手紙
修二の家を出た文也は、学校に行く気にもなれず、フラフラ歩き、目に止まったベンチに座ったまま、身動き一つとる気にもなれず、時だけが流れた。
「……」
両手を顔に覆う。気力が喪失していく。
長い長い時間が流れた後、文也は息を吐き出した。
『修二が消えた』
その言葉の衝撃から、頭は考えようとする力を失っていたが、体から空気を吐き出した事により、少しだけ考える力がわいた。
『あの馬鹿は、間違いなく、とんでもない手紙を書いて、あの方を怒らしたに違いない』
「……」
文也は視線を落とした。
『俺が、ああなったから、修二は手紙を書いた』
「俺のせいなんだ」
文也は視線を少し上げ、通り過ぎてゆく女性をぼうっと眺めた。
「桧毬も。俺が10年も返事を先延ばしにしなければ……いや、あの手紙を食べさせなければ、桧毬はただのヒマリで終わったのに。
俺のせいなんだ……」
文也は頭を抱えた。
そのまま、また、長い時間が過ぎようとする前に、文也に近づく影があった。
「君、学校は?」
聞き覚えのない男の声。見上げてみると、厳めしい制服を着た警察官が不審な視線を向けていた。
視界を少しずらしてみると、警官の背後に交番の建物がある。授業が行われている時間に制服を着た未成年が交番前のベンチに座っていれば、声をかけるのは当然だ。
「………」
文也は警官をじっと見つめた。
『俺は捕まって罰を受けるべきです』
危うく声にするところであった。
「?」
「……あ、いえ。今から行きます。ちょっと気分が悪くて、大丈夫です。少し休んだら良くなりました」
文也は立ち上がり、警官に一礼して歩き出した。
「手紙を書こう。ありのままの事をエギュラメ様に伝えなければ」
遅刻であるが、無事に着いた文也は、授業を受けるフリをして便せんに文字を書き始めた。
『エギュラメ様。まずは謝らなければなりません。
俺の馬鹿な友人が、エギュラメ様に手紙を書いたと桧毬から聞きました。』
文也はペンを止めた。
『修二が、もし、本当にエギュラメ様により消されたのならば。俺はエギュラメ様に怒りを感じなければならなのに。その感情がない……
いや、修二は本当に消されたのか? それがはっきりしていないからなのか?
桧毬は 会えないのかもしれない。数日、姿を消している しか言っていない。
消されたとは言っていない。
でも、奴は家に帰っていない。おばさんが学校を休ませてまで、嘘をつくわけがない』
「……」
文也は黒板を見上げ、教師がしゃべっている姿をぼんやりと見つめた。
それから主のいない修二の席をちらりと見て、視線を便せんに戻し、再びペンを取る。
『修二が何と書いていたのか俺にはわかりません。もし、エギュラメ様を不快にさせる内容だったのならば、俺が謝ります。
修二がエギュラメ様に手紙を書く原因は俺にあります。俺が消した記憶を思い出し、人間では予測でいない内容に混乱してしまったのだから。その後、エギュラメ様が俺の前に現れてくれて、あなた様の魅力に我を忘れてしまったのだから。
友人はその事により、手紙を書いてしまったのです。
もし、あなた様が修二を消してしまったのであれば、俺は、ただ『悲しい』です。あなた様に怒りはありません。怒りを感じられないのです。
長いつきあいである友達がいなくなったというのに、です。
それは桧毬についてもです』
チャイムが鳴った。
学校に桧毬の姿はなかった。
『桧毬は、パニクった幼少の自分があなた様の手紙を食べさせてしまった事により、ヤギではなくなり、俺があなた様へ宛てた手紙を渡す役目だけに生かされている事を知りました。
それも俺のせいで彼女をこんな運命を負わせたのです。
そう、修二も桧毬も俺のせいなのです』
昼休み。弁当に手をつけず、周りから少し変な目を向けれても構わず、文也は窓から見える青い空を見上げた。
『そんな罪しか作っていない男に、あなた様の魂と同化するに値しません。俺は卑怯者です』
「……」
文也は再び窓を見上げ、すぐに視線を教科書とルーズリーフの間にある便せんにもどす。
時間は午後の授業が始まっていた。空腹を感じない文也は、厳しい教師に怒られないよう、細心の注意を払い。それでも手紙を書き進める。
聞こえてくる外国の言葉は、文也の右耳から左耳に通り過ぎていった。
『俺は、あなた様に値しない男です。
でも
でも、エギュラメ様、あなたの事が好きです。
エギュラメ様の事を考えるだけて鼓動が早くなり。混乱していた時、エギュラメ様に会えた時は夢のようでした。このまま時が止まってほしいと願うほど。
それは子供の頃、初めてエギュラメ様を見た時から。
記憶がなくなっていたとはいえ、10年前の自分が書いた手紙を読み(最初の手紙を読む前、エギュラメ様が見せてくれましたね)過去を知った時、エギュラメ様の魅力に魅了した事だけは、はっきりと記憶を取り戻しました。
……。
長くなってしまいました。
やっぱり、俺は、エギュラメ様の事が好きでいる事に変わりはありません。
修二も桧毬も巻き込んでしまっているというのに。
魂の同化は、』
「………」
文也はペンを止め、窓外の空を見上げる。
授業終了のチャイムを耳にしながら。
『エギュラメ様。あなた様が望むのであれば、俺は受け入れます。永遠にエギュラメ様といられる事に』
教室の掃除当番が終わり、ゴミを捨ててから、文也は手紙を書き終えた。
「桧毬、これをエギュラメ様に届けてくれ」
糊付けした封筒が乾いて剥がれないのを確認してから、文也は隣に現れた桧毬に渡した。
「ただし、俺も行くから、連れてってくれ。
エギュラメ様が、この手紙を読み終えた時、俺は、そこにいたいんだ」
「わかったのだ」
桧毬は手紙を受け取った。




