残された手紙
「………………」
桧毬も修二も本当に消えてしまった。
その事に心が受け入れた時、文也は悲鳴を叫び声を感情が爆発するままに出し続けた。
怒り、悲しみ、悲鳴
ほとんど言葉にならないものだったが、ここは闇の空間。彼を止める者がいなければ通報する者もいない。
自分の声で耳がおかしくなるほどに。今の文也にとって耳の異変なんてどうでもよかった。
それが途絶えた後、文也は笑い声を上げ続けた。 どうしようもなくなった今、もう笑うしかないのだ。
「ははは……」
笑い声が途絶えた時、気力も体力も使い果たし、気を失うように眠った。
蠢く文字の上で目覚めた文也は、現状を思い出して、涙を生み出した。
それから時が流れた。
涙が枯れてから、文也は地面に散らばっている。桧毬いた場所に何がある事に、ようやく気づいた。
「書き損じの紙……」
紙片になって舞い上がる桧毬や修二の行動で気づく事はできなかったが、彼女がいた場所に大量の書き損じの半紙、高級メモで書いた懐かしい単語、10年前のエギュラメの手紙、修二のラブレターや渡しそこねたメモが、そのまんまの状態にあった。
それとツルツルした淡い緑色とピンク色の便せん魔界のレターセットがあった。エギュラメから届いた手紙は全て黒一色だった。 文也はふらふらする体で緑色の方を拾い上げると、人の声が脳に直接届いた。
『文也へ』
桧毬の声だった。
『桧毬なのだ。
エギュラメ様にお願いして魔界用の手紙を貰ったのだ。
文也と修二に謝らなければならないのだ。
修二がエギュラメ様に宛てた手紙は桧毬が食べてしまったのだ。食べたから、内容はわかったけれども、あれは渡したら、修二の身の危険が及ぶのだ。とはいえ、修二、ごめんなのだ』
「………」
桧毬も修二が消される事は予測できなかったようだ。
『修二をエギュラメ様に頼んで眠らせてもらったのだ。理由は……』
桧毬の声が止まった。
文也にエギュラメ宛ての手紙を急がせるためか、それとも修二のアタックを避けるためか。
その両方なのか。
『とにかく、ごめんなのだ』
彼女は言おうとはしなかった。
『これで桧毬は、じい様に会えるのだ。文也、ありがとうなのだ』
ピンク色の便せんの近くに『桧毬へ』と書かれた人間が使用する、これまた淡いピンク色の封筒があった。
魔界用は桧毬が修二に、人間用のは修二が桧毬に宛てたものに違いないだろう。桧毬は修二が消されるとは考えてもいないだろうから、彼の恋文の返事となる。
「………」
文也は、二通の手紙を見つめたが、読むのは避けた。
いくらいなくなっても、彼らの想いを覗き見する気にはなれなかった。
通路で聞いた時、桧毬の気持ちに揺るぎはなかったし、もしも、通路と手紙に気持ちが違っていたら、今は悲しいだけだ。
恋文から、視線をずらした文也は、修二がエギュラメ宛てに書いた手紙を見つける。
「もういないなら、読んでも怒られないよな」
恋文と違い、文也は手にすると封を開けた。
見覚えのある字だが、相手が相手だけにかしこまった丁寧な文字だった。
『まずは、一介の人間が、あなた様に文を送る無礼をお許しください。
直接、あなた様に会う事も、話せる事もできないので。手紙で書くことにしました。
最後までお読み頂ければ幸いです。
正直に言えば、あなた様に怒りがあります。
あなた様の向ける文也の愛は、一方的なものだと自分には思えません。
無礼なのは百も承知です。ですが、言わせてもらいます。
あなた様は馬鹿です。
あなた様も、こんな手紙を書く俺も馬鹿ならば、文也も桧毬も皆、馬鹿です。
皆、お互いの事を知りながら、何一つ分かろうともしない。皆、分かったつもりでいる。
分かったつもりでいるから、皆、お互いを理解できないままでいる。
皆、考え方の尺度が違う。まず、その事に気づけなければなりません。
自分はあなた様の闇の一族としての考え方が、人間のものとは違うと、文也の一件で初めて知りました。
自分はそれを理解しようと思います。ですが、今はまだ『理解する』には遠いもの。あなた様に怒りしか持てない状態です。
これが、自分、金原修二があなた様に言いたい事全てです。あなた様が魔王の娘であれ、どうしようもない馬鹿な友のためなら、どうなろうと自分は構わないし、書くことに躊躇する気はありません。
金原修二』
「馬鹿なのは、どっちだよ……」
枯れたはずの涙が頬を伝い出し尽くしたはずの感情が文也を支配した。




