7-38 不良娘、完成!?
「それと、ヌイヴェル様、先程は随分とご立腹なさっておいででしたが、女性を食べ物扱いしていたことに対してでしょうか?」
ガタゴト揺れながら進む馬車の中、リミア嬢から再びの質問。
ちなみに、私は可愛らしくて物覚えの良い娘を抱き締めておりますが、別に他意はございませんからね。
向かい合って座るアゾットの冷ややかな視線が少々痛いですが、完全無視です。
「いえいえ、あの程度では怒りませぬよ。食べ物扱いしておるのは、ある意味お互い様でございます」
「お互い様、ですか」
男の食い物になる女にはならずに男を食い物にする女になりなさい、これは私の師である祖母の言葉。私はこれを忠実に守っております。
お互いが食べ物であり、捕食者でもあるのです。しくじった者、隙を見せた者が食べられる、そういう世界なのでございます。
だからこそ、食べ物扱いされたとて、何とも思いませんわね。
「男も女も、老いも若きも、貴族も庶民も、何もかもかが関係ございません。食うか食われるか、私の立っている世界はそういう場所なのです。私が怒っていたのはあの者達の態度に対してです。獲物の分際で、捕食者の態度をとるような間抜けぶり、腹立たしい限りのクソ野郎でございますわ」
ああ、いけないですわ。またしても下品な言葉が。
どうにも感情的になって、“憤怒”が飛び出してしまいますわね。
(ババア呼ばわりは良いとしても、やはり、こんな可愛らしい女の子だけを付け狙う卑劣漢相手であると、抑止が効きませんね。私もまだまだ未熟でしょうか)
そうこうしておりますと、前方より馬がやって参りました。それに乗っておりますのは、従弟のディカブリオでございます。
松明を持ち、すぐに馬首を返して、馬車と並走し始めました。
私はすぐに車窓を開け、無事な姿を見せ、あちらもホッとした様子。
「姉上、ご無事でなによりでございます!」
「大事ない。首尾は上々ぞ。兵はいかがした?」
「アルベルト様の下へ向かわせております。不埒者を締め上げねばなりませぬので」
「結構! 今宵の作戦は万事抜かりなく、達せられたようじゃな!」
ミリア嬢を生餌として『処女喰い』の連中を釣り出し、魔女の詐術で困惑させ、ほうほうの体で逃げ出すところを、アルベルト様が仕留める。
まあ、仕留めると言っても、幾人かは証人として生かしておくでしょうが、あるは死んだ方がマシかもしれません。
なにしろ、死ぬ事すら許されない“拷問”が待っているのですから。
「では、予定通り、このまま集合地点の村の方まで」
「ハッ! エスコートいたします!」
ディカブリオは松明片手に馬を操り、周囲を隙なく見張る。
一応、賊は蹴散らしたとはいえ、ここは夜の林道。野生の獣が飛び出して来るとも限りませんからね。
灯を絶やさねば、まず心配いりますまい。
「そういえば、ヌイヴェル様」
「ん~、リミア嬢、何かしら?」
「もう一つ、分からない事があるので、聞いておきたいのですが?」
「お~、何でも聞きなさい。しかと答えてさしあげましょう」
気分よくそう言い放つ私ではありましたが、それについては大後悔。
この可愛らしい口から、とんでもない言葉が飛び出しました。
「先程言っていた、『お馬さん遊び』って何の事ですか? ヌイヴェル様は得意なのでございましょう?」
「ブフォォ!」
まさかの質問に、吹き出す私。
釣られて吹き出すアゾット。
車窓が開いていたため、声が外に漏れ出し、聞いていたディカブリオや、御者台のオノーレまで吹き出す始末。
なんという質問を大勢の前でしますかね、この娘っ子は!
「ヌイヴェル様、何でも聞きなさい、との事ですので、お答えした方がよろしいかと。得意なのでございましょう?」
「アゾット、お前なぁ……」
差し出口を叩く従者を睨み付けますが、こちらもまたディカブリオからの冷ややかな視線を浴びせられる始末。
姉上、何をしたのですか、と。
言い返せないのが、これまた辛い。
不埒者をからかって挑発しただけでしたが、リミア嬢にバッチリ聞かれていたのは失策でした。
「お~う、お嬢様、なんなら手取り足取り教えてやろうか? 馬は得意でな!」
「ディカブリオ! 御者台の不埒者を叩き落とせ!」
「了解しました!」
「冗談ですってば!」
「冗談も度が過ぎれば、取り返しのつかぬ事になるわよ!」
まったくもって、とんでもない話になりました。
騒動の種は私が撒きましたので、あまり強くは言えませんが。
オノーレ、あとで嫁に密告しておくから、覚悟しておく事ね。
(……が! 問題はこっち! リミア嬢に何と答えるのが良いのか!?)
魔女にして娼婦のたわし慣れ度。答えに窮する難問にございます。うら若き乙女には、いささか早ようございます。
助けを求めてアゾットに再び視線を向けれど、プイとそっぽを向いてしまう。
ああ、なんということでしょう。主人の危機に助け船をよこさぬ従者に相応しからぬ薄情な男。
一度呼吸を整えて、意を決して言葉を紡ぎ出しました。
「リミア嬢、先程の言葉はお忘れください。今の……、うら若きお嬢様には不要なことにございます。いずれ必要なときが参りましたら、私がしかと教えますゆえ、今はとにかくお忘れください」
これ以上の言葉は今は出せぬ。これ以上の言葉は今はとにかく考えられぬ。
ああ、いけませんいけません! 困ります困ります! 非常にまずいです!
こんな状態でボーリン男爵様にお返ししては、男爵様より大目玉を喰らうのは確定事項にございます。
なんと言い訳しましょうか。よい言葉が浮かんできませぬ。
(どうしましょう……。本当にいい案が浮かばない!)
オノーレよ、今少しゆっくり馬車を進めてくれ。
なんとか良き思案が浮かぶまで。




