6-5 陣太鼓はなお響く
壁を陣太鼓に見立て、響く打音は合戦の始まり。
隣室では、若手の娼婦と初陣の少年の睦み合いが始まりました。
「さて、しっかり励んでもらおうか、若人よ」
「応援している割には、顔がニヤついておりますわよ、陛下」
「いや~、実際、何と言うか、楽しいと言うか、興奮すると言うか」
「興奮しているのでしたらば、こちらも一合戦、参りましょうか? そこにおあつらえ向きな戦場がございましてよ?」
私は視線を寝台に向け、フェルディナンド様をお誘いしました。
この方とは、十年ほど前に“筆下ろし”をして以来、一切の床入りをしておりません。
何かと理由を付けては拒んでおりますが、いささか寂しいですわね。
手を伸ばせばすぐに、奇麗な野薊があると言うのに。
「う~ん、今日は止めておこう。なにしろ、若人の監視役を勤めている最中だしな。自分が戦場に飛び込むのはご法度だ」
案の定、断って来ましたわね。
分かってはいましたが、やはり残念でなりません。
「そうですか。それは寂しい限りですわ。是非とも、陛下御自慢の“槍捌き”、見てみたかったですのに」
「ご婦人相手には、血生臭かろう」
「いえいえ、刺激的ですわ」
などと冗談めかして会話するも、結局は拒否されてしまいます。
ちなみに、フェルディナンド様の魔術は【生贄は槍先に】と呼ばれしもの。
効能は「槍で倒した数だけ能力が上昇し、槍を手放さない限り、その効果は持続する」というものです。
これは以前の“筆下ろし”の際に、私の魔術【淫らなる女王の眼差し】にて仕入れた情報。
その後にそれとなく「槍術を鍛えられてはいかがか」とオススメして、使われるようになりました。
なにしろ、手から槍が離れない限り、戦場においてはどんどん能力が向上していくのでありますから、とんでもない強さを発揮されます。
(まあ、そうした助言があればこそ、ただの“飲み友”や“娼婦”ではなく、“軍師”であり“魔女”として、お付き合いが続いているわけですが)
女としては見られずとも、知恵袋としては有用。
それがフェルディナンド様の中での、私への評価かもしれません。
「そういえば、ヌイヴェルよ、お前は私以外の相手に“筆下ろし”を施した事はあるのか?」
「ほとんどございませんわ。何分、私の容姿は特殊でありますからね。好みの別れるところなのでございます」
なにしろ、私の姿はどこもかしこも白一色で、瞳は赤。とても万人受けする容姿ではございませぬ。むしろ、これを好んでくれる殿方の方が珍しいとも言えましょう。
肌が白すぎて、死体でも抱いているかのようだと目される事もございますしね。
「そういうものか。私は美しき白い魔女を愛でるのがよいのだがな」
「祖母が申すのには、『私の容姿が百人の男性に愛されるものであるならば、あなたの容姿は一人の男性に百回の愛を囁かれるもの。その一人の熱心な男性に上客を掴みなさい』とのことでございます。こうして陛下に巡り合えたのは、まさにそれ。我が身の幸運を喜んでおります」
「その幸運を招き寄せたのは、透き通る白き肌と、類稀なる明晰な頭脳のおかげかな。と言うか、その祖母が引き合わせたのだがな」
「そう言う意味におきましては、これもまたカトリーナお婆様の遺産でありましょうね。人脈という名の」
ほんと、お婆様には頭が上がりませんわ。
あの人の遺産はむしろ、目に見えない部分にこそ多い。
知識と人脈がまさにそれ。
私が“三つの顔”を使い分けれるのも、祖母の遺産があればこそ。
ドンドンドンッ! ドンドンドンッ!
そうこうしておりますと、再び壁を叩く音が響いてまいりました。
三連打が二回、次なる合戦の合図ですね。まあ、若い身の上なれば、一度で終わりとは参りますまいて。
「さて、二回戦が始まったな。しかと敵陣深く切り込み、敵将を討ち取るのだぞ!」
「ジュリエッタ、日頃の研鑽の成果をしかとお見せなさい! 一晩で、百人の男性を搾り上げた祖母のように、一騎当千の働きを期待してますわよ!」
外からの無責任極まる声援ですね。
聞いているかどうかは分かりませぬが、やいのやいのと煽り立て、若者を戦場へと駆り立ててございます。
魔女と大公の煽り、届いていて欲しいものです。
「ヌイヴェルよ、今の話は本当ですかな? 祖母殿が、あの大魔女が、その、なんと言うか」
「一晩で百人の話でしょうか? 私はそう伺っております。誇張された部分もあるやもしれませぬが、あの人ならやりかねないとも思っております。なにしろ、『笛吹きの夢魔』の二つ名で呼ばれておられた方ですからね。祖母が縦笛の音を響かせる度に、殿方の精と銭を搾り上げていたそうにございます。現役時代の祖母を一目見たかったものですわ」
「魔女の祖母は夢魔か。はは、それは愉快!」
などと二人で普段は決してせぬようないささか品のない話題で盛り上がってしまいました。
若者達が奮戦する横で何度となく笑ったものでございます。
若人二人の床合戦と、後見役の猥談、はたしていつまで続くやら。




