7-1 小夜啼鳥《ナハティガル》
どうも皆様、こんにちは。
ある時は魔女、ある時は娼婦、ある時は男爵夫人と、色々な顔を使い分けているずる賢い女ヌイヴェルでございます。
さて、今日はいつもの高級娼館『天国の扉』ではなく、外に出かけております。
その目的は慈善活動ですが、まあ、これも名声稼ぎの一種でございますね。
目の前の有象無象を哀れに思うのは、私が恵まれているからでしょうか?
今日は教会の方々と貧民街に赴き、パンを配る慈善活動に参加いたしました。
魔女が何を偽善的な、と思われるかもしれませんが、やらないよりはマシでありましょう。
大上段からご高説を垂れ流して、特にこれと言った行動をしない輩よりかは、例え名声や評判が目当てであったとしても、食料を恵んでくれる魔女の方が有難いのですからね。
実際、貧民街は食うにすら困る人々ばかり。ろくな職もなく、どうにか日銭を稼いでは食い繋ぐのがやっとな連中ばかり。
従者として随伴しておりますお抱え医師のアゾットにしても、ほんの数年前までは、パンをせがむ側にいたのですから、少しばかり複雑な顔をしておりますね。
今では立派な医者として名声も得ておりますが、もしあの時、私に出会って拾われていなければ、今も貧民街の片隅で妹のラケスと共に暮らしていたでしょう。
まあ、あれも単なる気まぐれや慈善活動ではなく、利益になるからと拾い上げただけなのですけどね。
さて、そんな貧しい人々が暮らす場所に、教会や私が用意しました配膳の荷馬車が着きますと、我先にと手を延びしてパンを求めて参りました。
余程お腹を空かせていたのでしょう。手にしたパンを貪るように召し上がり、中にはもっと欲しいとさらにせがむ者までおりました。
私も従者も、慈善活動に参加している者は次から次へとパンを貧民に渡していきました。
あれよあれよと言う間にパンもなくなり、なくなるとささっと人影も消えてなくなりました。
皆さん、神の恩寵をお忘れなきよう。いつも天より見守られておりますわよ。
私のような魔女でさえ、神は優しく手を差し伸べてくださるのです。あなた方にも優しい光が差し込むことでしょう。
ですから、早くパンの焼き方でも覚えなさい。配られる物だけ食べていては、いつまでたってもここから抜け出せませんよ。
努力と献身こそ、神の求めたもうものなのですから。
実際、アゾットもまた、努力をして医者になりました。
努力は決して無駄にはなりませんよ。
そんなこんなで慈善活動も一段落して、帰路に着きます。
本日は安息日ですので、今夜はお店もお休みです。来客の予定が一件あるだけで、後はのんびり過ごします。
夕食も済ませ、予定のお客様は少し遅れているみたいですので、居間でゆっくり読書で時間を過ごしていると、私の耳に歌声が飛び込んでまいりました。
肉屋よ肉屋よ、待たせたな♪
ほれほれ、研ぎ立て、肉包丁♪
鍛冶屋よ鍛冶屋よ、助かった♪
お礼だ、いい肉、ほれどうぞ♪
それは助かる、肉屋の亭主♪
それはそれとて、銭寄越せ♪
まあまあ待て待て、鍛冶屋の主♪
これを売ったら、銭作る♪
軽やかな歌声を聴かせてくれるのは、私の側仕えをしております愛らしい小夜啼鳥。
一人の少女が豆茶を用意しながら、歌を歌い出す。
なお、当人に言わせれば、側仕えではなく “弟子”なのだそうです。
いやいや、私は弟子など取った覚えはないのですけどね。
魔女としても、娼婦としても。
押しかけ弟子、とでも呼べばよいのでしょうか。
とある事件の際に、魔女の釜底を覗き込んでしまった女の子なのです。
それ以来、私の側を片時も離れず、今日の慈善活動にも参加しておりました。
少女の名前はリミア=セヴァスト=デ=ボーリン。
少し波打つ金髪を揺らし、軽快な歌と共にあちらへこちらへ行ったり来たり。
“痛ましい事件”の後だというのに、実に闊達で少し危なっかしくもありますが、割と将来には期待しております。
知己のボーリン男爵様の次女なのですが、今は魔女の使い魔に成り果ててございます。
魔女の使い魔といえば鴉と相場が決まっていますのに、こんな愛らしい小夜啼鳥を連れていては、私まで可愛らしく見られてしまいます。
困ったものです。このような可憐な使い魔を従える魔女など、どこの世界におりましょうや。
では、今日はこの可愛い小鳥さんと、それと出会う切っ掛けとなりました、とある事件についてお話いたしましょう。




