7-7 犯人への手がかり
ガタゴト揺れる帰りの馬車の中。
私とミリア嬢は隣り合うように座席に腰かけ、従者のアゾットは向かい合うように座る。
二人とも無言で、私が何か喋るのを待っている。
もちろん、状況の解説と、これからの行動について話す必要はありますね。
「では、リミア嬢の協力を得られた事であるし、色々と話さねばならんな」
私がこう切り出しますと、二人は更に注意深くこちらを見つめてまいりました。
「まあ、犯人の顔は当然分からん。しかし、そこに辿り着くための“重要参考人の顔”は分かる。それを辿って、犯人までの探りを入れるのが今回の手順」
「そんな人物の面が割れているのですか!? どうやってそんな事を!?」
さすがに驚くリミア嬢。
さすがに“姉様の心を覗き込んだ”とは言えません。
我が魔術は秘事ゆえ、その正体を知る者はごく僅か。
臨時雇いの助手にその事をばらすような真似はいたしませんわ。
「なぁに、実に簡単な事ですわよ。リミア嬢、姉上が襲われた状況、分かりますか?」
「えっと、用事で出かける事になりまして、そのために馬車を呼び、その送迎中に襲われたみたいですけど……」
「そう。それが答え。“馬車での送迎中”に襲われたという事です」
言葉の意味が分からず、リミア嬢は首を傾げましたが、対面するアゾットは即座に気付き、頷いて納得の表情を作る。
さすがは魔女の従者、閃きが早い。
「なるほど。つまり、“馬車の御者”が犯人側と繋がっていた、というわけですか」
「あっ!」
思わず声を上げましたリミア嬢ですが、こちらもアゾットの言葉を聞き、納得した様子。
意外と聡い娘のようですね。
「そうか、そうですよね! 馬車の御者なら、お姉様がどこへ行くのかも“予約”の際に事前に通達していますし、その情報を漏らしてしまえば、待ち伏せをする事もできますよね!」
「そう、その“予約”というのが今回の襲撃された原因の一つ」
接客をする店においては、“予約”という行為は特に珍しくもありません。
特に“高級感”を売りにしている食事処などでは、ごくごく当たり前。
待たずに即で席に着けるのは、好ましい事です。
そうした発想があるからこそ、完璧な奉仕を目指すため、私が勤めております高級娼館『天国の扉』においては、店内においては一切の不快を排除するために“完全予約制”を採用しております。
高級感を出すため、あるいは、嬢とのひとときを確実に過ごすため、こうした措置が取られています。
「予約の情報を漏らしたという事は、顧客情報を漏洩させるという守秘義務違反。まあ、違法営業や誘拐なんぞやっている輩には、“表”の規則や慣習なんぞ知った事ではないでしょうがのう」
「で、でも、そんな危ない店なんて利用してませんよ!? 馬車の手配を頼んだのだって、ごく普通の口入屋ですし」
「ところが、そうではないのですよ、お嬢さん」
と、ここでアゾットが口を挟んでまいりました。
まあ、ここは“古巣”の事でありますし、こやつに説明は任せましょうか。
「口入屋とは、要するに人を集めて仕事を振り分ける職業斡旋所。手配師と呼ばれる者が登録してある人足を適性に応じて振り分ける。かく言う私も、医者になる前はそうした場所で働いていたのでね」
そう、アゾットもまた両親を失い、妹のラケスを食わせるために、日雇い労働で食い繋いでいた時期がありました。
私と出会った当時は十四歳の少年でしたが、特に技術はなくとも、若い体と体力を必要とする場所はいくらでもある。
荷運びなど運送系がまさにうってつけ。あれは本当に体力のある人手を必要としますので。
「じゃあ、雇い入れた馬車の御者も……」
「そう、別にその口入屋の専属というわけではないはず。仕事を求めて転々としている事が多い。だからこそ、足が付きにくい」
「それじゃあ、追うのも難しいのですか!?」
「首都にしろ、港湾都市にしろ、仕事はいくらでも転がっていますし、口入屋を転々とされたら、なかなか追いかけるのも骨ですな」
情報はあれど、難易度高し。
首都なら人口三十万、港湾都市でも十万からの人がいます。
そこから一人に絞るのは確かに難儀ですね。
「まあ、そこは考え様よ。“馬車の御者”の仕事を受けたという事は、馬の扱いを心得ているという事。これで大分絞られた」
「それもそうですな。後はどこを探すかですが……」
「まずは口入屋。それと、酒場、あと花街」
「なるほど。“次の標的”を探しているのであれば口入屋。稼ぎで豪遊しているのであれば、酒場や娼館というわけですか」
「面が割れていて、探す場所も絞られた。決して雲を掴む話ではない」
あとは条件の合致する場所をしらみつぶしにすればよいだけの事。
「リミア嬢、馬車の御者の顔は覚えているな?」
「ええ、はい。少し特徴的な顔でしたので……。鼻の右側から頬にかけて、瘢痕がありました」
「上出来です」
まあ、これはクレア嬢の心を除いた時に先んじて得られた情報ですので、すでに知っていた情報ではあります。
しかし、私の魔術を隠匿するため、“別の証人から聞いた”という形を取らせていただきました。
リミア嬢をお連れしたのも、そのためです。
もちろん、姉の復讐に燃える妹に、花を持たせると言う意味もありましたが。
「さて、アゾットや、これでかなり絞られたぞ」
「右頬に傷があり、馬の扱いに長ける者。探す場所は、口入屋、酒場、花街」
「それもう一つ加えておこうかしら」
私は車窓を開け、馬車を操る御者に声をかけました。
「オノーレ、ちょいと良いか?」
「なんでしょうか、ヌイヴェル様」
オノーレは我が家が雇っております“専属の御者”です。
馬の扱いに長け、厩舎番も兼ねており、私か従弟が出かける際には、必ず帯同させるほどに信頼の厚い男です。
「お前の伝手で馬関連の店を調べて欲しい。御者として口入屋に出入りしていて、右頬に傷がある男を探しているのじゃ」
「分かりました。屋敷に到着次第、当たってみます」
一応、立ち寄る可能性のある場所でもありますので、こちらも潰しておきます。
犯人は絶対に逃さない。
「さて、今しばらく屋敷まで時間もあるし、リミア嬢。他に情報はないか、どんどんだしてくださいな。それが姉の仇討ちに役立ちますので」
「はい!」
情報こそ命。
それは魔女である私自身が一番知るところでありますからね。
魔女の三枚舌を活かせるのも、圧倒的な情報あっての話。
どんなことも聞き逃さず、閃きを得るには、“知っておく事”が何より重要なのですから。




