表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴートメール  作者: 楠木あいら
もっと近づきたいと思うのは愚かでしょうか?
21/32

黒ヤギ


「……」


 文也は、考える事を拒否していた。

 何も考えたない。考える事を再開しようものならば、まず『それ』を考えなければならないから。

 手紙に書かれていた真実、それに触れたくない。


「……」


 どれぐらいの時が流れたのだろうか。

 大分前に、修二の声がしたような気がした。

 あの御方と同じぐらい恐れている桧毬の声や気配は感じない。

 修二の気配もない。どこか部屋の外に行っているのだろう、そういえば、ドアが開閉する音を聞いた気がする。

 体が痛い。足にかけては、物凄く痛みを感じるが、今はどうでもよかった。

 体の痛みも考えたくない。






「……」


 文也は気配に気づいた。

 辺りはしぃんとしている。


 前方から近づいてくる気配に感じ覚えがある。

 文也が、最も恐れている。


「あ……」


 忘れていた恐怖が全身をかけめぐり、文也は立ち上がり、走り出そうとした。


 立ち上がった瞬間、文也は走りださなかった。

 恐怖で走り出す事ができなかったわけてはなく、目の前の存在に我を忘れて見つめてしまったから。


 シーツがひらりと彼の足元に落ちてゆく。

 遮る物はなく。ドアの前には1匹の黒いヤギがいた。

 明らかにヒマリのようなただのヤギではない事がわかった。

 後ろ斜めに伸びた立派な角。光沢のある漆黒の毛。全身から放つオーラは『あの人』に間違いなかった。

 魔王の娘『暗書を司る者』エギュラメ


「……」


 文也はただ、彼女を見つめた。

 彼にあった恐怖は消滅していた。

 神秘的な存在


「どうやら、また、驚かせてしまったようだな」


 黒ヤギが揺らいだかと思うと、いつの間にか女性が立っていた。


 漆黒の髪。飾りはないが肩をあらわにした長い丈のスカート。どちらも床より長いのだが、触れることはなく。まるで髪の毛1本、布の繊維一つ一つまで、彼女の下僕であるかのように。床に触れないレベルで浮いていた。

 少しでも動くと、彼女がいた場所に影のような物が揺らいだ。よく見れば、文字で大小様々なアルファベットであった。データーを妨害したいハッカー達から崇められる存在を表していた。アルファベットの影達は、彼女の後を追うように揺らぎながら消えていくが、新しい文字がすぐに現れる。


「……え……」


 文也は彼女の名を呼ぼうと口を開いたが、見つめることに気を取られ言葉はでてこない。

 闇から取り出したかのような漆黒の目を持つ、闇が生み出した芸術品。そう表現してしまうほど、全てが整い、魅了していた。


「エギュ、ラメ…様……」


 文也はやっと少しずつ近づいてくる御方を声にできた。

 漆黒色の目は、桧毬の時と同じように文也の内臓や骨の髄まで触れている感触。それが今回は両方の目から文也に向かっている。


「エギュラメ様……あれは、ただ……」

「魔族と人間の考え方は違う。桧毬が教えてくれた」


 エギュラメの足は止まった。文也の前に到着したため。

 魔王の娘は、文也と同じ目線にあった。

 人間と同じ形をしているのに、人ではないと言えるのは闇の気を放っているからだろう。


「人間の体はあまりにも短い時間で朽ち果ててしまう。だからこそ、その体から魂を取り外せば、我と共に時を過ごせるのだ」


 文也は、ただ彼女の声を聞き、間近にいる、思いを寄せる闇の王女が言葉を発するために動く唇を吸い込まれるように見つめることしかできなかった。


「……」


 文也に、エギュラメは目を細め笑った。


漆黒の髪が揺れたかと思うとエギュラメの顔が間近に迫っていた。


「…………」


 魔王の娘が持つ唇は柔らかいものだった。文也にとっては他の唇を味わったことはないのだが。


「人間が持つ愛の形も悪くない」


 その唇が再び触れる直前で遠のいてしまった。

 エギュラメは身を翻すとドア、ではなく壁側に向き4本の足、黒化のヤギに変化して軽やかに走り出す。


「文也! 大丈夫か?」


 ドアが勢いよく開かれ、異変に気づいた友人が駆けつけた時、走り出した黒ヤギは壁に触れる直前に消える。


『手紙、楽しみにしている』と、言い残して。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ