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ゴートメール  作者: 楠木あいら
何卒、ご決断のうえ、早急なご返答を
24/32

帰宅

「………」


 文也は自宅を見上げた。

 奇声をあげて、逃げ出した家に戻るのは足が重くなるが、一生帰らないわけにもいかない。


「ただいま……」


 おそるおそる、帰宅のあいさつをしてみたら、何事もなかったかのように返事がした。

 気を使っているのか、修二のフォローが良かったのか、それとも桧毬が記憶処理をしてくれたのかは、わからないが、それを突き止める気になれず、部屋に寝っ転がった。


「……何が裏切り者だよ」


 帰宅してほっとできた文也の口は、修二に対する不満を口にし、腹部の痛みを思い出した。


「……」


 売り言葉に買い言葉だったとはいえ、修二に対する不満がふつふつと沸き上がるが、自分に対するもやも存在している。


「今度あったら、ただじゃおかないからな……」


 息を吐き出してから、文也は起き上がり、改めて部屋を見渡した。ベランダに続く窓が閉められてはいる以外、あの時のままに過去と魔界からの手紙達が、机にいた。


「……」


 文也はエギュラメからの黒い手紙を手にする。


 脳に伝わってくる『あの人』の想い。


 黒い手紙を置いてから、文也は三番目の手紙を改めて目を通した。


 予測を超えた真実に、それどころではなかったが、まだ、何かを告げる言葉がその手紙に書かれていた。



「桧毬……ちょっと良いか?」


 日が暮れて、隣の明かりが着いたのを確認してから、文也はベランダに続く窓を開けて、桧毬を呼んだ。


「文也……大丈夫なのか?」


 隣のベランダを軽々と跳んできた桧毬は昨日の騒動もあるが、それ以上にボロボロな文也に、心配になった。


「修二と喧嘩しただけだ。それよりも」

「エギュラメ様に返事を書いたのか?」

「それは、まだ。もしかして修二とデートだった?」

「そうなのだ」


 桧毬の白いワンピース姿に『デート』以外のイベントはない。

 修二も喧嘩後で、文也から考えるのを回避するためか、デートという行動を選んだようだ。


「桧毬、三番目の手紙を最後まで読んだ。

 エギュラメ様の手紙、お前に食べさせてたんだな」

「……」


 桧毬は、文也に背を向けた。ツインテールの黒髪とワンピースがひらりと揺れる。


「ヤギだった桧毬がなぜ、エギュラメ様に仕えているのか考えた。

 俺のせいだったんだな。ごめん、桧毬」

「桧毬はその前のも含めて、食べた手紙に何が書いているのかわかるのは。エギュラメ様の手紙を食べて、エギュラメ様の魔力を得たからなのだ。

 でも、それはエギュラメ様の怒りを買ってしまった。エギュラメ様から見れば勝手に食べて、魔力を得たのだから」

「ごめん……桧毬」


 謝る事しかできない文也に対し、桧毬は夜空を見上げあの日の出来事を思い出した。


「覚悟はしてたのだ。

 10年前のあの日、怯えた小童(こわっぱ)が黒い物体を抱えて、ヒマリに食べさせようと差し出した時、ヤギながら気づいたのだ『これを食べたら、エラい事になる』って。

 とはいえ、怯えた小童の差し出した物を拒否することはできなかった。あの時はもう、ヤギ、ヒマリはお婆ちゃんで寿命は1年あるかないかと感じていたから、どうなっても良いと思ってもいた」


『だけど』と、桧毬は視線を落とし首を振る。


「エギュラメ様に肉体と魂を切り離され、10年も生き続けるなんて予想もできなかった。もし、黒い物、エギュラメ様の手紙を食べなければ、ヒマリはじい様に、看取られて旅立ち、じい様もその3年後に旅立って……こんな。こんな、じい様も懐かしい小屋も屋敷もない、変わりはてた未来なんて、知る必要なんてなかったのだ」


 振り向いた桧毬は、哀しげな表情をしていた。


「返して。ヒマリとしての時間を返して」

「……。ごめん」


 桧毬は文也から離れ、背を向けた。


「わかっているのだ。今の文也が謝る事しかできなければ、あの時の文也がこの事を予測していない事も。

 あの時に戻ることもできないのも」

「……」

「だから、罪を償ってほしいのだ」


 振り向いた桧毬は寂しげに笑った。


「文也は一刻も早く、エギュラメ様に返事を書いてくれなのだ。

 そうすれば、文也の返事を届けなければならない桧毬の役目が終わる。

 桧毬は、この無意味な世界から解放されるのだ」


「解放……」

「桧毬の寿命はエギュラメ様次第なのだ。

 桧毬にとって、悲しい事ではない。だって、あっちの世界で、大好きなじい様に会えるのだから」


 にっこり笑う桧毬に、文也は何も言えなかった。


 

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