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7-35 黒の呪い

 街道の先からゾロゾロ近付いてくる松明の列。


 その数は目の前の賊に対して、数倍はいますわね。


 まともにぶつかれば勝ち目はまずありません。



「クッソ、だったら、人質取った上で逃げるぞ! それならこっちには迂闊には手が出せない!」



 カーナ伯爵マッサカーが私を指さして叫びました。


 これもまた、当然の判断。


 ただ逃げ回るよりも、私やミリア嬢を盾代わりにして逃げた方が、まだ助かるというものです。


 交渉の材料にもなりますからね。



「あらあら、乱暴でせっかちな殿方ですわね。今少し色艶のある魅力的な誘い方がないものかしら」



「減らず口を、この魔女め!」



「そう、私は魔女。だからこそ、丸腰でもあなた達と渡り合える。戦える。さあ、刮目なさい。魔女の内に秘めたる力を!」



 高らかに宣言した後、私はそそくさを服の袖を捲り上げました。


 そして、馬車に積んでおいた水指を手に取り、それを腕に垂らす。


 するとどうでしょうか。白い肌がただれ落ち、水に触れた箇所が瞬く間に黒く変色していくではありませんか。


 当然、いきなり変色した私の腕に、あちら様も不思議そうに凝視しています。



「な、なんだ……!?」



「……黒死病ペスト



「ひぇ!」



 私が漏らした言葉に、皆が戦々恐々。


 怯え、恐れ、感情が渦巻くのを感じますとも。


 ぼそりと呟く私の囁きに、その場の全員が一斉に仰け反る。


 二歩、三歩と後ろに下がり、揃いも揃って狼狽する表情を浮かべ始めました。


 それほどまでにこの“黒のガンド”は恐ろしいのでしょうね。



「ぺ、黒死病ペストだと!?」



「知ってる、知ってるぞ! 全身真っ黒になって死ぬガンドだ!」



「お、俺も聞いた! 最近、西の方の国でひどい被害が出たって!」



「黒い死体が山になり、町が次々と消えていったそうだ!」



 私の白い肌のあちこちに浮かび上がる黒い斑点。


 そんな醜くくなった姿を見て、賊共が途端に怯えだしました。


 まあ、無理もないでしょう。黒死病ペストの話を聞けば、誰であっても怯えることは必定。


 かく言う私も、この“黒のガンド”は怖いのですから。



「さてさて、先程も申しましたが、私は魔女でございます。黒死病ペスト、すなわち“黒のガンド”など、とうに腹の中に納まっておりますとも。自他ともに認める“腹黒い”魔女なのでございますから!」



 ここで更に追い打ちをかけるべく、馬車からピョンと飛び降りました。


 当然、軽く悲鳴を上げながら賊共は後ずさり。


 一歩たりとて近付きたくはないのでしょうね。


 しかし、追撃の手は緩めません。今度は服を全部脱ぎました。


 と言っても、脱ぐのは上半身だけ。


 今は動きやすいようにとズボンとチュニック姿ですが、そのチュニックを脱ぎ捨てたのでございます。


 当然、その下には薄布の肌着があらわになり、豊満な乳房もすっかりお目見え。


 普段ならば生唾でも飲み込みそうな艶やかな姿だと自負しておりますが、今はさすがにそんな余裕はないのが目の前の賊達。


 そして何より、幾人かの賊が持つ松明に照らされし私の姿は、明らかに異様に映るでしょう。


 何しろ、黒くなった腕部のみならず、服を脱いであらわになった上半身もまた、あちこちが黒ずんでいるのですから。



「皆様方、今宵は特別でございます。無料で私を抱かせて差し上げます。普段は手の届かぬ高根の花、この機会を逃しますと、二度と抱けぬことになりましょう。さあさあ、どなたからでも私を抱きなさい」



 手を開き、少し体をくねらせて乳房を揺らし、これ見よがしな挑発。


 体のあちこちが黒く汚れ、白大理石の彫り上げた体だの、白峰のごとしと呼ばれた乳房も見る陰がございませぬ。


 しかし、これは相手を脅すための小芝居。


 恐れおののく様は、見ていて痛快ですわね。


 胸を晒すくらい、許容して差し上げましょう。



「さあさあ、遠慮はいりませぬぞ。我こそはと思う方は前に出られてくださいな。十日後の命と引き換えに、今宵の悦楽をお約束いたします」



 体のあちこちが黒くなっておりますが、まあ、気にせず今宵と言う時間を楽しみましょう。


 人間誰しも死ぬのです。遅いか早いかの違いしかございませぬ。


 ならば、今日と言う日を楽しみましょう。今と言う時間を大切になさいましょう。


 しかし、相手からの反応はなし。


 怯えるだけの情けない姿を見るだけでした。



「……えっと、どなたもお抱きになりませんわね」



「当たり前だ、ボケが!」



 カーナ伯爵も当然ながら、距離を空けていますわね。


 感染うつってしまっては、二度と女を抱けない体どころか、あの世へ旅立つ事にもなりかねませんからね。



「やれやれ。魔女が手ずから悦楽の内に、皆様方を地獄ゲヘナへとお連れしようというのに、誰も彼もつれない方々ばかりですわね」



「くっそ、これでは馬車に近付けん……」



 そうでしょう、そうでしょう。


 人質を取って逃げたいのに、その人質が黒死病ペストを抱えているのでは、自身が将来の死を運ぶようなもの。


 仮に私を殺そうとしても、飛び散る血飛沫でガンドが飛散しては目も当てられません。


 私が馬車の扉の前に陣取っている限り、この中に潜んでいるミリア嬢にも手が出せない。


 当然、そうなると手は一つだけ。



「仕方ない。ずらかるぞ! 捕り手が来る前に、ここを離れるんだ!」



 伯爵はそう号令を発し、全員が慌てふためいて逃げの一手。


 脇目も振らず、一心不乱に来た道を駆け戻っていきました。


 何の成果も得られず、ご愁傷様でした。


 そして、来た道を戻っていますが、そちらはディカブリオが偽の検問を畳んだ後、兵を率いてこちらに向かって来ていますわよ。


 どのみち、魔女の詐術からは逃げられませんわ♪

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