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セーフティ・ショット 〜男女兼用ってうってるヤツ、あれいろいろやばい〜

 

 キッチンバイトをしていた狩谷千早は、新人の上原みゆが終電を逃してしまった為、姉と二人で住む家に泊めることにした。


 遠慮する上原を連れながら、パーカーを貸したり朝食のパンを買ったり世話をしている内に彼女の仕草がやたらと気になりだす。


 男女兼用ってちまたでうってるヤツ、あれいろいろやばい。


 ただの後輩がやたら可愛く見える仕様に翻弄されながら、狩谷はビリヤード・プロになる為、にじみ出る恋心にフタをするのだが……。


 試合を応援しにきた上原に群がるライバル達に動揺してショットを乱したり、バイト先ではおぼつかない新人っぷりについフォローしてしまったり?


 はたして狩谷は彼女もナインボールもセーフティに守って攻める事ができるのか? 


「やばいって、アイツ天然すぎだろ!」


 走り出す撞球、すれ違うジレ恋! 一粒で二度美味しいラブコメ成長物語がここから始まる!




 ほんとすみませんっ、て頭を下げてる姿は今日何度もみていたけど、まさか自分に向かって下げられるとは思わなかった。


「いや、俺も気がつかなかったのが悪い。上原(うえはら)、上り方面だと思ってたんだ、すまん」


 いえ、私も時計が壊れてるのに気づかなくてっと青ざめた顔をしてるのは同じバイト先の後輩だ。


「電池切れはアナタのせいじゃないでしょ」


 駅ビルにある居酒屋は給料日後の金曜とあっていくつもの宴会が入っていた。そのわりにホールの手が足りず、全ての客が帰ったあとも片付けなければならない食器がほぼ全卓に残っている状態。


 全員で片付けて締め番の俺と上原が施錠してってやっていたらビルを出た所で上原の終電は通り過ぎていったらしい。


狩谷(かりや)さん、キッチンなのに一緒に残ってもらってほんとすみませんでした。まだ終電ありますよね? どうぞいってください」

「ありえないから。とりあえず駅向おう」


 歩き出してタクシー乗り場も見るけれど乗客待ちの車なんて一台もいない。詰んだな、と思いながら俺はスマホを取り出す。


「だ、大丈夫です、狩谷さん」

「なにが?」


 こっち、と上原を改札のある階段に向かわせながら家にコールした。


『なに』

「バイトの後輩が終電逃した。泊めるから用意して」

『いいけど床に転がしておけばいいんじゃ?』

「女子にんなことできる?」

『マジかっ! チーちゃんが彼女つれて初お泊まりぃ⁈ まって、ねーちゃんどーすればっっ、ネカフェ? ネカフェにいけばいい⁇』

「マジ落ち着いて。困ってる後輩泊めるだけだから。あとその呼び方したらコロス」

千早(ちはや)さん千早さん千早さん、了解ィ!』


 地を這う声が天井まで上がったのにはぁとため息をつきながら電話を切る。


「家に了承とれたから。いこう」

「いいいいえ? そんなのっ、む、むり」


 上原の短めのポニーテールがほんとのしっぽみたいに左右に揺れる。


「親いないし姉が一人いるだけで気楽だから。がちゃがちゃしてる人なんだけど気にしないで。あと八分で電車くるから急ごう」


 首をふり続けて動かなそうな上原の腕を軽く握って改札を通り抜けた。


 サラリーマンの人たちがちらほらいるホームで電車を待つ間、俺はしまったと上原を見た。


「ごめん、勝手に決めたけど上原も電話しなきゃだよな。俺、途中で代わろうか?」

「や、あの、一人暮らしなのでその心配はないのですが、むしろほんとご迷惑なのがもうしわ……っくしゅん!」

「ああ、冷えてきた? これ着て」


 む、むりむりむりと両手を前に出している上原に、大丈夫だからと頭の上からパーカーを被せた。


「臭くない。遠慮しない」

「そ、そういう意味じゃないくて」


 匂い以外、気にすることあるか? 


 ガンガン入ってくる姉のラインをイナしながら上原を見るとパーカーを赤ずきんのようにかぶって顔を隠している。


「とりあえず電車きたから。普通に着て。目立つ」

「ふぁい……」


 上原がリュックを下ろして着直している間にホームに電車が入ってきた。荷物を持ってやりながら車内に入ると、まばらに席は詰まっていて座れそうにない。


「次の駅でだいたい降りるから。ちょっと我慢な」

「大丈夫です。リュックもありがとうございました」


 そういって申し訳なさそうに差し出した上原の手が半分袖に隠れていた。手ぇちっさ。


 男女兼用のMなのに、上原には大きいのか。


 改めて見ると肩はずり落ちてるしフードは頭を隠しそうなくらい大きいし、恥ずかしそうにうつむいている耳も小さくて赤いし、なんだこれ。


(いやいやいや一般的にみて可愛いでしょ、上原は。落ち着け俺)


 ちょっとごめん、とピロンピロンうるさいラインを見るふりをして上原の視線から逃げた。


 やたらテンションの高いスタンプ羅列の後に入ってきた姉からの指示は、コンビニに寄って三人分の朝パンを買ってくる事とそれ買ったらすぐに先に店を出て待つことだった。


『なんで?』

『女子はいろいろと準備があるのだよ、アオハルめ!』

『あ、パンツ?』

『それ本人にいったらあんたの好感度パラは地を這うどころからアスファルト突き抜けてブラジルだから!』


 好感度パラ? オタ女の姉をもつと読解に苦しむ。とにかく上原をコンビニに連れて行けばいいんだな? そして本人に理由はいわない。そういう事だ。


 了解スタンプを送りつけるともうあと二駅過ぎれば降りる所だった。


「足痛くない? 座るか?」

「いえ! 大丈夫です、慣れましたから」


 ホールの仕事はまだまだですけど、と眉をハの字にして笑う上原は夏に入ってきたばかりの新人だ。大学一年で初バイトだからフォローよろしく、と店長から内々に言われていた。


 新人にミスはつきもの、ホールでやからす度にリーダーへ何度もあやまって、そのあと必死にメモを取っている姿はキッチンからでも見えていた。


「ホールもその内まわせるようになるよ」

「ですかね……」

「ん」


 二年も同じ所で働いていたら長く続く子かそうでない子かぐらいバイトでもわかる。

 上原は間違いなく前者だ。



 そうこう話している内に駅についた。上原は初めて降りたっぽいので少し前を歩きながら誘導する。


「最寄りのコンビニ、ここしかないんだ。ちょっと寄らせて」

「あ、はい! わたしも」


 こくこくと頷きながら目元を赤くするので、姉の予想通りなのだろう。


 俺はカゴを持つと店内で分かれた。食パンと無糖ヨーグルトを入れながら冷蔵庫の中身を思い出す。


(卵とウインナーはまだあった……と、女子は朝からそんなに食わないか?)


 直接聞いた方がはやいな、と上原を探すとドリンク棚の前にたたずんでいた。


 悩んでいるのか、片手を口元に当てている。その立ち姿がまた。


(ダボついてるの、やばいな……)


 小さいイメージはなかったのだが、自分のパーカーを着てさらに裾が尻まで隠れてるのをみるとほんと庇護欲がそそられて俺、頭おかしんじゃねーかと思う。


 ガン見すな、と頭を振った拍子に背負ってる細長いキューケースが小突くように触れた。


「あー、はいはい」


 俺は上原に一声かけて会計をし店を出ると、電柱のぼんやりとした灯りを見ながら昨日負けた試合を脳内に蘇らせた。


 緑の羅紗の上にダイヤ型に整えられたナインボール。手球を置いたときも、緊張なんてしなかった。キューを構える姿勢もブレイクショットも悪くはなかったはずだ。


 ただ、一番を落としたところで二番球の位置が真ん中ポケットと奥のポケットの間。さらに二番の近くに五番、六番の球が隣接して結果的に奥のポケットを塞いでいる形になったのは運が悪かったといえる。


(セーフティ……いや、いける)


 ポケット・ビリヤードは番号順に球を落としていくルールだが、この場合、二番の球を使って五番、六番と玉突きを狙い結果的に五、六、のどちらかがポケット(穴)に入ればいい。


 手玉を駆使し二、五、六と三つの球を狙うのは難しいショットだ。だが練習や試合の中でも全くない場面でもない。狙い通りの球を()けたつもりだった。

 しかし入るであろう六の球はポケットへの軌道を外れ、ポケットの(キワ)に残る大失態。


 相手は落としやすい位置になった六番を二番球をつかって丁寧に落とし、その後も手球をコントロールして綺麗にナインボールまで沈めていった。


 試合後、相手との感想戦では俺がミスした場面が検討に上がった。同じ場面を作りながらさまざまな可能性を話し合ってみたが、手球を強めに二番に当てながら走らせ、(クッション)の反動をつかって反対側に向かわせ、なおかつ初手で配置されていた四番の裏に隠すセーフティが有効だったと結論付いた。


『潮目が変わるゲームは、セーフティを有効に活用していく事が大事だよ』


 プロプレーヤーを目指すならば、と言外に言われた気がした。


 冷えてきた空気の中、ゆっくりと思考が落ちていく。B級(アマビギナー寄り)では負け無しの戦績も、A級(アマ最高峰の手前)と絡むゲームだと落とす。明らかに先に進むべき道の前に壁があると自覚はしていた。それに自分の実力が伴っていないことも。


(二から五ではなく六のアプローチ……いや、どちらにしろもっと精密なショットじゃないと入らない。二から四は悪手だ。ただ当てただけで終わる)


 沼に引きずり込まれるような息苦しさを覚えた時だった。


「おまたせしました!」


 上原の少し緊張した声が聞こえた。瞬きをして隣を見ると、口元をきゅっとつぐんだバイト先の後輩がいる。


 あの、よかったらこれ! と渡されたのはコーヒーでもお茶でもなくしるこ缶だった。


「ぶはっ」

「な、なんです?」

「なんでしるこ?」

「あったまると思ったので……だめですか?」


 数ある選択肢の中からしるこ。しかもきょとんとしてこちらを見上げている。

 ダボついた裾から出た小さな両手は、しるこ缶を寒さから守るように包まれていた。


「もらうよ、ありがとうな」


 受け取った時のほっとした顔がまたやばい。みてらんねぇと思いながら飲んだしるこ缶は程よい甘さで想像よりも悪くなかった。


「悪くないのが、やばい」

「はい?」

「しるこの話」

「よかった」


 いや、よくない状況、と内心返しながらも家に向かって歩き出す。頬に当たる空気は冷たいのに気にならない。


 しるこのせい、しるこのせい。


 俺は呪文のように唱えながら、視界に入ってくる大きめのパーカーを見ないように前を向いた。

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