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7-26 おとり捜査(3)

武力政変クーデター



 私が端的に述べた最悪の可能性、その反応は様々でした。


 アルベルト様は眉をひそめ、ディカブリオはそんなまさかと驚愕の表情を浮かべています。


 アゾットはより面倒な事態だなとでも言わんばかりの困惑の表情。


 事情が分からぬリミア嬢は、首を傾げていますね。



(世界の“裏”への理解度が、こういう差を生むのでしょうかね)



 もちろん、魔女である私と密偵頭であるアルベルト様は、この世が欺瞞だらけの世界である事は重々承知しています。


 それだけに事の深刻さが見えているとも言えましょう。



「姉上、いくらなんでも話が飛躍しすぎではありませんか?」



 ディカブリオにしても、信じられないという表情を前面に出しています。


 ただの少女連続誘拐事件が、国家転覆の謀略劇に発展するなど、“普通”の発想ではそうなるでしょう。


 そう、“普通”ならば。



「言ったであろう、ディカブリオ。私は“最悪”を想定している、と」



「それでもやはり、いきなり武力政変クーデターというのは……」



「馬鹿者。“ラキアートの動乱”という前例があろう。あれがこの国でも起こらんとも限らん」



 私の指摘に、ディカブリオがハッと驚きました。


 “ラキアートの動乱”とは、百年前に起こった五大公の一つラキアート大公家における内紛の事でございます。


 当時の当主マティアス陛下が実弟のコルヴィッツと仲違えして、大公家内で戦となった話。


 結果はコルヴィッツ側の勝利に終わりました。


 彼と懇意にしていたガドゥコラ大公ヤノーシュの強烈な後押しがあり、“暴君”マティアスを懲らしめて幽閉し、大公位をコルヴィッツが継承して一件落着。



(まあ、それは表向きの話で、本当は教会の改革に乗り出そうとしたマティアス陛下を煙たく思い、教会とその裏にいる“雲上人セレスティアーレ”がけしかけたというのが裏の事情。それを大公家の内紛という事にして、事実を覆い隠した)



 裏事情を知っている者は知っていますが、結局は“雲上人セレスティアーレ”との厄介事を避けるため、口を紡いでいるのが現実。


 誰もが自分の事を可愛く思うのですから、それは止むなき事かもしれません。


 むしろ、その事件から数十年の後、身一つで世界の改変に挑みかかった私の祖母カトリーナが異常なのです。


 貴族でもなんでもない、一介の魔女にして娼婦が世界そのものに挑み、一定の成果を上げたのですから。



「つまり、魔女殿の懸念はネーレロッソ大公がヴォイヤー公爵を焚き付け、ジェノヴェーゼ大公家に反旗を翻すように促す、と」



「左様でございます、アルベルト様。もし、なんらかの事情でフェルディナンド陛下が害される事になれば、後を継ぐのは先年お生まれになられた大公子殿下。しかし、殿下はまだ片言も喋れぬ乳飲み子でございます」



「当然、政務やらは誰かが代行しなくてはならん。なるほど、摂政の地位にヴォイヤー公爵が就くわけか」



「家柄、実力的にはそうなるでしょう。しかし、その摂政がネーレロッソ大公と通じていたらば?」



「国政は壟断され、ヴォイヤー公爵の一派が好き放題に専横を振るおう。最悪、殿下を害して簒奪という道筋まで見えて来るな」



 アルベルト様も腕を組み、唸っておりおますが、その表情はこれまで見た事もないように不機嫌かつ怒りを方々に放っております。


 さすがに身内とは言え、簒奪ともなると看過できない案件というわけです。



「今回の連続誘拐事件にしても、ヴォイヤー公爵の弱みを握る為とも言えます」



「隠された趣味に付き合うという体で陰ながら協力し、ついには貴族令嬢にまで手を出させる、か」



「はい。一般庶民の娘ならばいざ知らず、貴族令嬢を誘拐略取したとなれば、事が大きくなり過ぎます。密やかな楽しみ、というわけでは済まない案件となりましょう」



「枷を嵌め、焚きつける際の材料とするのには打って付けというわけか」



 想定以上に広がりを見せる誘拐事件の裏側。


 ネーレロッソ大公の工作員が関わっていた、という事が知れただけでこの広がり様です。



(事実、チロール伯爵家の相続問題の際も、豚野郎ヨハンの生母ジルに入れ知恵していましたからね。チェンニー伯爵のところにも出入りしているという話も耳にしていますし、思った以上に本気で動いているのかもしれませんね)



 事の深刻さはリミア嬢以外は認識したようで、ディカブリオも、アゾットも、揃って渋い顔になっています。


 リミア嬢だけは情報の処理が追い付いていないのか、少しばかり呆けた顔をしておりますが、それでよいでしょう。


 ともかく、復讐の事だけを考えてくれた方が、余計な雑念を抱えなくて済みますのでね。



「まあまあ、全員落ち着いてください。あくまで“最悪”を想定した場合の話です。そこまで突飛な状況になるとは限りませんので。頭の片隅にでも入れて、今は例の御者を引っかける事に専念いたしましょう」



 大貴族の捜査のためには、それ相応の理由や証拠が必須です。


 公爵ともなると、力任せに強引に話を進めるわけにはいきませんので。


 まずは冷静に!


 急いては事を仕損じるだけですわよ。

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