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6−1 昔馴染みの客

 どうも皆様、こんにちは。あるいは、こんばんは。


 業突く張りな魔女にして、男を誑かします魔女であり、そして、心優しき男爵夫人でもあります、ヌイヴェル=イノテア=デ=ファルスでございます。


 今宵もまた、高級娼館『楽園の扉(フロンティエーラ)』にお越しいただき、まことにありがとうございます。


 さて、本日のお客様は昔馴染み客でございまして、それこそ二十年近い御付き合いをさせていただいております、アロフォート様との一幕についてお話しいたしましょうか。

 

 本日のお客様アロフォート=ボロンゴ様は、我が国でも指折りの大きな商会の主でございます。


 齢は最近六十に届いたそうでございますが、闊達な風貌や精力的な行動力が年齢を忘れさせるほど若々しく感じさせられるお方。


 主人がそうなのですから、経営されておりますお店の方も活気に満ちています。


 この方は美食家として上流階級の間では有名であり、若い時分より販路拡大や商談のために積極的に外国へ赴かれましたるのも、「私自身が世界中の美味珍味を味わうためだ」と豪語なさっておいでです。


 商才の方も確かなもので、アロフォート様の父の代ではそこそこの商会でしかなかったボロンゴ商会を若くして引き継ぎ、瞬く間に勢力を拡大して国内有数の商会へと育て上げたのでございます。


 特に本人が美味しい物を食べたいからという欲求によって大きくなった商会でございますから、世界中の食材が集められてございます。



「口に入る物は罵詈雑言以外すべて我が商会で商っている」



 アロフォート様はこう豪語されております。


 無論それは誇張ではあっても全くの嘘とも言い難く、品質の良い食材や入手困難な食材を手に入れようと思えば、まずボロンゴ商会の門をくぐるのが当たり前となってございます。


 さてさて、そんな世界中の美食を食されてきたアロフォート様。


 私の店を訪れる際はいつも珍しい料理や酒を持参なされ、それをご一緒にいただくのが、私とアロフォート様の過ごすいつもの時間となってございます。



「ほほう、なるほどなるほど……。つまり、東の果てにあるという犬頭をした人の国などなかったというわけですか」



「ああ、昔の伝承など、あてにはならぬというものです。自分で行って確かめねば、分からぬことが多すぎる」



 アロフォート様はこの度は船で東にある国々を回られたそうで、昔話に出てきた犬の頭を持つ人々がいるという場所へ赴いたそうでございます。


 しかし、現地の人々に聞いても、そのような場所はないと空振りに終わったそうでございます。


 伝承にある犬頭人コボルトの国、残念ですわね~。あるというなら、是非行きたかったですのに。



「しかし、特に落ち込んだ様子でもなく、むしろ実りがあった雰囲気でありますね」



「ああ、空振りではなかったぞ。色々と珍しい物が手に入ったのでな。長い航海は無駄ではなかった。きっちり儲けれたし、現地の食材も手に入った」



 愉快に笑うアロフォート様の前にはずらりと並ぶ料理の数々。


 食材を持ち込んでは当店の料理人クォクに料理を作らせるのです。


 見慣れたものもいくつかございましたが、中には見たこともなければ、嗅いだこともない不思議な香りの物があったりと、五感のすべてをくすぐって参ります料理の数々でございます。


 アロフォート様の来店時はいつもこうでありますので、私もこの御仁とお会いできるのは、密やかな楽しみとなってございます。


 なにしろ、この国では見た事もない料理やら食材やらを、“二番目”に味わう事が出来るのでありますから。


 一番はアロフォート様で、その次は私。


 大公陛下よりも先んじていただけるのですから、密かな優越感を感じております。



(まあ、これも宣伝の一環ではありますけどね)



 その辺りがアロフォート様の強かなところ。


 そもそも私が勤めております高級娼館『楽園の扉(フロンティエーラ)』はその敷居の高さゆえに、客層は上流階級の方々ばかり。


 貴族、富豪、人気の歌手や俳優、高級官僚や医者、揃って裕福な方々なのです。


 そんな懐事情と人脈の豊かな方々ばかりが集う中、「オススメの商品」の寝物語・・・を耳元で囁かれましたらどうなるのか?


 当然、気になる、手にしたくなる、そう考えるのでございます。


 だからこそ、重要な情報発信源となる娼館には、ボロンゴ商会は売り出したいと考えている商品を優先的に回し、時には“無料”で振る舞われる事もしばしば。


 しかし、そこは拡散能力の高さゆえに、下手な宣伝を打つより、娼婦にやってもらった方が良いと割り切っておられますのがアロフォート様。


 現に、すっかり上流階級では定着し、今は中流の方まで飲まれるようになりました豆茶カッファなどが良い例でしょうか。


 これにつきましては、私が拡散させましたからね。


 数年前、異国の地より持ち込まれました煎じたる豆。


 それより煮だされた黒い汁、最初は不気味に感じましたが、飲んでみるとなんと爽快な事でありましょうか。


 気分はすっきり晴れやかになり、目も頭も快活になります。


 最初はどうかと思っておりました苦みも、今ではすっかり癖になる程、私自身が好んで飲んでおります。


 そして実際、店で豆茶カッファを出してみますと、これが大評判!


 瞬く間に情報は拡散し、豆茶カッファを求めて、ボロンゴ商会の方へと注文が殺到したのでございます。


 古来より情報の拡散や収集を行うべき三か所の拠点と言うのがございまして、それが“酒場”と“風呂屋”と“娼館”と言われております。


 酒、入浴、女、これの力によって“気分”と“筋肉”がほぐれ、普段は出てこないような“ここだけの話”というものが飛び交うのです。


 選ぶ店によって客層も変わりますので、多種多様な情報を入手したり、あるいは逆に拡散させたりするのに役に立ちます。


 ジェノヴェーゼ大公国の暗部を司ります密偵頭のアルベルト様が、私と懇意にしておりますのも、これのためです。


 私自身の智謀もさることながら、口の堅さ(要報酬)と職業柄の諜報力を持ち、これを使わない手はないというわけでございますね。


 目の前のアロフォート様もこれと同じ手法。


 『楽園の扉(フロンティエーラ)』の客層は裕福な方々ばかり。


 上流階級に売り込もうとしましたらば、ここから拡散させるのが常套手段になるほどに使われております。


 貴族に富豪に芸術家、評判になればたちまち拡散していき、ボロンゴ商会に客が殺到する。


 いやはや、本当にしたたかな御仁です、アロフォート様は。


 そんなわけでございまして、私もアロフォート様とお会いするのが、密やかな楽しみにしております。


 西へ東へ、あるいは北へ南へ、あちこちに冒険や商売に出かけられては、珍しい物をお持ちになるのですからね。


 その際の“土産話”と共に、売り出したい“新商品”を真っ先に味わえるのです。


 流行はやりを作る、というある種の支配欲を満たしてくれる御仁、それがボロンゴ商会のアロフォート様。


 大公陛下とは違った意味での、最上の上客というわけです。


 さて、今日はどんなものが飛び出してくるのか、楽しみでございますわ♪

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