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7-60 地上の支配者

 ヴェルナー司祭様の登場には驚きましたが、それ以上に驚きましたのは一緒にやって来た聖職者。


 随分と若い印象を受けましたが、身にまとう法衣の色は紫。


 教会の最高幹部である“枢機卿”以上の階位の方が着る事が許された、まさに地上の支配者の装い。


 一応、各地の貴族が各々の領地を収める体裁にはなっていますが、本当の支配者は“雲上人セレスティアーレ”であり、教会はその出先機関。


 貴族であれば、誰でも知っている事です。


 その最高幹部が顔を出したのですから、私も、アルベルト様も、フェルディナンド陛下すら驚愕の表情を浮かべています。


 むしろ、状況を飲み込めていないリミア嬢やオノーレの方が、首を傾げているほどです。



(まあ、実感なんてないでしょうね。でも、貴族や、あるいは私のように裏の事情を知る者は違う。文字通りの“支配者リゲーロ”がここにいる)



 “雲上人セレスティアーレ”の権力構造がどうなっているのかは知りませんが、地上における出先機関なのが教会。


 主神デウスを崇め、その幾柱かの従属神を讃える宗教組織。


 しかし、その実態は地上にいる貴族を教導し、そこを介して人類を支配する間接統治体制の中核にあるのです。


 その最高位に位置するのが代表者たる法王であり、あるいは枢機卿なのです。


 貴族と言えども、末端に位置する私などからすれば、及びもしない格上の相手。


 実際、身体からにじみ出ている“圧”は、常人のそれではない。



(私も幾人か“雲上人セレスティアーレ”と面識はありますが、この方は別格。強い、というより、事が起こる前に“叶わない”と思わせる、言い表せない何かがのしかかっている。そうか、これが正真正銘の“支配者”なのですか)



 嫁探しのため、地上に降りてきたりする“雲上人セレスティアーレ”ですが、そのため感覚としては物見遊山に近い。


 実際、そうした方々と言葉を交わす機会もありましたが、特に感情を発せず淡々と喋っているという感覚でした。


 そんな中にあって、目の前の現れた御方は、別格中の別格。


 本当に支配者であり、実力者なのでしょう。



「……聖下」



 そう言って、一番に平伏されたのは、なんとフェルディナンド陛下でした。


 地上の貴族の内、最も勢力を誇る五大公の内の一人が、真っ先に首を垂れる相手。


 しかも”聖下”の尊称を使う相手など、たった一人しかいません。



「ま、まさか……」



「控えろ~! 皆、控えろ~!」



 驚くばかりの私など無視し、声を張り上げましたのはヴェルナー司祭様。


 いやがおうにも注目が集まり、視線は二名の乱入者に注がれました。



「ここにおわす御方をどなたと心得る! 恐れ多くもデウス教、教会の最高責任者であられる法王・シュカオ聖下なるぞ!」



 やっぱりそうでしたかと、ヴェルナー司祭様の言葉を聞いて納得しました。


 名前は存じ上げていましたが、実際にご尊顔を拝するのは、当然ながらこれが初めてです。


 というより、フェルディナンド陛下が平伏するなんて、法王聖下以外に有り得ませんからね。


 私のような末端の貴族ならばいざ知らず、上級貴族ならば面識があってもおかしくはありません。


 現に、ロレンツォ様も驚愕しながらも、慌てて拝礼していますし、間違いないのでしょう。



「一同、聖下の御前である! 頭が高い!」



 さらにヴェルナー様からの追撃が入りますが、状況が理解できずに混乱する者が大半ですわね。


 そもそも、大公、公爵という最上位の貴族が平伏しているという事が、異常事態なのです。


 それに多くの兵士が困惑し、頭が付いて行っていないのでしょう。


 どうするべきなのかが分からず、オロオロするばかり。



「皆、出迎えご苦労。歓迎、嬉しく思うぞ」



 涼やかで良く通った声が、聖下より発せられました。


 するとどうでしょうか、周囲の人々が一斉に膝をつき、頭を垂れ、聖下に向かって拝礼しました。


 そう、私とレオーネを除いて(・・・・・・・・・・)



(今のは“言霊プネウマ”なの!? 信じられない! 発する言葉に力を与えて、相手にそれを強制させるなんて!)



 周囲全体に影響を及ぼす力ある言葉、それを事も無げに発動させるとは、さすがは地上の支配者と言ったところでしょうか。


 歓迎の労をねぎらう言葉をかけ、そこから無理やり忖度させるというやり取り。


 恐ろしいものですね。



(でも、あれ? なんで私やレオーネはその強制力に抗えたのかしら!?)



 聖下の供回りのヴェルナー様はともかくとして、皆が平伏する中、私とレオーネだけは立ったままです。


 つまり、支配者の発する“言霊プネウマ”に抵抗した事を意味します。


 もっとも、悪目立ちするのが嫌でしたので、私は僅かに遅れて平伏しましたが、レオーネはお構いなしに立ったまま。

 

 そうするべきだ、そうあるべきだと言わんばかりに、支配者に抗ってみせた。



「お、おい、魔女レオーネ、あの御方は」



「構わねえよ。むしろ、好都合だ。こんなに早く総大将の首を取れる機会が巡って来たんだからな!」



 恐縮するロレンツォ様の言葉を跳ね除け、レオーネは近くで平伏する兵士から“フチーレ”を取り上げました。


 そして、鉄の筒を構えて、その口を馬上の法王聖下に向けた。



「お、おい! よせ! 聖下に弓引く者はただでは済まんぞ!」



「引くのは“弓”じゃなくて、“フチーレ”だっての!」



 まったく聞く耳を持たない魔女レオーネ。


 言動から察するに、今回の騒動、『処女喰い』から始まった簒奪劇も、彼女からすれば通過点でしかない。


 そして、その狙いは法王聖下を殺す事。



(……いえ、むしろ、“雲上人セレスティアーレ”全体への恨みかしら、これは!?)



 どうにもまだまだ裏の事情がありそうです。


 しかし、今はそれどころではない。


 法王聖下の“言霊プネウマ”にすら抗える魔女が、必殺の武器を携えて仕掛けようとしているのです。


 これは更なる混迷を呼び起こしそうですわね。

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