7-44 敢えての解放
納屋の中に私と、アルベルト様、それにアゾットの三名で再び入りました。
仲の二人、カーナ伯爵と御者の二名は後ろ手で縛られたままですが、神妙に腰かけており、入ってきたこちらをジッと見つめてきます。
期待と恐怖が半々と言った面持ちですが、まあそれが遠からず絶望に支配される事でしょう。
もちろん、裏切ったらば、という条件付ですが。
「魔女殿からの提案は聞いた。そして、それを受けてやろうと思う」
淡々と語るアルベルト様。
今は身バレ防止のため、顔を仮面で覆っており、その表情を見る事はできませんが、きっと殺意を覆い隠す無表情でしょうね。
「あ、ありがとうございます! ……で、どういった手順で!?」
伯爵の顔に生気が戻りました。
一族郎党火炙りから、助かる機会を得たのですから当然と言えば当然ですわね。
「……まずは、御者、お前を解放する。そして、コジモにこう伝えろ。『予定通り、例の貴族令嬢は確保できましたので、身支度を整え、明日の夕刻に別邸の方へと送り出す』とな」
「わ、分かりました! その旨は確実にお伝えします!」
御者もペコペコ頭を下げ、こちらの意を汲む事を了承しました。
そして、“私”が御者を縛っていた縄を解き、ついでにさりげなく肌が露出している手に触れました。
(流れ込んでいる意識……。それは安堵で満たされ、同時にどす黒い意識も感じました。やはり“黒”ですわね)
さっと触れた程度なので、詳細までは分かりませんでしたが、やはり裏切る気満々なのは即座に分かりました。
むしろ、そちらの方が好都合というもの。
(まあ、二人が話していたであろう話は、伯爵の方からしっかりと仕入れさせていただきますので、こちらは用済みですわね)
あとは使い番として、コジモ様の所へ行ってもらうだけ。
それで“あなたの人生”は終了というわけです。ご愁傷様♪
「それじゃあ、解放しますので、ちゃんと伝言を伝えてくるのですよ」
「わ、分かりました! では、失礼いたします!」
御者は慌てて逃げるように納屋を飛び出し、闇夜の中へと消えていきました。
そして、残った伯爵に視線を向け、少し意地悪をしてやろうニヤリと笑う。
「伯爵様、あなたの身柄はひとまずこちらで預かりという事になります。もちろん、“商品”を届ける際には、公爵家別邸の方に御同道願いますが、よろしいですね?」
選択の余地などありませんが、敢えて意地悪く尋ねます。
慌てて首を縦に振る有様は、未定で滑稽ですが、やはり不快ではありますね。
「結構。では、縄を解きましょうか」
今度はアゾットが伯爵の縄を解きました。
ですが、まさにそのほんの一瞬の事です。
縄が解かれて安堵の吐息を漏らした瞬間、アゾットがさりげなく伯爵の右肩に手を添えたかと思うと、それをしっかりと握りました。
「ぎゃ!」
伯爵の悲鳴と共に、右腕がだらりと垂れ落ち、脂汗もダラダラと流れ落ちる。
まさに神技。あっと言う間に肩の関節を外してしまいました。
「ぐぅ……、な、何を」
「アゾットは天下の名医。体の構造は、誰よりも熟知しておりますからね。治し方も、逆に壊し方も、ね」
「伯爵様、申し訳ございませんが、“右肩”は人質とさせていただきます。事が片付きましたら治して差し上げますので、どうぞご安心下さい」
アゾットの笑みが実に不気味ですわね。
普段は物静かな医者でありますが、本気を出せばこれくらい容易い。
あるいは、我が家などよりも、アルベルト様の下で働いた方が有用かもしれませんね。拷問官として。
(そう、もう動き出したのです。御者がこの場を離れて、公爵家に駆け込んだ瞬間からね。駆け出した以上、もう後には戻れない)
激痛が走り、悶える伯爵の顔を両手で挟み、息がかかるほどに私は顔を近付ける。
しっかり触れても違和感がないような演出。
アゾットの肩外しはこのためのものですからね。
「いいですか~、伯爵。何度も言いますけど、裏切ったらダメですよ~」
「わ、分かっている!」
「そうですね~。もし裏切ったら、関節と言う関節を一つずつ丁寧に外し、まるで芋虫のように地べたは這いずる生活でもしていただきましょうか」
「ひぃ!」
「手足どころか、指も動かず、顎も外れ、何もかもが思うようにならない。そして、そのまま餓死させる。もちろん、寂しくないように、同じ部屋にあなたの家族も入れておきましょうか。もちろん、“同じ格好”にして、ね」
恐怖が相手を支配する。
肌を通じて、ビンビン感じますわ。
もちろん、その先にある“復讐”という感情もまた感じる。
(復讐を意識させることで、よりこれからの事を想像させる・そして、私の魔術でそれを抜き取る。別邸の間取り、そこから逆算される兵士の数や配置、筒抜けですわよ)
何のことはありません。
こちらを別邸に招き寄せ、兵で取り囲んで袋叩き。
しかる後に、陛下を攻撃する人質、あるいは材料にするという単純な策。
即席としては、まあこんなものかと鼻で笑う。
(問題は、ネーレロッソ大公側の工作員。こちらがなかなか尻尾を掴ませないように巧みにかわし、その上で策を仕掛けてくる手数の多さもある。それの動き次第でまた盤面が狂う事もあり得るわ)
目の前の伯爵は論じるに値せず。
あの御者同様、もはや用済み。
これを取り巻きにする程度ですから、ヴォイヤー公爵家も高が知れている。
少なくとも、嫡男コジモはろくでなしでバカなのは確定。
(不確定要素は多いですが、走り出した以上、こちらも止められないのも事実。できる限りの準備を進めましょうか)
事件はなおも混迷を深める一方。
このまま公爵家を締め上げておしまい、となれば良いのですけどね。




