7-42 魔女の尋問 (3)
「司法取引、悪い話ではないのでは?」
罪の軽減を認めて、より大物を捕まえるための手助けをさせる。
当初は連続誘拐事件の犯人を捕まえればと思っていたのですが、ネーレロッソ大公国の関与が疑われる以上、そちらを優先です。
(色々と我が国にちょっかいを出してきて、目障りでしたからね。後手に回ってしまいましたが、どうにかしてウロチョロしている工作員を吊り上げねば、また別の案件で動いてこないとも限りません)
関与が確定しているからこそ、逆に捕まえる好機。
これを逃す手はありません。
「……で、具体的には何をさせる気だ?」
「今回のリミア嬢への誘拐、それはヴォイヤー公爵家の嫡男コジモ様のご意向でありましょう。そこでリミア嬢の誘拐が成功したので、“予定通り”に公爵家別邸の方に身柄を移すと、あちらにお伝えください。その際の送迎馬車と輸送要員を“全員”こちらの人員で入替させていただきます」
「…………! なら、別邸に直接乗り込み、あの娘にコジモ様が手を出そうとしたところで捕縛するつもりか!?」
「ええ、その通りでございます。貴族の娘に対しての誘拐並びに強姦、その未遂ですからね。現行犯逮捕が一番手っ取り早いのですよ」
この馬車襲撃の偽装もそうでしたからね。
わざと目立つ餌を用意し、偽の送迎をでっち上げ、襲ってきたところを逆撃する。
現行犯なので、言い逃れもできない状況。
罠にハメて捕縛するには、これ以上にはありませんわ。
「仮に……、仮に、だ。その策が上手くいった場合、“後始末”はどうするつもりだ?」
「そうですね……。まずはヴォイヤー公爵家当主とその嫡男は、健康上の理由をもちまして隠居、廃嫡という形にします。今回の一件は許し難い卑劣な犯罪ではありますが、公爵家は大公陛下の御身内でもありますからね。できれば、血生臭い事は控えたいと考えています」
「あくまで、ネーレロッソ大公国の工作員の始末を優先する、と」
「その通りですわ。あなたはあまりお詳しくなさそうですが、より上位の方であれば、何かご存じでしょうしね。その情報次第で隠居後の生活の質が変わります」
本音を言えば、公爵家をすり潰して、関係者でその財を分配するのが良いのかもしれませんが、やはり上級貴族の御取潰しというのは目を引きます。
あまり我が国の恥を晒すような真似は、なるべくならしたくないものです。
「……で、私の身柄はどうなる?」
「伯爵も当然、当主の座を退いていただきます。そして、伯爵家の家督は御子息に譲り、あなた自身は病気の静養という事で、辺境地で逼塞していただきます」
「随分な対応だな」
「でしたら、親子仲良く火炙りを選択なさいますか?」
こちらの脅しに、伯爵は露骨に嫌そうな顔をしてきますわね。
まだディカブリオに抑え付けられたままですが、顔、その眼は私をしっかりと睨んできます。
睨んだところで状況が改善されるわけでもないのに、無意味な事ですわね。
「息子はまだ六歳だぞ。家督を継ぐなど」
「特に問題ありませんわ。幼い当主ではありますが、ちゃんとした補佐役がいれば、何の問題もありません」
「……そうか、息子の後見役にお前が滑り込み、我が家の財を物色する気か!?」
「物色するだなんて、人聞きの悪い事ですわね~。養育の手間賃とお考え下さい。私がキッチリ若君を鍛えて差し上げますので、安んじて蟄居しててください、伯爵♪」
まあ、さすがに全部根こそぎというわけにはいきませんけどね。
伯爵家の財産丸々頂戴する、私の財布には大きすぎます。
程々の財貨と、あとは若い当主を仕込んで、手駒として動かせるようにできれば幸いでありましょうか。
なんでしたら、時が来れば“筆下ろし”を引き受けても構いませんわね。
「……で、どうなさいますか? 私としましては」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! あ、待ってください!」
ここで御者の男が会話に割り込んできました。
「あら、何かしら?」
「お、俺はどうなるんだ!?」
「特に利用価値もないですし、このままあの世へ旅立ってもらいます。強いて言えば、伯爵の目の前で拷問にでもかけて、涙と悲鳴の歌劇を演じてもらって、恐怖と共に首を縦に振らせる小道具程度の価値くらいでしょうか?」
「そりゃないぜ! 俺は何も知らなかったんだぞ!?」
「武装蜂起についてはそうなのでしょうけど、誘拐については明確に自分の意志で関わっていますからね。その点では容赦しません。何より、あなたには身代金を用意できるだけの財貨もありませんし」
「そ、そんな!」
私の視点で御者を見た場合、本当に価値はないですからね。
必要な情報はすでに抜き取りましたし、そうかと言って私を納得させられるだけの交渉材料もない。
伯爵の方は相応の財産と、ヴォイヤー公爵家を引っ掻けるための餌役としての価値がありますので、“現段階”では殺すわけにはいきません。
「待て! そいつは殺すな!」
泣きそうな御者を後目に、今度は伯爵の方が横槍を入れてきました。
「あら、部下の命乞いなんて、殊勝な心掛けね」
「そいつには使い番になってもらう。そいつはコジモ様とも面識もあるし、あちらの信用させるのには打って付けだ!」
「は、伯爵様……」
「他の誰かを使いに出しても、疑われるだけだ! そいつは必要だ!」
「なるほど。まだそういう使い方もありましたか」
私はわざとらしく首を傾げ、どうしたものかと悩む姿勢を見せ付けます。
どう返事をするのか、抑えつけられる姿勢のまま、二人はこちらを見つめてきますが、その姿は実に無様。
必死に命乞いをするのは、見ていて滑稽です。
(愚かな……。かどわかした少女を無残に扱っておいて、よくもまあ)
取引を持ち掛けておいてなんですが、私は心底この二人を軽蔑しています。
しかし、利用しない手はないという打算の方が、頭の中では強い。
巨悪の為には、小事を見逃すのも止む無きことかもしれませんね。
「……いいでしょう。ちゃんと働くのであれば、命は取りません」
「お、おお……。ありがとうございます!」
「ただし!」
私は跪き、二人の耳を両手で掴み、軽く引っ張り上げました。
「しっかりと聞きなさい、お二人さん。契約は“絶対”です。裏切ったら、ただでは済みませんよ?」
「も、もちろんだとも!」
ようやく生き残れる機会が巡って来たと、伯爵の声も明るくなりましたね。
御者の方も、少しばかり安堵が見えてきています。
なんと意地汚い事でしょうか。
反吐が出ますね。
「なら、少し時間を差し上げましょう。ディカブリオ、アゾット、二人を離してやりなさい。納屋の外で待ちますので、そのまま二人だけでどうするのか、決めてくださいな」
そう言って、私はディカブリオとアゾットを伴って、納屋を出ました。
アルベルト様には、事後承諾となりますが、説明と納得をしていただかねばなりませんからね。
いやはや、毎度の事とは言え、調整役も大変ですわ。




