表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
147/406

7-33 夕闇に魔女が舞い降りる

 狂言誘拐を装い、年季奉公という名の人身売買の斡旋。


 そういう体で仕事を依頼しましたが、それは『処女喰い』をおびき寄せるための罠でございます。


 リミア嬢を乗せたる馬車は案の定、賊に襲われてしまいました。


 街道を進み、夕暮れ時の人気のない薄暗い林道に差し掛かった頃、待ち構えていた賊が現れたのでございます。


 数は十人弱。皆々頭巾で顔を隠し、どこのどちら様かは存じ上げかねますが、まあ、下品な方々なのは間違いなさそうです。


 狙いはもちろんリミア嬢。『処女喰い』が狙います、貴族の生娘という極上の一品にございます。


 ですが、賊が馬車の扉を開けてビックリでございます。なにしろ、そこに鎮座したるは白き姿の魔女ではございませぬか。



「どうも皆様、ごきげんよう♪」



 挨拶は大事にございます。身分の貴賎に関わらず、まずは挨拶をするのが礼儀なれば。


 少々乱暴に開かれました馬車の扉、居並ぶ暴漢がズラリと並びますが、そんな事などお構いなしに、にこやかな笑みと共に手を振りました。



「ど、どうなってやがる! おい、娘はどうした!?」



 御者の男もびっくり仰天ですわね。


 うら若き乙女を運んでいたはずが、扉を開ければそこには年増の魔女が座席に鎮座していたのですから。


 狼狽して後ろに下がり、私もまたそれに合わせて座席より立ち上がりました。


 馬車から下りることなく、そのまま周囲をも下ろすように立ち、笑顔を崩さず、また手を振る。


 笑顔もまた、私にとっては立派な商売道具。


 タダで拝めることを感謝なさい。



「残念ですが、リミア嬢は消しておきました。……で、空気輸送も寂しいと思いましたので、私が代わりに中に入っていたというわけです」



「そんな事、できる訳ないだろ!?」



「できますよ。何しろ、私は“魔女”なのですから」



 余裕受け答えに“魔女”という言葉。


 状況が状況ですし、不気味に思うのも不思議ではありませんね。


 明らかに狼狽えていますね、そう、一人を除いて。



「狼狽えるな! 魔女と言えども、ただの一人! 臆する事はない!」



「……あ、もしかして、あなた、カーナ伯爵? カーナ伯爵マッサカー様ではありませんか?」



「チッ……、まさか今回の依頼主の貴婦人、イノテアの魔女が化けた姿だったか」



「お見知りおき、恐縮でございますわ。……それにしても、部下に任せず、御自身で狩りに出かけるとは、随分と熱心な事で、勤勉なのは結構な事ですわ」



「嫌みか!? 口やかましい魔女め! こちらが用があるのは、“中古”のババアじゃなくて、娘なのだよ!」



 ババア呼ばわりとは、失礼極まる伯爵でございますね。


 これでも、店では人気のある娼婦だというのに。予約を取るのも大変なのですよ。


 まあ、十二の娘のつもりで扉を開ければ、中にいるのが三十半ばの白髪の女性では、ババア呼ばわりも無理なきことか。特別に聞き流してさしあげましょう。



(しかし、思わぬ収穫です。まさか襲撃してきた暴漢の中に、カーナ伯爵自身が混じっていようとはね)



 誤算ではありましたが、嬉しい意味での誤算です。


 貴族の娘という大切な献上品ですから、下手に部下が乱暴な真似をしないかと目を光らせているのでしょうが、裏目に出ましたね。


 これで生け捕りにすれば、真の主犯であるヴォイヤー公爵家に近付けるというものです。



「本当にどうなってるんだ!? 娘が乗ってるのは確認したのに。てか、こいつが依頼主の貴婦人だってんなら、屋敷で馬車を見送ってたのに、なんで馬車の中にいるんだよ!?」



 御者の困惑も無理はないですね。屋敷の前で私が馬車を見送ったのは、こやつ自身が見ておるのですから。



「ならば御者よ、一つ尋ねてみるが……、フフフッ、ここへ来るまで、変わったことがなかったかのう?」



「変わったこと……。あ、検問があった」



「なんだとぉ!」



 今度は伯爵が驚かれていますね。


 まあ、検問を抜けたなんて、計画にはなかったでしょうし。


 そもそも、あの“偽”の検問は馬車が通る直前に作った物で、通った後はすぐに撤収していますし、この暴漢達が知る由もありません。


 待ち伏せである以上、馬車より先に移動していますしね。



「おいこら、検問なんて聞いてないぞ!?」



「お、落ち着いてください、伯爵様!」



 カーナ伯爵は御者の襟首を掴み、何度も乱暴に振り回しました。


 仲間割れなどみっともない。


 仲間割れというより、部下への折檻というのが正しいでしょうか。



「お、落ち着いてください、伯爵様。あそこも有り得ないですって! 検問で止められた際、中は検問の兵士と確認しています。中身は娘一人でした。で、兵士と二、三やり取りをして、それから通行許可が出て、出発直前にも中を確認したら、娘一人でした。こんなババア、ほんと知らないですって!」



 こやつまで私をババア呼ばわりするか。貴族相手の口入れ屋の所属にしては、礼儀が全然なっていませんわね。あとで抗議が必要のようでございます。


 まあ、こんな騒動を起こした口入屋ですし、御取潰しが妥当でしょう。


 ご愁傷様です。



「馬鹿者! 単純な事ではないか! 馬車が途中で止まったのなら、その際に入れ替わったに決まっている!」



「……あ!」



「要は、この馬車にもこちらが良く使う“密輸用の隠し棚”があるという事だ!」



 さすがはカーナ伯爵。自分も使っている手口ですので、気付きますか。


 しかし、もう遅い。


 こうして魔女の前に姿を晒したのですから、もう逃がしませんよ。


 覚悟して、お縄についてくださいね!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ