最後の手紙
暗書の間が再び静寂に包まれて、さらに時が流れた。
「…………」
文也は蠢く文字の地を見つめた。
「これで最後の手紙を書こう」
蠢く文字はどれも2センチほどの大きさで、手に取ることができれば、消える事も、手が汚れることもなかった。
運良く『で』の文字はみつかったが『で』だけでは、言葉を伝えきれない。
文也は蠢く地をかき分けて探すものの、世界中のありとあらゆる文字から、ほしい文字はなかなか見つからない。
日本語が平仮名とカタカナと漢字の3種類もあるのを文也は不便に感じた。
文也の前に影が現れた。
黒いツインテールの影だったものは立体になり、色がついた。
「桧毬……」
桧毬は笑った。しかし、声はなかった。
何かのエネルギーが発生して桧毬のような動くものができた、と考えた方が良いようだ。
その通りに、彼女が差し出した手には文也が探している文字の一つ『も』があるのだから。
「……ありがとう、桧毬」
それでも文也は嬉しかった。
影はさらに現れた。
「お前らしいな、修二」
文也は修二の形をしたものから『好』の文字を受け取った。
桧毬と修二の形をした者達はさらに文也の手紙となる言葉を集めてきてくれた。
世界中の文字が蠢く地、時間はかかるが、時の流れを気にする必要のない空間。それを有効に使い言葉は集まった。
「ありがとう、修二、桧毬」
文也は無言で笑う2人に感謝したとき、近づいてくる影に気がついた。
それは10年前の文也だった。
彼の手にはツルツルとした薄い物体を手にしていた。
エギュラメが文也に宛てて書いた魔界用の便せんなのだが、黒ではなく白いものだった。どうやら書く人や内容によって変わるらしい。
「これに文字を綴るのか?」
幼い文也はうなづいた。
使い方を聞こうかと思ったが、文也は手紙の最初となる文字『そ』の文字を便せんに近づけると、すうっと文字は便せんの中へ吸い込まれていく。
「順番に文字を入れてゆけばいいんだな」
幼い文也は無言で笑い肯定する。
手紙が完成した。しかし、便せん兼封筒が白色のまま変わらないでいた。いや、よく見るとより白く、純白色であった。
「気持ちに偽りがないからかもしれないけれども、闇の方に失礼かな……」
とはいえ、これ以外の文章に変える気はなかった。
「……」
手紙が完成すると、3人だった者達から色が黒くなり薄くなると、地面に吸い込まれるように消えていった。
「ありがとう」
文也は3人に感謝をしてから手紙を頭上高くあげた。
「これが本当で最後の手紙です。どうか、受け取ってください」
文也の手から手紙の感触が消えた。
それでも、あなたが好きです。




