保護
「おばさんや、家の親には『文也は物凄い大失恋をして、落ち込んでいるから、泊める』って言っておいた」
文也から返答はないが、多分、聞いているだろうと修二は判断した。
闇を恐れる文也は蛍光灯の真下に座り、明かりが判断できる薄い布、シーツを頭からかぶっていた。
「……」
そんな文也を修二は見つめていた。
今のところ、また、暴れだす様子はなさそうだが、かといって何を話しかけたら良いのか、そもそも話せる状態なのかもわからなかった。
修二は物音をたてないように机の上にあるスマホを手に取る。
スリープ解除をすると、メール、line、着信、ありとあらゆる受信を報告していた。
修二は通話、メール、lineの順番に相手を確認してみると全てに『桧毬ちゃん』の文字がある。
桧毬に番号もアドレスもlineの友達の承認もしていないのに、だ。
『文也の事で頭がいっぱいだったが、さっき文也の異常を伝える桧毬ちゃんからの電話も、そうだな』
修二は、文也をちらりと見てからlineを起動させ桧毬とトーク(チャット)を始める。
桧毬『修二、連絡してほしいのだ』
スタンプ(イラスト)のない連絡は5分前。アイコンは無登録になっているが、彼女が送信しているのに間違いはない。
修二『桧毬ちゃん、文也を保護した』
返事はすぐに返ってきた。
桧毬『良かったのだ。修二、文也を見ててほしい。今、桧毬は文也に近づかない方が良いのだから』
修二『何があったのか聞く前に。今、桧毬ちゃんとlineができるのは、あの方の力?』
桧毬『そうなのだ。エギュラメ様に頼んで色々操作してもらったのだ』
「……」
闇の力に改めて恐れをなした修二に桧毬は発言していた。
桧毬『文也に何があったのかは、メールに送信しておいたのだ』
桧毬の発言が読み終わる頃、修二のスマホはメールを通知した。
『一体、どういう方法で送っているのだろうか?』と疑問に思いながら、届いたばかりのメールを開ける。
「…………」
修二は驚愕の声がでないように心を抑えた。
『魂を同化するって、それってもう、生きていないのと同じじゃないか』
修二は身動き一つしない、文也を見つめた。
桧毬からline通知の報告がきていた。
桧毬『読んだのならば、返事がほしいのだ』
修二『読んだ。読んだけれども、こんな事、あってもいいのか?』
桧毬『それが魔族の愛になるのだ』
修二『だってこれじゃあ、生きていないのも同然じゃないか』
桧毬『いや。生きている。エギュラメ様と共に永遠に』
「………………」
修二『ごめん、桧毬ちゃん。しばらく、一人にさせて。文也がいるから正確に一人じゃあないけれども』
桧毬『わかったのだ。文也をよろしくなのだ』
スマホを机の上に置いた修二はシーツをかぶったまま身動き一つしない文也を見つめた。
『突然、魂を同化するなんて書いてあったら、誰だって暴走するのは、当たり前だ』
『文也』と、呼ぼうとしたが、開いた口から声が出なかった。
こんな時、なんて言えばいいんだ?
修二は身動き一つないシーツの友人を見つめ、胸が痛んだ。今は見守るしかないだろうけれども、何もできない自分に力いっぱい握り拳を作るしかなかった。
何も言えないまま、長いようで短い時間が流れた。
文也が再び奇行に走る様子はなさそうだと判断した修二は階段を降りた。ちらりと見たリビングに明かりがついているので親はまだ起きているようだ。
リビングに寄ることはなく台所へ移動すると、冷蔵庫から麦茶を取り出し、まずは自分の喉を潤した。
『これから、どうすれば良い?』
息を吐き出した修二の頭は、難問を出した。
「……漫画や映画の主人公みたいに、何か出てこないのかよ」
その難問に対して、出てきた言葉はそれしかなかった。
文也が魂を同化させないように抵抗しようにも相手は魔王の娘。抵抗しようがないが、だからといって何もしなければ、文也の魂が同化されてしまう。
「桧毬ちゃん側から何かできないのか?」
その『何か』が思い浮かばない。
「……くそ」
握り拳を冷蔵庫にぶつけてから、修二は開けて文也が口にできそうな食料を探した。
文也の好物であるプリンを見つけ手に取った。『絶対に食べるな 母』と書かれたメモを剥がして、食器棚からスプーンを手にする。
「……。そう言えば、10年前も、起きてたんだよな……」
修二は10年前の文也に対する記憶を検索した。
記憶を封じるほどの事件なのだから文也に異変があって、腐れ縁である修二は見ているはずだから記憶に残っているはずである。
しかし、該当する記憶は出てこなかった。
出てこなかったが、疑わしい、もしかして?という記憶が脳は映像化する。
文也の従姉妹に思いを打ち明けられないまま、しばらくして修二は新しい恋を見つけた。
今度は住んでいる場所も名前も知っていた。隣の隣に住んでいるお姉さん。
去年までランドセルを背負っていたが、中学生になり、風になびくスカートとセーラー服が大人っぽくてときめいてしまった。
修二はさっそくラブレターを書いた。
書いて家を出た直後に、同級生っぽい男と楽しそうに話ているのを目の当たりにして、修二は行き先を変えた。
白ヤギのヒマリに、あっという間に終わってしまった恋を食べてもらうため。
家を出た直後に、文也がいた。
恋に破れ、誰にも会いたくない修二にとって、文也を見て何も言わず走り去ってしまった。
ちらりと見た時、文也の顔はいつもと違うものだった。
失恋に落ち着いてから、修二はあの時の事を聞いてみたが、文也は『何の事?』と首を傾げた。
今思えば、あの時こそ、3番目の手紙を読んだのではないかと考えることができた。
「そんな一大事な時に、なに失恋しているんだよ、俺……」
どうしようもないのだが、今となっては悔やむしかできなかった。




