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11.群青の港町4

(なるほど、そういう……)


 セインの発案に納得して、リンドは手を打った。

 知らない土地で当てもなくひとりの人間を捜索するのは、常識的に考えて難易度が高い。

 貧民街に住む、或いは家のない子どもたちであれば、街の中すべてが庭のようなものだ。広く深く網は張っているだろう。利用しない手はない。

 高位貴族の子弟にしては、セインは随分と柔軟であるようだ。彼よりももっと家柄の良いクロノとエドには思いも寄らなかったのか、驚いて興味深げに目を瞬かせた。


「いいんじゃねぇの? 今からルグレイの領主殿を通してたら、いつになるかわからねぇしな」

 市井暮らしが長いルードルフが相槌を打つ。

「ただでさえ港町は人の出入りが激しい。時間が経つと見つけるどころか手掛かりすらなくなるかもしれんぜ?」

「ですよね。さすがルードルフ殿。わかってらっしゃる」

「世辞はいいが……セイン殿、ただ、こういうガキ共は貴族嫌いも多いからな。金に物言わせても扱いが難しいもんだ。さて、どうする?」

「うーん……交渉次第ですかね」


 と言いつつも、セインと身柄を押さえてられているジャン少年とでは、端から同等の立場ではない。承知のうえで敢えて脅迫でなく交渉と主張する。表向きだけでも取り繕う性格の悪さにぞっとして、リンドは一歩後退った。


(あ、やっぱりこのひとも性格ネジ曲がってる系か。まあクロノ様の部下だもんね。推して知るべし)


 憐れむべきはジャン少年だった。

 いくつかのやりとりの後、いつの間にか――何だかんだでセインの口八丁に丸め込まれ、最終的には仲間を含め協力を約束させられていた。


 この国にはない黒髪の乙女。

 新たな聖女候補。

 末端の少年たち知る由も機会もないだろうが、彼らは王国の危機を探るための最前線に駆り出されたのだ。


 エドは子どもを巻き込むことを厭い、最後まで反対した。

 クロノは逆にセインに賛同した。彼は結局、己の責務を優先する質であり、子どもだからと言って容赦するような人柄ではない。表向きは気安くとも、おそらく内面は冷徹に寄っている。


(お立場ってヤツだよね……わかってたよ)


 もちろん利用され、時に切り捨てられるのは底辺の常だ。仕方がないと割り切るには未熟なジャン少年と自分を重ね合わせて、リンドは軽く同情した。






 ▼△▼△▼△



 新たな聖女候補が見つかったのは、リンドがルグレイに到着してから五日後のことだった。

 もっと捜索に時間がかかると予測していたが、想定よりもずっと早い。赤毛の騎士の案通り、地元の貧民層の少年を使ったのが功を奏したのだろう。


 ルグレイの貴族の別宅を借り受けて拠点としていたクロノたちは、聖女候補をそこに迎え入れた。

 リンドはルードルフを介して話を聞いただけで、特に接触もしていない。保護と銘打っても、実質は監禁状態なのだ。


 聞けば、その黒髪の娘は、なんと先日燃えていた船で出港する直前だったらしい。

 調査によると、船は違法に人身売買に手を出していた悪徳商人のものだった。明らかに異邦人とわかるその娘は、異世界から来た途端に物珍しさから捕まって、売り物にされかけていた。

 幸運にも出火のおかげで逃げ出した娘は、最初はルグレイの中央広場に設置された避難所で単身震えていた。その後、少女の寄る辺ない様子に同情した港町の食堂のおかみが、一時的に自宅に引き取っていたそうだ。それを地元の子どもたちが嗅ぎ付けた、という顛末である。


 経緯を知ったとき、リンドは船の火災自体に違和感を覚えた。クロノたちと出会ったときと似たきな臭さを感じた。


 聖女――かもしれない娘が連れ去られる直前に、狙い澄ましたかのように火の手が起こる。そんな偶然があり得るだろうか。


(何者かの故意……? いや、聖女ならではの奇跡や幸運って可能性もあるかな。どうだろ)


 どうやらクロノたちも不審を抱き、調査は進めているようだ。リンドは特に口出しもせず、大人しく成り行きを見守っていた。

 何しろ約束では、リンドが騎士団に関わるのはルグレイまでなのである。何やかんやで未だ一緒にいるが、そろそろお役御免だろう。目的の聖女候補が発見された今、契約は履行されたと見做すべきである。



 ……である、はずなのだが。



「え、なんで私が聖女候補様の部屋に行かないといけないんですか?」


 聖女が保護されてから丸一日が経過した。

 突然降って湧いた命令、もといお願いに、リンドは面喰った。もちろん依頼主はクロノである。


「うん、我々としても本意ではないんだけれどね」

「と、仰いますと?」

「どうも彼女……カスガという名らしいんだが、成人男性が苦手のようだ。警戒して話を聞いてもくれない。ずっと怯えている」

「あー……」

「年配の召使い相手にはまだ会話が成立するとはいえ、それでも事務的なやりとりだけだ」


(それはお気の毒様としか)

 訳もわからぬまま異世界から突然放り出されて、尚且つ人身売買のような犯罪に巻き込まれた娘の心労は、想像に難くない。男性恐怖症にもなろうというものだ。リンドは純粋に同情する。

子ども(わたし)なら、多少は緩和できるとでも?」

「単純で申し訳ないが、その通りだ」


 確かに同性で、しかも非力な少女相手であれば、危険を感じることはあるまい。クロノの言い分にも一理ある、とリンドは仕方なく納得する。


「……別料金、ですよ」

「助かる。セインを控えさせる。あれもまあ、男にしては柔いというか、パッと見だけは人当たりが良さそうな雰囲気だからな」

「ああ、そういえば」

「何ですかクロノ様、その評価は」

 指名された赤毛の騎士は、不服そうに口を尖らせた。優男然とした外見では迫力に欠ける。なるほど適性と言わざるを得ない。


「とりあえず……素性に間違いがなければ、こちらの事情を理解してもらったらいいんですよね?」

「最終的には王都まで同行してもらうが」

「無理矢理連れて行っちゃえばよいのでは?」

「本物だったら後々問題になる」

「ですよねー」

「無論、すぐに理解してもらうのは難しいだろう。今日のところは、こちらが危害を加えないことをわかってほしいだけだ」

「意外と謙虚ですね」


 王宮の立場からしても、さすがに国運を左右する聖女で未来の王妃になる可能性のある相手には、端から対応が違うようだ。

 庶民の自分との扱いの差異にげんなりしつつも、リンドは聖女候補に会うべく彼女の滞在している部屋へと向かった。


(まあ状況的に可哀想だからね)


 良いように使われるのは業腹だが、不運な娘への憐憫が勝った。

 仮にここに至るまでの経緯を置いても、今後の彼女の境遇を想像するに、リンドの価値観から見れば随分と苛酷に思われた。

 もし本物の聖女だったとしたら、一国の存亡を負わされた挙げ句、見ず知らずの王子様に嫁がなければならない。逆に聖女でないと審判が下されれば、かつての王太子妃同様、国を惑わす魔女と糾弾されるかもしれない。


(この国に来てしまった異世界人って、要するに詰んでるんだよ)


 彼女らに選択の余地などない。

 殺された聖女のサユも、新聖女候補のカスガとやらも、行方不明と言われる魔女も……もしかすると先代聖女――現王妃でさえ、不幸な犠牲(いけにえ)に過ぎぬのだろう。

 他国どころか世界を異とする人間に国の命運を賭ける。その在り方自体リンドには理解不能だ。

 だからこそ、何も知らぬ異世界の娘が一方的に利用されるのは面白くない。この時点でのリンドの行動原理はただそれだけだった。


 リンドは躊躇いがちに目的の部屋の扉を開ける。

 朽葉色の視界に飛び込んできた黒髪は、奇妙な懐かしさを感じさせた。

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