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7-70 魔女と法王 (8)

 不可解な点が多い“ラキアートの動乱”。


 シュカオ法王聖下から色々と情報を仕入れましたが、それでもなお解けない謎が多い。


 もうこの際だからと、私自身の顔については隅に置き、動乱の真相を追う事に決め回した私。


 そんな私の態度に、聖下はなんとも楽しそうな笑みを浮かべてきました。



「あくまで、あの事件の裏を探るか」



「今の世界において、私も色々と不可解に思う事や、疑問に感じる事がいくつもあります。しかし、その源流は“ラキアートの動乱”に求めても良いのではないか、と言うのが現在の私の考えです」



「まあ、その判断は正しくもあり、同時に頑迷に過ぎるという事でもある」



「それでお答えいただけますか? マティアス陛下が処刑や粛清ではなく、幽閉に留めた点について」



「よかろう。ただし、これも他言無用でな」



 意外とすんなり答えてくれるようです。


 しかし、秘密や裏を聞けば聞くほど、ドンドン深みにはまっていく感覚が強くなりますわね。


 恐らく、カトリーナお婆様もかつて通った道なのでしょうが、尻込みする事無く駆け抜けていったのは流石です。


 ならば私も遅れは取るまいと、今一度気を引き締めました。



「では、魔女ヌイヴェルよ、話す前に確認と言うか、マティアス幽閉の件は、どのように君の耳に伝わっている?」



「どこぞの塔に幽閉されたと聞き及んでいます。子を身籠っていた奥方様も、同じく幽閉されたと……。そして、見せしめのために拷問が加えられ、その悲鳴がいつ果てるともなく続いたとも聞いていますが、まあ、そこは話半分でしょうか」



「だな。我々はマティアスに対して、特に拷問を加えたわけではない。どちらかと言うと、“取引”と言うべきであろうか」



「取引、ですか!?」



 これまた意外な言葉が飛び出しました。


 相手を虜にした段階で、その身は思うがままのはず。


 それこそ、“取引”などと言うまどろっこしい事などではなく、“強制”すればいいでしょうに。



「まあ、疑問に思う事もあるだろうが、それには理由がある」



「と言うと?」



「先程述べた“魔術”に関してだが、“雲上人セレスティアーレ”にだけ適応される特性がある。これを“継承エリディタ”と呼ぶ」



「継承、ですか」



「そう。最低でも三つ持って生まれると言ったが、実はあらかじめ決まっていると言っても良い。父親から一つ、母親から一つ、持って生まれた自分自身のものが一つ、これで計三つの魔術を使える」



「なるほど。両親からそれぞれ継承される、と言う事ですか」



 両親がどのような“魔術”を行使するかを知っていれば、子供がどの魔術を得て産まれてくるか、予想を立てれるというわけですか。


 そうなると、“天の嫁取り(セリ・フィティーナ)”の真意もまた、見えてくるというものです。



「そういう意味でございましたか、“魔女狩り(カッチアーレ)”は」



「ほう。さすがに気付くか」



「はい。“魔女狩り(カッチアーレ)”と“天の嫁取り(セリ・フィティーナ)”は表裏一体。“魔女ステレーガ”として狩り、保有する魔術によっては“花嫁スポーサ”として扱う。なにしろ、生まれた子供には、母親からの魔術を継承するため、三つ保有する父親と違い、一つしか持たない母親からは何の魔術が継承されるか、確定しておりますので読みやすいですからね」



「さすがに聡いな、魔女ヌイヴェルよ。その事実に気付いたカトリーナと同じだ」



「なるほど。お婆様もそれに気付いていたのですか」



「そうだ。だからこそ、“お前の母親”を差し出してきたのだ。ある種の実験を兼ねてな。結果は想定外の事もあったが、おおむね良好であった」



「……と言う事は、母は私以外の子供を産んだ、と」



「まあ、嫁取りなれば当然であろう。“雲上人セレスティアーレ”は男だらけで、地上の女を娶らねば、次の世代を生み出せないからな」



 言われてみれば、意識していませんでしたが、母が雲の上へと嫁入りしたのであれば、子を成しているのは当然と言えば当然。


 つまり、雲の上には私から見て、“たね違いの弟”がいても不思議ではない、という事でもあります。


 会った事もない人物に弟がいる、というのもなんだか不思議ですわね。


 従弟のディカブリオの方が、ずっと側にいる分、姉弟に感じますわ。



「よもや、聖下が私の弟、という事はありませんね?」



「こらこら。我の方が年上なのだぞ。赤ん坊の頃のお前をあやした、と言ったではないか。まあ、“惜しい”と付け加えておこうか」



「……ああ、なるほど。見えてきました。聖下の御父君が別の女性と子を成して、それで生まれたのが聖下。その後、後妻として嫁入りしたのが私の母親というわけですか」



「それで正解だ。つまり、我と君は“血の繋がっていない義理の兄妹”と言う事だ」



 事も無げに言い放ってきましたが、私にとっては驚天動地です。


 なにしろ、地上の支配者たる法王が、私の義兄と言う事なのですから。



(いや、でも、それはそれで納得でしょうか。今までの聖下の言動の説明にはなるという事です)



 赤ん坊の頃の私を知っているという事は、“身内”であれば自然です。


 カトリーナお婆様は“雲上人セレスティアーレ”と強い繋がりがあったのであれば、あるいは雲の上に行ったことがあるのかもしれません。


 その際に、赤ん坊の私を嫁いだ“母親”に会わせるために、連れて行ったという想像もできます。


 その予想が正しければ、赤ん坊時代の私と聖下が会っていても不思議ではありませんわね。


 そして、今この場に聖下が不意に駆け付けたのも、ヴェルナー司祭様からの情報を元に、“義妹の危機に兄として馳せ参じた”という図式が成り立ちます。


 法王と言う肩書ではなく、“兄”として身内の危機を排除しに来た、と。



「……ん? と言う事は、聖下、あなた様は『妹を娶る』と言っているようにも聞こえますが!?」



「そうだ。別に血は繋がっていないのであるし、問題なかろう? おまけに別々で暮らしていたのだし、家系図の上では身内でも、ほとんど赤の他人だ」



「あ~、発想の差ですか。雲の上と地上の」



「まあな。血の繋がりよりも、普段顔を合わせているかどうかの方が重要でな。それゆえ、“雲上人セレスティアーレ”は皆兄弟という感覚を持ち合わせている」



「山の上と言う狭い空間においてですから、たしかに兄弟感覚ともなりますか」



 つくづく、地上の人間とは違う感覚、世界で生きているのですね。



「とは言え、それでもわざわざ妹を娶る意味が見えてきませんが?」



「なに、それはカトリーナの遺言状のせいだ」



「お婆様の遺言状、ですか?」



「ああ。一応、あの大魔女グランデ・ステレーガの血を引く者として、それなりに注目されていた君なのだが、それが“至宝”と呼ぶに相応しい存在に変わったのは、カトリーナの遺言状が雲の上に届いてからだ」



「私が“至宝”ですか」



「ああ。詳しい内容は“禁則事項”に抵触するため言えぬが、とにもかくにも、“誰”が君を花嫁として迎えるか、カトリーナの“隠し財産”を相続するかで、珍しくも兄弟喧嘩が発生したのだよ」



「お婆様の隠し財産……!?」



「詳しくは話せぬが、君が持っている“それ”を欲する者が山ほどいるのだ。我もまた、そうした俗物の一人なのだよ」



 またまた訳の分からない事になりました。


 確かにお婆様からはいくつもの遺産を相続しましたが、その中に、あるいは私が気付いていない内に、とんでもない財宝を相続していたという事でしょうか。



「私が法王に就任したのも、それが目当てと言うわけだ」



「そうなのでございますか!?」



「ああ。法王は役目柄、神に身を捧げるという状態にするため、清い状態、すなわち“童貞”でなくてはならないとされる。そのため、法王候補の絶対的な条件として、“未婚”が入っている」



「神への献身ということで、妻も娶るなと言うわけですか」



 神への供物は“処女”と相場が決まっていますからね。


 男ばかりの社会ですから、それを“童貞”に置き換えたのですわね。


 そういう部分は短絡的と言いますか、俗物的と言いましょうか。



「そうだ。そして、法王には“任期”と言うものがあり、任期が終われば雲の上に帰る際に花嫁を連れて帰るのも慣習になっている。誰を連れて帰るのか、“予約”を入れておくことも可能だ。法王の役得としてな」



「地上にいる分、優れた魔術を持つ者を見つけやすいですから、自分の子も優秀な魔術を継承する可能性が高い、というわけですね」



「そういう事だ。まあ、あれだ、君の働いている店で言うなれば、一見様に嬢がいきなり見初められて身受けする、くらいの感覚か」



「そう言われると、何と言うか……」



 たしかに、娼館には“身受け話”も付き物ですからね。


 お気に入りの嬢を独占したい、そう考えるお客様もいらっしゃって、店、嬢、客の三者の合意がなされれば、大金を積んで永久就職おもちかえりする場合もあったりします。


 よもや法王がそれを、裏でこっそりやっていたのは驚きですが。



「“魔女狩り(カッチアーレ)”と“天の嫁取り(セリ・フィティーナ)”は表裏一体……」



「そうだ。君に拒否権はない。私の任期が終了すると同時に、君は私の花嫁として雲の上へと行く事になる」



「ちなみに、聖下の任期は?」



「あと二年ほどだ。法王の任期は十年で、カトリーナが亡くなって一年としない内に、教会に赴任したからな」



 その行動力は見事なものです。


 一人の花嫁欲しさに女っ気のない生活を、十年強いられるのですからね。


 それほどまでに私と、それに付随した“隠し財産”とやらが魅力的だったというわけですか。 



「しかし、よくもまあ、法王の地位に捻じ込めましたね。たしか、“言霊プネウマ”が条件であるとも推察されますが?」



「そこが、マティアスを幽閉した理由に繋がるのだ」



「“言霊プネウマ”がですか?」



「正確には、魔術の継承だよ。有り体に言えば、魔術を知覚している者同士であれば、両者の合意さえあれば、互いの魔術を“交換”できるのだよ、“雲上人セレスティアーレ”は」



「…………! では、マティアス陛下の“反言霊(アンティ・プネウマ)”を奪うために、敢えて殺さずに幽閉したと!?」



 これまたとんでもない話が出てきました。


 両者の合意が必要とは言え、魔術を交換できるとなると恐ろしい状況になります。


 なにしろ、“雲上人セレスティアーレ”は最低でも三つの魔術を使えるわけですから、それを思いのままに換装する事が可能ならば、相性の良い魔術を組み合わせる事により、さらなる高みへと押し上げるのですから。


 地上の支配者は偽りでもなんでもなく、本当にそれだけの実力を持っているからと言うわけですか。


 ああ、なんとも恐ろしい事です。

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