修二の辞書に『諦める』はない
「桜ちゃんを諦められなくて、修二はひどく落ち込んでたんだ」
再び移動しながら、桧毬に説明した。
「俺の恋はいつでも全力疾走だからね」
「それは桧毬でも、わかる。修二がくれた手紙に妥協の味はしなかったからのう」
「……」
「見かねた俺が修二に新しい恋を見つければ元気ににると思って、下校途中だったかな?『修二、今度は年上の恋だ』って学校を指差したんだ」
「次の恋を進めって、良く逆ギレしなかったな」
「今になって考えてみると、そうなんだが、だけど、あの時は違ったんだ」
「何が違ったんだ?」
「指を指した先に偶然、その学校の生徒がいたんだ。しかも、すごく綺麗な人が」
「ほう」
「桜ちゃんがソメイヨシノなら、あの人はユリに例えられるほど、美しい人だった」
「……」
桧毬が何か言おうと口を開いたが、文也は数歩先を歩く修二に気づかれないように首を振って発言をとめた。
『修二の恋は、随分と……』
『まあ、良いじゃないか新しい恋が始まって、失恋を忘れる事ができたのだから』
『そういう事にしておこう』
2人にテレパシー能力はないが、そう無言で会話して何事もなかったかのように話を続けた。
「それからは毎日、学校の校門の前に行って伝説の人が再び現れないか、校門から中を眺める日々が続いた」
「小学生が動き回る時間と高校生の放課後はズレるからかもしれないけど、伝説の人を見ることはなかった」
「今、考えてみれば、部活か委員会に入ってたかもな」
「生徒会とか?」
「会うことなかったのならば、文也が二番目の手紙を渡すことはできないのではないのか?」
「いいや桧毬ちゃん。渡せる可能性があるんだよ」
文也たちは足を止めた。
伝説の人がいた学校でもあり、毎日通う所でもある高校に
「校門の前に通っていたある日、修二は言ったんだ。
『俺、この高校に通う。そうすれば、あの人と一緒に通う事ができる』って」
「………」
「桧毬ちゃん、言わなくてもわかるよ。俺たちが通う頃には、もう、伝説の人は卒業してるって事は。まあ、あの時は、そこまで考えられなくてね」
「その話を、たまたまなのか、毎日、小学生が校門の前に立っている事を知って来たのか、学校の先生が聞いてたんだ」
「校門を隔てて、俺らの前に現れたかったと思うとニカッと笑って『待っているぞ』ってね」
「俺たちはビックリして逃げ出した。その先生にまた会うんじゃないかと恐くなって伝説の人を探すのをやめたんだ」
廊下を歩く。
「その先生は、知っているのか?」
「何となくね」
「まあ、聞いた方が早いかもな」
職員室のドアをノックした。
2人が記憶する中で、年齢が高く、話しやすい教師に恐る恐る聞いた。
「まさか、本当に来るとはな」
あっさりとした返答が返ってきた。
「残念だが、お前たちと会った先生は大分前に他の学校に行ってしまったが、引き継ぎで、その話と手紙を預かっている」
「話を聞いているなら、先生。その時の生徒は知ってますか?」
修二、10年たっていようも恋に諦めるという言葉はないようだ。




