だ」



「一応、書類上は陛下のご息女になりますからね」



「それな! しかし、本当に親元へ帰すわけにもいかなくなったぞ」



「そうですわね。あの娘は、はっきり言うと“知り過ぎて”しまいました」



 本来ならリミア嬢は、姉であるクレア嬢の仇討ちとして、私のところへやって来たのです。


 しかし、『処女喰い』を追いかけている内に、次々と大物貴族が現れ、国を跨ぐ陰謀に巻き込んでしまいました。


 おまけに法王にまでお目見えし、その力の一端まで目撃。


 知っていて裏仕事に従事している我がイノテア家の面々と違い、仇討ちをしたいという一心で今回の事件に関わってしまったのがリミア嬢。


 深入りしすぎてしまった以上、もはやボーリン男爵様の下へお返しする訳にもいかなくなりました。



「……処分、なさいますか?」



「おいおい。私に『処女喰い』と同等にまで落ちろと言うのか? 非常識ではあっても、非道ではないぞ、私は」



「それを聞いて安心しました」



 私としても、あんな可愛い子を処分するのは気が引けていましたから。


 陛下の言の通り、事件に巻き込んでおきながら、用が済んだら即処分では、いくらなんでも寝覚めが悪いというものです。


 『処女喰い』と同じ領域にまで堕ちるのは、本意ではありませんわ。



「まあ、そういうわけで、よろしく頼むよ、“男爵夫人バロネッサ”のヌイヴェルよ」



 意味ありげな笑みを浮かべつつ、私の肩にポンと手を置くフェルディナンド陛下。


 こういう笑みを見せる時は、ほぼ確実にろくでもない事を押し付けてきます。



大公女殿下プリンチペーサの養育係に、ヌイヴェル=イノテア=デ=ファルス、お前を任命する」



「そう言うと思いました。王宮でお育てになる気は?」



「ない。そもそも、あの娘の気質を考えればこそだ。姫君として、宮殿の奥に鎮座している性分ではあるまい?」



「それはそうですが、何故に私へ押し付けるような真似を!?」



「見た感じ、あの娘はお前に一番懐いてそうなのでな」



 それは否定できません。


 事件の捜査に一緒に動き回って以降、すっかり懐かれてしまいましたからね。


 口調まで移ってしまいましたから、スラング混じりの罵声まで発するようになってしまって、ボーリン男爵の下へどうやって返品しようかと悩んでいたくらいです。



「それに、ほれ、初めてというわけではあるまい? ジュリエッタとか言う赤毛の妹分も、お前が実質育てていたと聞いたが?」



「ジュリエッタは“娼婦”として鍛え上げたのであって、“魔女”でも“貴族”でもないのですございますよ!?」



「さすがに大公女プリンチペーサを娼婦にしろ、なんて言うわけなかろう? まあ、魔女にするか、貴婦人にするかは、お前に任せる」



 本当に面倒臭い事になりましたわね。


 礼法から各種教養にたるまで、全部手解きしなくてはなりません。


 お店に出る事を考えますと、あまり時間を取るのも難しいですし、年が比較的近い従妹ラケスに任せようかと考えました。



(やれやれ。事件が終われば、また別の厄介事がやって来る。忙しない日々はまだまだ続きますわね)



 波一つないくっきり月が浮かぶ湖面のごとく、穏やかな日がやってくるのはいつになるやら。

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