7-28 互いに腹は見せない
予定通り、作戦会議が行われました三日後、私は再び例の口入屋にやって参りました。
ただし、今回の随員ははアルベルト様ではなく、リミア嬢。
敢えて生餌を見せ付けるという“迂闊な行動”で、相手の反応を見るためです。
(まあ、それも見せかけですけどね。店の表には、何人か配しておりますし、いざともなれば強制捜査をできるように)
なにしろ、目指すべきは“現行犯逮捕”ですので、隙を見せれば送迎中の襲撃ではなく、店内での乱暴狼藉すら有り得ます。
そのための保険として、アルベルト様の差配により、治安当局の実働要員が店の監視を含めて、店舗近くをうろついているというわけです。
(ただまあ、今はできれば控えて欲しいですけどね。最良なのは、ヴォイヤー公爵までの捜査の道筋をつけることで、今ここで現行犯逮捕となると、トカゲの尻尾切りになる可能性が高い。そこは相手の“理性”に期待しなくてはなりませんか)
もっとも、『処女喰い』の連中に理性を求めるだけ無駄でしょうけどね。
幼い少女に抱け狙いをつけ、かどわかしては花を散らし、用済みとあれば娼館に売り飛ばすなり、そこらの捨てるなりしてきた連中ですから。
「あ、店員さん、お久しぶり~」
そんな雑多な思考は捨て置いて、まずは愛想よく振る舞います。
前に来た時も受付をしていた、ガラの悪い男へ笑顔と共にご挨拶です。
「ん? ああ、例の送迎手配の御夫人か」
「どうも~。あの御者さんはいるかしら?」
「ああ、ちと待ってくれ」
男は店の奥へと消えていき、しばらくすると、例の御者が現れました。
その際、隣にいたリミア嬢から殺気が放たれました。
見覚えのある右頬に瘢痕のある男。
まあ、姉の仇みたいなものですから、やむを得ないでしょうが、今ここでその感情をぶちまけられては、何もかもが台無しになります。
私は素早く少女と手を繋ぎ、その感情の動きを抑制しました。
その手は怒りで震えていましたが、まあ、どうにか落ち着く事が出来ましたので良しと致しましょう。
「あ、御者さん、この間はどうも。日程が決まったので、そのご相談に来ましたわ」
などと私が述べましたが、相手の意識は明らかにリミア嬢に向いています。
(値踏み、目利き、献上するに能う品であるかどうかの、ね。分かりやすくて結構なことで)
もちろん、にこやかな笑顔を忘れておりませんが、心の中では御者の男を蔑んでおります。
もう少し擬態に気を使いなさい、と。
もうこれでは襲う気満々なのがバレバレです。
「……このお嬢さんが、前に言っていた“お届け物”かい?」
「ええ、そうよ。子爵様が近々宴席を設けられるそうで、給仕役として、“華”を集められているのですよ。で、まあ、私もこの子を送り出そうというわけで」
もちろんそんな話はありません。
一から十までデタラメの嘘八百。
それは御者の方も理解している。
前に店を訪れた際に、年季奉公という名の人身売買を匂わせておきましたから、娘の前では誤魔化している、そう認識するでしょうね。
実際、御者の方もニヤッと笑った後、すぐに納得して頷きました。
「んで、いつ送迎すればいいんだ?」
「三日後に、我が家の庭先に来てね。そこに馬車は用意してあるから、それを使って送り届けて欲しいの。はい、運航手配書と時刻予定表ね」
ざっとではありますが、おおよその流れを示した予定表を手渡しました。
リミア嬢を馬車に乗せる場所や送迎先の住所、経路図など、いくつかの情報が記載されています。
「中心街の屋敷かい。通行証はあるのか?」
「それでしたら、こちらにご用意してますわ」
さらに追加で書類を一枚。
中心街は御貴族様専用の居住区ですので、一般庶民が立ち入ることができない区画になっています。
そこに入ろうとすれば、何ヵ所かに設けられた通用門を通らねばならず、一般庶民はそこで締め出されます。
入れるのは貴族や、そこの屋敷で働く使用人だけ。
あるいは、許可を受けた御用商人などになります。
今手渡しました書類も、そのための許可証です。
(これがないと、入れませんからね~。本物ですから、安心してお越し下さいね)
そう、この許可証は紛れもない“本物”です。
普通は許可証の発行となりますと、半月近くかかるものです。いくつもの部署を経由して、陛下のご裁可が必要ですから。
しかし、そこはアルベルト様の出番。
「仕事に必要なのでさっさと署名捺印して」と、陛下に直談判してきました。
勝手知ったるなんとやらで、陛下もササッと書き込みまして、本物の通行許可証の出来上がりです。
「ほ~、確かに本物だ。しかし、仕事が早いな」
「ええ、こちらの“裏”を使いまして、本物の許可証のストックがありますので、それを使わせていただきました」
「許可証のストックって、あんた、それってとんでもない事だぞ!?」
「なんでしたら、お譲りしても構いませんよ? こうして出会えたのも何かのご縁ですし、必要でしたら格安で卸させていただきますわ」
もちろん、これも嘘。
こちらが“悪徳貴族”である事を強調するための小細工です。
悪党で金にがめついとなると、悪者同士、何かと惹かれ合うものです。
(まあ、これも予防線の一つですけどね。リミア嬢を襲わせて現行犯で捕まえるのが最良ですが、相手がこちらを引き込もうという道筋も立てておきませんとね)
懐に飛び込めれば、それだけに情報を得やすくなるものです。
逮捕ルートでは、最悪トカゲの尻尾切りに会いますが、懐柔ルートですと、カーナ伯爵やヴォイヤー公爵に近付く好機を得る事が出来ます。
どちらに転んでも良い様に、こちらも抜かり有りませんわ。
実際、思わぬ情報に、御者の男も戸惑っている様子。
さすがに一人で判断するには、少々話が大きいですわね。
(意表をついて、相手が考える隙を与えない。これもまた、策の一つですわ)
種は蒔いた。
後はそれがどう芽吹くかは、これからのお楽しみ。
もちろん、悪行を成した愚か者達に、それ相応の罰を与えてやるつもりですし、覚悟してくださいね♪




