7-25 おとり捜査(2)
「リミア嬢を用いて、おとり捜査を行う」
それが私の策であり、居並ぶ顔触れを見回せば反応は様々。
アルベルト様は苦笑いを浮かべております。
一応、生餌を用いた引っかけは最後の手段と説明してはいましたが、初手からこれですからね。
苦笑するのも当然の反応でありましょうか。
ディカブリオは“またか”とでも言いたげに、深いため息を吐いています。
以前のチロール伯爵家の遺産を巡る騒動では、婦女子の誘拐をやりましたが、今回はその逆で、誘拐を誘発させるおとり捜査。
生餌の事を考えますと、この反応もまた真っ当なものですね。
むしろ、表情を一切動かさずにいるアゾットや、進んで生餌になろうというリミア嬢の方が異常とも言えます。
(フフッ『私の体をいかようにでもお使いください』という言葉、嘘偽りはないのですね。思った以上に肝が据わっておりますし、本当に“魔女”としての弟子にしてもいいくらいですね)
目をギラつかせて、姉の復讐に燃える少女の振る舞いに、私もいたく感心しております。
当人が進んで了承した以上、遠慮なく策に組み込む事が出来ます。
「それで姉上、いかような策で参りますか?」
少しニヤついている私に、ディカブリオが質問を投げかけてきました。
また荒事になるのかと諦め半分、でも姉上に従わねばという思いが半分、そんな複雑な表情をしていますね。
まあ、荒事になるのは確定ですが、リミア嬢には危険が“ギリギリ”及ばないところで止めるつもりですので、そこは信頼して欲しいですわ。
「なぁに、簡単な事ですよ。アゾットも言ったように、いかに相手を犯行に及んでもらうのか、これに尽きます」
「リミア嬢を生餌にしてですか?」
「当人もそれでよいと言っておるのでな。姉の仇討ちは、妹の手で手ずから行う。それでこその“ケジメ”であろう。私はそれを全力で応援するまでです」
そう言って、私は頭の中で描いている策を皆に披露しました。
具体的に分かりやすくするため、机の上に地図を広げ、将棋の駒を置き、あれやこれやと動かす。
取り囲まれる女王、絶体絶命の大ピンチ!
そこに颯爽と現れる騎士、立ち塞がる城兵、変身する兵士、そして、とどめとばかりに現れる僧正。
そこには、丸裸となった敵の王様がいるだけ。
「生贄の女王か」
説明を聞きましたアルベルト様が、真っ先に口を開き、ニヤついています。
実に痛快で面白いと、賛意を示してくれました。
「危険が大きい分、ハメた時の痛快感は他では味わえませんので」
「だな。生贄の女王は将棋の勝ち方としては、最もしてやったりと思えるものだ」
「はい。今回の囮は性悪な女王と、無垢なる姫君です。そこに群がる有象無象を、一網打尽にいたします」
そして、居並ぶ顔触れに適した駒を差し出しました。
まずはリミア嬢には女王の駒を、アルベルト様には騎士の駒を、アゾットには城兵の駒を、ディカブリオには僧正の駒を、そして、私は兵士を。
これでそれぞれの役目が整いました。
(もっとも、僧正の駒は、“本物”に変わるかもしれませんけどね)
ヴェルナー様は本当に最後の切り札。
これを使わずに勝つ事が最良ではありますが、相手の動き次第では出張ってもらわなくてはなりません。
「おや、姉上は兵士でありますか」
「何を言う。お前が私に似合いの駒はという問いに、“黒い兵士”と答えたではないか」
「ああ、そう言えばそうでしたな」
以前の事ですが、アルベルト様に変装したフェルディナンド陛下と将棋に興じた後、ディカブリオに問いかけた答えがこれです。
着実に前へと進み、状況次第で何者にも変われる駒、そして、“黒い”と。
実際、その通りだとは思いますわ。
「で、我らの王はフェルディナンド陛下だと」
「そうじゃぞ、アゾット。王の首を取られた時点で負け。それが将棋のルールですが、現実でもそれは変わりない。総大将の討死ないし捕縛は、戦での負けを意味する」
「……今回の事件で、“それ”は有り得ますかな?」
「状況次第では、な」
私は策を弄する時は、常に“最悪”を想定して策を組み立てます。
“可能性”を無視して作戦を立てるのは、最も愚かしいものであると知っているので、当然の配慮です。
そして、その最悪とはもちろん“王の討死”。
「魔女殿、今回の事件は連続する少女略取の案件。兄上……、陛下の身の上まで繋がる可能性はあるのか?」
「当初はありませんでした。ですが、ヴォイヤー公爵が事件に関わっていると知れた時、一つの不安要素が浮かび上がりました」
「ふむ……。その不安要素とは?」
「武力政変」
端的に申し上げて、最悪の事態はこれに尽きます。
考えたくもありませんが、考えざるを得ません。
いやはや、『処女喰い』による少女略取の案件が、よもや国家転覆レベルにまで話が膨らもうとは思いませんでした。
ほんと忙しない限りですわね。




