6-8 撤収の陣太鼓
ドンッドンッドンッドンッドンッドンッ!
壁から響きますは“六連打”の打撃音。
ようやく終わったか、というのが正直なところですが、予想外の“激戦”に私もフェルディナンド様もニヤついています。
「はっきり言って、今宵の一件は想定外に楽しませてもらった」
「で、ございましょうね。よもや、十回戦にまで及ぶとは」
この点は本当に、こちらの予想をはるかに上回りました。
当初の予想では、フェルディナンド様は“5”を、私は“6”を、それぞれ予想したものです。
しかし、蓋を開けてみれば、まさかの“10”!
いやはや、十三歳の少年だと、見くびっておりました。
もちろん、その底なしの“白汐”を受け止めたジュリエッタもね。
“凱旋”する若人を待ち受けるため、私とフェルディナンド様は待機室を出て、その隣へ。
二人が“激戦”を繰り広げましたる部屋の扉の前で待機しました。
そして、程なくして扉が開き、部屋から二人が出てまいりました。
意外な事に、どちらも平然と並んで出てきまして、腕まで組んでいる余裕っぷり。
「おお、若かりし騎士の初陣凱旋だな!」
フェルディナンド様は満面の笑みを浮かべ、出てきた少年の頭を撫でる。
本当に可愛がっているようで、満面の笑みを浮かべています。
とても、悪所に無垢な少年を誘い込んだ“ちょい悪アニキ”とは思えぬ御姿。
「アルベルト叔父さん、やめてください。人前ですよ」
「なぁ~に、気にするな。それより、具合はどうであった?」
「それも人前でしていい質問ではないような……」
「がっはっは! そうかそうか! 相当良かったようだな!」
「まだ何も答えておりませんが?」
「よし、たっぷり聞かせてもらおうか、初陣について」
少し酒が入っているとはいえ、なかなかの気勢を上げております。
いやはや、こんな軽いフェルディナンド様は初めてでございますね。
ちなみに、フェルディナンド様は再び双子弟のアルベルト様に変装しております。
身内と言えども、一緒に店に来るときは変装が必須でありますし、大公陛下の“悪所通い”も面倒でございますね。
「それはさておき、ヌイヴェル、ジュリエッタ、今日はご苦労だった! ユリウスもこうして満足できたようだし、初陣もこなせて万々歳だ!」
「それはようございました。またのご利用をお待ちしております」
私はお客の少年に向けて丁寧に頭を下げ、ジュリエッタもまたそれに続いてお辞儀をして、これにて本日のお務めは無事終了。
あとはお二人をお見送りするだけ。
「あ、そうですわ、アルベルト様。先程の賭けの代金ですが……」
「ん? 何か思いついたか?」
「またユリウス様がご来店いただけるよう、“お小遣い”でもたまには差し上げてください。もちろん、またジュリエッタを指名してくだされば幸いでございます」
折角捉まえた上客です。逃がすつもりはありません。
もちろん、ジュリエッタの客ですが、姉貴分としてきっちり妹分の面倒を見てやるのは当然の事。
フェルディナンド様に賭けの代金を請求できるのですから、これを利用しない手はありません。
このお願いには、フェルディナンド様も不敵な笑みを浮かべられました。
「そういうのも、まあ、悪くはないか。ユリウス、どうだ? また来るか?」
「ええ、まあ……。その、ジュリエッタさん、また来てもいいですか?」
初陣を終えられた少年にしては、なんとも落ち着いていますね。
堂々としていて、年上のジュリエッタにも臆する姿勢がない。
これは思った以上に“上客”になりそうな逸材ですわね。
「ええ、そうですね。ユリウス様、またのお越しをお待ちしております」
ジュリエッタも礼儀よく頭を垂れ、ユリウスへの謝意や歓迎を示した。
ユリウス様も照れ臭そうに頭をかいておりますが、これくらい初々しい方がお似合いですよ、年齢的には。
「よしよし。では、また機を見て、予約を入れるとしよう」
「そうしていただければ幸いでございますわ。では、御二方のお見送りを」
「いや、結構だ。よし、ユリウス、どんな感じであったか、たっぷり聞かせよ! 屋敷に帰って、兄上も交えてな!」
「叔父さん、絶対、酒に酔っているでしょう。程々にしてくださいね」
「がっはっはっは! まあ、気にするな!」
豪快な笑い声と共に、フェルディナンド様は引き上げていかれました。
付き添うユリウス様も、ジュリエッタに今一度微笑まれ、去っていかれました。
そして、その場に残ったのは、私とジュリエッタ。
二人の気配がなくなると同時に、私はジュリエッタの腰に手を回し、それを支えました。
「上出来じゃ。よく二人の前では倒れなかったのう」
「つ、疲れた……」
途端に、ジュリエッタはへたれてしまい、私が支えねば、そのまま倒れそうなほどに足がガクガク震え始めました。
「ま~さか、十回戦までするハメになるとは……。痛っっ、ああ、腰がやばいです」
「アルベルト様には、気付かれていたようですわね。お見送りを不要と断って、早くあなたを解放してやれ、と」
このあたりは、ほんと、目聡いですわね、フェルディナンド様は。
陛下の眼力の高さは、さすがと言わざるを得ません。
これがジュリエッタとユリウス様の馴れ初めのお話しであり、『壁男』誕生の瞬間でもありました。
なにしろ、フェルディナンド様は約束通り、ユリウス様にお小遣いをあげては店に顔を出させ、ジュリエッタを指名させたのです。
しかも、初陣の際に妙な癖が付いたのか、事を致す前には“壁を叩く”という奇行が習慣化してしまい、店の名物客になってしまったのです。
なお、ジュリエッタも自己鍛錬を繰り返し、ユリウス様の“底なしの体力”に対応するのでした。
そういう負けず嫌いな努力家は、その後の彼女を大きく成長させる事になったのでございます。




