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7-11 地道な捜査

「これで、十件目、空振りっと」



 今日回る予定の店の名を記したメモ書きに、十本目の横線を入れました。


 今現在、私は専属御者のオノーレを連れて、あちこちの店を回っています。


 リミア嬢に意気込んだ手前、手抜きは決してするつもりはなく、全力で捜査中。


 なお、リミア嬢と同じく、私もまた“化粧”という名の魔術【変身メタモルフォージー】を用いまして、自分では無い自分に姿を変えております。


 目立つ純白の髪は黒毛に変え、これまた白い肌も少し黒ずんだように化粧を施しました。


 移動時間短縮のため、外行きのドレスから、女物の乗馬服(アマゾーヌ)に着替え、馬での移動を行っております。


 この方が馬車より断然速いですからね。



「しかしまあ、随分と地道と言うか、地味と言いますか、普段の御姿からは考えられませんな」



 随伴しているオノーレから、今回の私のやり口を見て、率直な感想が出ました。


 まあ、普段は娼館や屋敷にて、お客様の接待をするものですからね。


 こうして“足”で情報収集するのが珍しいのでしょう。


 しかも、馬車の御者という移動の足としてではなく、随員の従者としてですから。


 ちなみに、本来の従者であるアゾットは、リミア嬢に随伴しております。


 あちらは徒歩で回るため、“魔女の館”のある港湾都市ポルトヤーヌスの店をはしご(・・・)しているはずです。


 そして、こちらはヤーヌスから少し離れた場所にあります公都キャピターレゼーナ。規模としては公都の方が大きいですが、雇われ御者が入り込める場所はむしろ限られておりますので、回るべき場所の数は大差ありません。



(むしろ、ちょっとした敵情視察ですかね~)



 公都は大公陛下の城館を中心に街が広がり、手狭になる度に城壁が追加され、今や都を取り囲む城壁の数は三重になっております。


 中心部に行くほど住人の裕福度や位階が高くなっていき、特に中心街チェントロチッタと呼ばれる場所は、貴族の邸宅がズラリと並ぶ荘厳な空間。


 貴族か、あるいはそこの使用人しか入れない区画であり、許可がなくては一般人は立ち入る事すらできません。


 ちなみに、我がファルス男爵家も中心街チェントロチッタに邸宅を構えていますが、基本的に活動の場が港湾都市ポルトヤーヌスであるため、たまにしか訪れません。


 港湾都市ポルトヤーヌスにも中心街チェントロチッタが設けられておりますが、公都キャピターレゼーナのそれの方が遥かに大きく整えられております。


 なにしろ、港湾都市ポルトヤーヌスの方は近郊の貴族が商取引の為に構えているようなものですが、公都キャピターレゼーナの方はジェノヴェーゼ大公国に属する貴族全ての邸宅に加え、他国からの来訪者に備えて迎賓館まで備えております。


 同じ中心街チェントロチッタと銘打てど、役目が全く異なるのが、それぞれの特色なのでございます。


 そして、私は基本的に港湾都市ポルトヤーヌスを中心に活動しておりますので、公都キャピターレゼーナの邸宅を使うのは滅多にありません。


 しかし、今日はその“たまに”の出番と言うわけです。



「こっちの屋敷を使うのは久方ぶりじゃな。いつ以来だろうかのう?」



「確か、去年の大公子殿下の御誕生の祝辞を述べに、宮殿に出かけられた時であったかと思います。私もその際に、ヌイヴェル様とディカブリオ様を送迎いたしましたのを覚えてます」



「あ~、あのときか。あの時はアゾットも伴って出かけて、産後の具合が悪かった大公妃様を往診したのう」



「誰も治せなかった具合をたちどころに平癒させて、アゾットの名声が一気に高まりましたな」



「そうそう。あれ以来、アゾットは乞われてあちこちの貴族の下へ、往診に出かけるようになったのう」



「それどころか、家督を継がない次男三男あたりを海外留学させて、医者にさせようという貴族も出始めておりますな」



「じゃな。我が国は医術に関しては後進であるからな。私の投じた一席が、波紋となって広がるのは、中々に痛快じゃて」



 世情を変える。あるいは流行を作る。


 なかなかに難しい事ではありますが、上手く波を作る事が出来れば、その事業の先行者として、莫大な利益を上げる事が出来ます。


 カトリーナお婆様がまさに、流行の波を巧みに乗りこなしておりました。


 魔女の知識や技術を用いて新事業を始め、流行を作り、先行者としての利益を得る。


 程々に稼いでから、流行が廃れない内に事業を売却して、更に稼ぐ。


 それを元手にまた事業を起こす。


 しかも、それらを娼婦稼業の片手間にやっていたというのですから驚きです。



「まあ、私は口外できない“裏稼業”を営んでおりますし、あまり商売に精を出せないのが、時折歯痒く思いますね」



「でしたらば、さっさと娼婦を引退されては? 拘束時間が大幅に減りますよ?」



「娼婦は娼婦で、重要な人脈作りや情報収集の場でもあるからのう。客が来るうちは止めるつもりなんぞないわ」



「でしたら、せめて人手は揃えましょう。なぜに、厩舎番の私まで、こうして捜査に加わっているのですか?」



「信用できる奴で、馬の扱い長けた者なんぞ、お前くらいなものじゃからな」



「それは承知。下手な者を雇い入れて、ボーリン男爵家の二の舞は嫌ですからね。やはり御者は信用の置ける者を専属にするに限りますね」



「それが出来なかったから、今回の事件になったのであろうが」



 そもそもの事件の発端は、口入屋に馬車の手配をしたところから始まります。


 貴族と言えどもピンキリで、自前の馬車を用意できない者もおります。


 馬の世話から、それを操る御者や厩舎番など、“馬車”と一口に言っても、維持費がかなりかさばるものです。


 そのため、普段は馬車を持たず、必要な時だけ口入屋に依頼するという事がまかり通っているのです。


 ボーリン男爵もその口で、その雇い入れた御者が曲者であったというわけです。


 一方、我が家は自前の馬車を持ち、厩舎番や御者としてオノーレを常時雇用できる余裕があります。



(まあ、プーセ子爵家アルベルト様からの裏仕事を請け負うからには、あまり臨時雇用はやりたくないという事情もありますしね)



 付き合いの浅い者は信用できない。


 その為人ひととなりを把握しにくいですからね。


 現に、口入屋からの臨時雇いの御者が、今回の事件を引き起こしたのですから、いくら人手が足りないからと、迂闊に雇い入れる訳には参りません。


 長年の付き合いで信頼関係を築くか、あるいは手っ取り早く“お肌の触れ合い”で情報を抜いて、信に置けるかどうかを調べるか。


 裏仕事に手を染めている分、その辺りは慎重です。


 オノーレにしても、本来は馬の世話だけやらせておくのが一番なのですが、今回ばかりは人手が欲しいからと、別の用途で使っております。



(相手が貴族だと仮定した場合、公儀が動けば勘付かれるという懸念はありますが、だからと言って一男爵家の取り扱う仕事としては、正直手に余る。早く見つけねば、娼婦稼業ほんぎょうの方にも影響が出かねないわ)



 しかし、懐中にあるメモ書きに記された探すべき店名リストは、まだまだあります。


 おまけに、全ての店を網羅したとて、必ず見つかるという保障もなし。


 本当に厄介な案件だと、引き受けた事を後悔しております。


 早く出てきなさい、目当ての御者よ。

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