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ゴートメール  作者: 楠木あいら
もっと近づきたいと思うのは愚かでしょうか?
23/32

デート

「お待たせなのだ」


 眉間にシワを寄せていた修二は、声に気づき見上げると表情は一変した。


「桧毬ちゃん。その格好」

「えへへ。デート用に皮(服)を新調したのだ」


 白いワンピースに身を包んだ桧毬はひらりと一回りして、スカートを揺らした。


「やっぱり白は良いのだ」


 ヤギ時代を思い出してか、かなりのご満悦のようだ。


「皮を取り替えると聞いて、物凄く痛い思いをして着替える人間は凄いと思っていたのだが、全然違うのだな」


 スマホを使いこなしメールやlineを使いこなしていた(?)桧毬だが、たまにヤギ思考になるようだ。


「え、初めての着替えなの?」

「そうなのだ。着る方法はわからないから、ママさんに手伝ってもらった」


 修二は指を折り、桧毬が現れてから何日経過したのか数え、おそるおそる、質問した。


「桧毬ちゃん、それまでの間、お風呂とかどうしたの?まさか、制服のまま……」

「お風呂?毛繕いの事か?」

「そうとも言うね」

「それには問題ないのだ。桧毬の体は、もともと汚れないようになっていると、エギュラメ様がおっしゃっていたのだ」

「特別な体ってこと?」

「そうなのだ。毛繕いしなくても便利な体だけれども、食欲はたっぷりあるのだ」

「……」


 食べた物はどこに行くのか気になるが、修二は話をデートに切り替えた。


「白のワンピース。似合っているよ、桧毬ちゃん」

「ありがとうなのだ。ところで修二、デートして大丈夫なのか?」


 修二の表情が曇った。桧毬の質問は間違いなく文也を指しているのだから。


「エギュラメ様が現れた途端、正気に戻ったよ。大丈夫。

 それよりも桧毬ちゃん、今日のデートコース。桧毬ちゃんが喜ぶ場所を探してきたよ」


 エギュラメの名と修二の文也に対する顔を見て、桧毬は何も聞かない事にした。


「桧毬もデートするなら、行ってみたい場所があるのだ」

「和紙の名所でしょ」

「和紙! 和紙はもちろんだけど、桧毬は一度『はらじゅくのくれーぷ』という食べ物屋に行ってみたいのだ」

「クレープ? 桧毬ちゃんにしては、随分、珍しい食べ物だね」

「じい様が豆腐屋のオヤジとしゃべっていた時に、聞いたのだ。

 若者は『はらじゅく』にいって『クレープ』を食べるとか。10年若ければ、ばあ様と行ってみたかったとか」


 『10年じゃないだろう』と、修二は突っ込みたかったが『そうなんだ』と、相槌をうった。


「クレープか、人が多いけれども大丈夫?」

「修二がいるなら大丈夫なのだ」


 にっこり笑う桧毬の顔を、少しだけ長く見つめてから、修二はデートをスタートした。


 バスと電車を利用し一路原宿に向かう。デートとは言ったものの、恋に目覚めていない2人にとって、会話や相手を見る視線や空気は友達のものであった。

 ただ、修二の場合、別の問題により、口数が少なくなっているが。



「子ヤギの頃、豆腐屋の息子は、ヒマリを見るたびに『ユキちゃん』と呼ぶのだ。ヒマリと名前がついているのにもかかわらず」

「……」

「修二、聞いてなさそうだな」

「うわっ」


 修二が驚いたのは、購入したクレープの前、桧毬の顔が間近に現れたからであった。


「いや、聞いてたよ。雪の夜が…どうのとか」

「修二、顔に書いておるぞよ。文也の事が気になって仕方ない、と」

「き、気になっているわけじゃないよ…ただ」

「ただ?」

「………」


 修二は観念して話すことにした。せっかくのデートなのに、心あらずでは桧毬に悪いし。このもやもやを話せるのは事情を知っている桧毬しかいないから。


「あいつ……」


 とはいえ『エギュラメ様に騙されている』なんて部下には言えないので、少し言葉を変えた。


「あいつ、エギュラメ様にぞっこん過ぎる。その直前まで同一人物に怯えてたのにだよ」

「エギュラメ様は偉大なのだ」

「……。オマケに魂を同化させるような事言っているし」

「それが『好き』というものなのだ」

「好きって、それはおかしすぎるだろっ……って、ごめん、桧毬ちゃん」

「大好きな文也なのだから、仕方ないのだ。もちろん、友達として」

「………」


 修二はぷいっと視線をそらした。


「好きに、理由はない。好きになるのに理由はないのと同じで」

「それは俺の方が充分に知っているよ。可愛いかったり、綺麗だなぁというのはあるけれども、それよりも何か違う、理由にならない『何か』はある。毎回毎回ね……」

「そうなのだった」


 桧毬は笑った。


「桧毬ちゃんって、恋愛に知っているね。誰かいたの?」

「もちろん、なのだ」


 にっこり笑う笑顔の中に、寂しげな表情が含まれているのを修二は読み取った。

 クレープの包み紙をゴミ箱に捨てたところで、修二は次の場所になる質問をした。


「桧毬ちゃん、和紙が無形文化遺産になったの知ってる?」

「もちろん。石州半紙に本美濃紙に細川紙。三つともとも原料に繊維の細い(こうぞ)を使って漂白しない。もちろん、キレイな水を使っているのだ」

「さすがは桧毬ちゃん」

「という事は、和紙巡りできるのか?」

「本当ならそうしたいんだけれどもね、島根や岐阜、今から埼玉でも、帰る時間を考えると……ちょっと無理があるんだよね」

「そうなのか?桧毬には距離というものはわかららないのだ」

「無形文化遺産になった和紙があるかはわからないけれども、同じ都内の日本橋にあるお店で和紙のレターセットが売っているから、それを買って、桧毬ちゃんにお手紙を書いてプレゼントするよ」

「和紙のお手紙!! そっちの方が嬉しいのだ。

 修二の手紙は、甘酸っぱくて美味しいのだ」

「……そうだね」


 苦笑する修二であったが、桧毬の無邪気に喜ぶ表情をじっと見つめた。


 

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