エピソード 3ー2
予想もしていなかったリリスの告白に対し、私は反応することが出来なかった。擦れる声で「リリスが、もうすぐ死ぬ?」とオウム返しにするのが精一杯だった。
リリスはそんな私の反応を見てツーサイドアップの髪を揺らした。
「やっぱり、話さない方がよかったかな。ごめんね?」
「い、え……聞いたのは私です。でも、もうすぐ死ぬ運命というのは一体? ……っ。そういえば、病弱だという噂は聞いていましたが……?」
病気なのかと問うと、リリスは「似たようなものかな」と微笑んだ。
「私の魔力量を量ったとき、ものすごく多かったでしょ? あれね、理由があるの」
「理由? まさか――っ」
リリスの魔力量が尋常じゃないほど多い理由。恩恵かなにかだと思っていたけれど、他にも一つ、そういう症状に心当たりがある。
常に最大容量を超える魔力を取り込み、身体に負担をかけ続ける病気。ごく希にその負担に耐えて膨大な魔力を得る人間もいるが、多くは成人するまでに死ぬという。
その病気の名は、たしか――
「……魔力加給症」
「さすがお姉ちゃん。よく知っているね」
リリスはそう言って儚げに笑う。
私は戦場に出るとき、魔力回復ポーションをあらかじめ服用していた。自分の限界を超えて魔力が回復する状況がどれだけ辛いか知っている。
リリスは、それを日常的に強要されていた。それがどれだけ大変か、その片鱗を知る私は知っている。
リリスが痩せ細っているのはきっと、メイドに虐げられていたからではなく、これが理由。
「まさか、リリスが魔力加給症だったなんて……」
「びっくりした?」
「……ええ。でも、そうですね。あの魔力量を考えれば、ええ、納得です。ですが、それだけでは、離宮に留まる理由にはならないはずですよ?」
ましてや、アルヴェルトがリリスを暗殺したという噂が広まることもないはずだ。だとすれば、なにか他に理由が――と、私はアルヴェルトに触れたときのことを思い出した。
「……もしや、アルヴェルトは魔力を増幅する類いの恩恵をお持ちなのですか?」
私が問い掛けると、リリスは目を見張った。
「すごい! どうして分かったの?」
「まあ、偶然知る機会がありまして」
気絶しているアルヴェルトに触れたから――とはいえなくて誤魔化す。
「アルヴェルトお兄様の恩恵は増魔の蝕。触れた人間の魔力を増大させる恩恵なの。でもそれだけじゃなくて、近くにいる人間の魔力も無意識に少し増やすみたいで」
「それが、リリスにとっては毒となるんですね」
リリスがコクリと頷く。
リリスが引き籠もっていた理由を完全に理解した。リリスがアルヴェルトに暗殺され掛かったという噂はあながち間違っていなかったのだ。
ただし、故意ではなく事故。
アルヴェルトに近付くだけで、リリスの身体に負担が掛かる。リリスがパーティーで倒れたのは、アルヴェルトの近くにいたことが原因だ。
だが、その事実が明るみに出れば、第二王子派はアルヴェルトが意図的に恩恵でリリスを殺そうとしたと騒ぎ立てるだろう。
だから、リリスは口を閉ざして離宮に引き籠もった。
「これで分かった? 私がアルヴェルトお兄様を避ける理由」
そう言って寂しげに微笑む。
リリスは二人の兄が好きで、二人の兄もリリスを気に掛けている。仲がよい兄妹だったはずだ。それなのに、理由を口にすることも出来ずに兄を避けるしかなかった。
二人を避けて、長く生きられないかもしれないという恐怖と戦う。それは幼い女の子が一人で抱え込むにはあまりに辛い問題だ。
なのに、リリスはその秘密を誰にも言わずに離宮に籠もった。
二人の兄が争わないようにするために。
なのに、その決断の末に待っていたのが使用人からの冷遇と、変わらぬ兄同士の確執。リリスの心情を思えば胸が苦しくなる。
リリスの姿が、私のために悪役を演じたノクスと重なって泣きそうになる。私はローテーブルを回り込んで、リリスのとなりに座り、その小さな身体を胸に抱き寄せた。
「大丈夫、私が貴女を死なせないよ」
私は初めて、リリスに敬語じゃない口調で語りかけた。
「……ヴェリアお姉ちゃん?」
私の腕の中、リリスが驚いた顔をしながら、薄紫の瞳で私を見上げた。
「魔力加給症を治す方法は見つかっていない。でも、身体に負担が掛からないようにする方法なら心当たりがあるの」
「……そんなの、嘘だよ」
「うぅん、嘘じゃないよ」
「……ほんと? 私、成人することが出来る?」
「成人式は、盛大に祝わないとね」
私は満面の笑みを浮かべ、それからリリスの薄紫の瞳を覗き込んだ。
「でも、それにはアルヴェルトの力を借りる必要があるの。だから、お願い。私を信じて、アルヴェルトの主催するパーティーに参加して」
「パーティーに? お姉ちゃんの話は信じたいけど、私は……」
「大丈夫。アルヴェルトの恩恵なら、きっとなんとか出来るから」
「え? それって、どういう……」
困惑したリリスに、私は奥の手の一つを明かす。
「私はね、支配の鎖という、他者の恩恵を制御する能力があるの」
他人の能力を自在に操ることが出来る恩恵。これを使い、ノクスが恩恵を制御できるように手伝ったこともある。
「じゃあ、もしかして私の魔力加給症も……?」
リリスが期待を抱いた目で私を見上げた。私は念のためにと支配の鎖を使用する――けれど、やはり魔力加給症はは制御することが出来なかった。
魔力加給症は病気であって、能力ではない、と言うことだ。
「ごめんね。リリスの魔力加給症は恩恵じゃないから制御できないの。でも、アルヴェルトの恩恵は制御することが出来るはずよ」
「え? それじゃ私、アルヴェルトお兄様に会うことが、出来るの?」
「ええ、もちろん、可能――」
みなまで言うことは出来なかった。リリスが、私の腕をギュッと掴み、真剣な顔で私を見つめてきたからだ。
その薄紫の瞳は、アルヴェルトに会いたいと訴えかけていた。私は無言で頷き、それから使用人を呼ぶベルを鳴らした。ほとんど間を置かず、リネットが部屋に入ってくる。
「お呼びでしょうか?」
「ええ。急いでアルヴェルトに伝えて。リリスが、貴方に会いたがっていると」
私の言葉にリネットは目を見張る。だけどなにも聞かずに「かしこまりました」と頭を下げ、すぐに部屋を退出していった。
「……ア、アルヴェルトお兄様、すぐに来るかな?」
「どこにいるかによるけど、急いできてくれるはずよ」
「うぅ、緊張してきたよ」
そわそわするリリスも可愛らしい。それを微笑ましく思いながら待っていると、一時間と経たずして、アルヴェルトが離宮に到着したという知らせが届いた。
「リリス、まずは私が会ってアルヴェルトに事情を説明してくるわね」
「……うん、お願い」
時間が経ったことで冷静になったのだろう。少し不安そうなリリスを残して廊下に出る。そうしてエントランスホールへと向かうと、その途中で走ってくるアルヴェルトと出くわした。
「ヴェリア、リリスが俺と会いたがっているというのは本当か?」
「ええ、本当よ――っと、待って」
私の返事を聞くのもそこそこに、リリスの部屋へ向かおうとするアルヴェルトの腕を掴む。
「ヴェリア、話なら後にしてくれ」
「妹想いなのは分かるから少し待ちなさい。じゃないと、リリスを苦しめることになるわよ」
「それは、どういう意味だ?」
アルヴェルトは警戒と困惑が入り交じったような顔をする。ようやく話を聞くになった彼に対し、実は――と、魔力加給症について伝えた。
「リリスが魔力加給症で、私が近付くだけで負担が掛かる? しかも、成人まで生きられないかもしれない、だと……?」
アルヴェルトがよろめいた。
そんな彼の腕を掴み、彼が倒れないようにその身を支える。
「妹を思うならしっかりなさい。リリスを救えるかどうかは貴方次第なのよ」
「私次第、だと? それはつまり、リリスを救う方法があると言うことか?」
「ええ。でも、その話をするのはリリスを交えてにしましょう」
私の提案に、けれどアルヴェルトの整った顔が苦渋に歪む。
「残念だが、私の増魔の蝕は完全にオフにすることは出来ない。近くにいるだけでも、多少なりとも影響を及ぼすことになる」
「……そうね。普段は気付かないレベルだけれど、こうして意識してみると、たしかに魔力が増えているわ」
ほんの少し、恐らく割合にすれば数パーセント程度だろう。だが、常時百パーセントを超えているリリスにとっては大きな負担となることは間違いない。
「ならば直接会う訳にはいかないと分かるはずだ。それとも、影響が出ない距離で、大声で話せとでも言うつもりか?」
私はその光景を想像して少しおかしくなった。
「それも一つの手ではあるけれど、今回は私の恩恵、支配の鎖を使うわ」
「やはりそなたも恩恵持ちか」
アルヴェルトは思いのほか落ち着いた声で答えた。
「驚かないのね?」
「皇族、それも影纏いの魔女と呼ばれるほどのそなたなら、恩恵の一つや二つは持っていると思っていたからな。……しかし、支配の鎖とは初めて聞く恩恵だ。どのような力なのだ?」
「他人の恩恵を支配下に置き、制御する力よ」
「他人の恩恵を!? それはまた、とんでもないな。……まさか、それで私の恩恵をオフにすることが可能なのか? 増魔の蝕は常時発動型だぞ」
「たしかに、貴方は気絶したときも恩恵を発動させていたわね。でも安心して。私の恩恵はそう言った能力もオフにすることが出来るから」
「……そう、なのか」
アルヴェルトはわずかに安堵の表情を見せた。
「ええ。それに私の経験上で言えば、貴方の恩恵は自分でオフに出来ることが出来るはずよ」
「……は? 根拠はあるのか?」
「ノクスも最初は恩恵を制御できなかったの。でも、私の支配の鎖では制御できた。そして、私の補助を受けることで、やがて自分一人でも制御できるようになったわ」
「……なるほど。ならばそちらは要練習だな。まずはおまえの力を貸してくれ」
アルヴェルトが両手を差し出してくる。私は正面から向き合い、胸の前で両方の手のひらを合わせて指を組む。それから目を瞑り、支配の鎖を発動した。
一瞬でアルヴェルトの持つ恩恵、増魔の蝕の能力を把握した私はその能力を制御する。ストンと、自分の魔力を増幅していた高揚が消えるのを感じた。
「……なるほど、これが増魔の蝕をオフにした感覚か」
「どう? 自分で出来そうかしら」
「そうだな……すぐにとはいかないが、感覚を掴めればなんとかなりそうだ」
「そう、よかったわ」
私は微笑んで身を離す。けれど、そのまま離れようとすると腕を掴まれた。
「アルヴェルト?」
「言っただろう。すぐに自力で制御するのは無理だと。リリスと話す間、そなたが私の恩恵を制御して欲しい」
「あぁ、そうだったわね」
少し考えた私は、アルヴェルトの腕に自らの腕を絡めた。そうして増魔の蝕を支配下に置いてオフにする。そうして顔を上げると、アルヴェルトがなにか言いたげな顔をしていた。
「なによ?」
「いやなに、こうしていると恋人にでもなったようだなと思ってな」
「ばか……なに言ってるのよ。ほら、リリスが待っているわよ」
私が少し早口で捲し立てると、アルヴェルトは「あぁ、分かっている」と笑った。
それから、恩恵の制御に問題がないことを確認。私はリリスの部屋の扉をノックする。そうして部屋に足を踏み入れると、リリスは部屋の一番奥に立っていた。
増魔の蝕で身体に掛かる負担を恐れているのか、胸の前にギュッと腕を引き寄せている。窓から差し込む日差しが、彼女の愛らしい顔に影を落としていた。
「リリス――」
「待って」
足を進めようとするアルヴェルトの腕を引いて入り口付近で足を止めた。それから、少し強張った顔のリリスに向かって語りかける。
「リリス、増魔の蝕は抑え込んでいるけれど、身体に負担はあるかしら」
「……いまは、大丈夫だよ」
「なら、負担を感じた瞬間に足を止められるように、貴女から近付いてくれる?」
「う、うん。分かった」
リリスは強張った顔で頷いて、一歩だけ足を踏み出した。それから不安げに自分の身体を確認。コクリと頷くと、また一歩進んで自分の状態を確認した。
それを私とアルヴェルトは無言で見守る。不意に、アルヴェルトに絡めていた腕が軽く引かれる。横顔を見上げれば、彼の顔もまた強張っていた。
その横顔を見た私まで緊張してくる。私は支配の鎖を緩めないように細心の注意を払いつつ、リリスが近付いてくるのを辛抱強く待った。
そしてついに、リリスが私達のすぐ目の前に立つ。
「……リリス、大丈夫……なのか?」
アルヴェルトが不安げに問いただすと、リリスはぎこちなく「大丈夫、みたい」と笑った。アルヴェルトもまた、緊張した面持ちで「ならよかった」と口にする。
「リリス、おいで」
私が手を差し出すと、おっかなびっくり私の手を取った。そんなリリスを引き寄せた。前につんのめったリリスが、私とアルヴェルトの腕の中に飛び込んでくる。
とっさにリリスを抱き留めたアルヴェルトが驚いた顔で私を見る。
「ヴェ、ヴェリア! そんなことをして、増魔の蝕の制御は大丈夫なのか!?」
「私の支配の鎖は戦闘でも使うのよ? この程度で制御を失ったりはしないわ。だから、ほら。安心してリリスを抱きしめてあげて?」
「そ、そうか。じゃあ……その、リリス。久しぶりだな?」
ぎこちない、だけど愛情の籠もった言葉。リリスは驚いた顔をして、それからくしゃっと顔を歪めた。それから大粒の瞳に涙を浮かべ、満面の笑みを浮かべる。
「久しぶりだね、アルヴェルトお兄様。……会いたかった」
「……っ。あぁ、ああ! 本当に久しぶりだな。知らぬ間に、大きくなって……」
感極まったアルヴェルトがリリスをギュッと抱きしめる。直後、リリスの薄紫の瞳から涙が零れ落ち、その熱い雫が二人の間にあった確執を溶かしていった。
――どれくらいそうしていただろう? ようやく落ち着きを取り戻した二人はいまローテーブルを挟み、互いに恥ずかしそうな顔でソファに腰掛けている。
ほどなく、視線を彷徨わせていたリリスが口を開いた。
「えっと……なんか、お兄様が私に恋人を紹介しに来たみたいな光景だね?」
そう言って笑う。リリスの瞳が映すのは、ソファに座るアルヴェルトと、その隣に座ってアルヴェルトと腕を組んでいる私の姿。
まぁたしかに、リリスが言うような光景に見えなくもないけれど。
「リリス、もしかして……お兄様のまえで泣いちゃった恥ずかしさを誤魔化すのに、私をダシにしてない?」
「なっ、ちち、違うよ?」
私が小首を傾げれば、リリスは目に見えて動揺した。そんな姿も可愛いなぁと微笑んだ私は、彼女のことを守ってあげたいと決意を露わにする。
「それじゃわだかまりもなくなったところで、本題に入りましょう。魔力加給症のリリスは、このままなら成人まで生きられない可能性が高いわ」
「ヴェリア……」
アルヴェルトが咎めるような視線を向けてくる。
「分かってる。私も希望がなければ、このような現実を突きつけたりはしないわ。言ったでしょう、このままなら、って」
「さっきも言っていたな。リリスを救う手立てがあるというのか?」
「ええ。でもそのまえに、恩恵について少し確認を」
私は前置きを一つ。
ローテーブルの上に置かれたティーカップを取り上げて一口飲んだ。右腕をアルヴェルトに絡めているので、左手で紅茶を飲むのは少し難しい。
それでもそつなく紅茶を飲んだ私はほうっと息を吐いた。
「恩恵を持っている人間はそれほど多くないのは周知の事実ね。ただし、恩恵を持つ親からは、なんらかの恩恵を持つ子供が生まれる可能性が高いのも知ってるわね?」
「あぁ、それはもちろんだ」
「だから、王族や貴族は政略結婚を重ねてるんだよね?」
アルヴェルトが頷き、リリスが踏み込んだ補足を入れてくれる。どうやら、アグナリア王国でも共通の認識のようだ。それならば話は早い。
「私の弟、ノクスも恩恵を持っているの。それも、リリスを救いうる恩恵を」
「……ヴェリアだけでなく、その弟まで恩恵持ちだというのか?」
「ノクシリアの皇族は、殊更に血脈を重視しているのよ」
私、アルヴェルト、そしてノクス。私の周りで恩恵持ちが多いから勘違いしそうになるけれど、本来はそこまで所有率の高いものではない。
だから――
「私にノクスを救わせたいがための嘘、という訳ではないのだな?」
状況を考えれば、アルヴェルトがそう思うのも無理はない。
「そういう疑いが生まれるのは覚悟の上よ。でもね、考えてみて? 嘘を吐くことでノクスを救ったとしても、その後がないでしょう? 私は、そんな無意味な嘘を吐かないわ」
無意味でなければ嘘を吐くと言ったも同然だ。でも、それは事実だ。私はノクスを救うためなら多くのことを犠牲にする覚悟がある。
それを隠したとしても見破られるだろう。
だから情に訴えるのではなく、得にならないから嘘じゃないと証明した方がいいと判断した。それに対して、アルヴェルトは「たしかにな……」と納得してくれた。
だけど――
「……無意味な嘘は吐かないのなら、意味のある嘘は吐くの? ヴェリアお姉ちゃんは、弟を救うために必要なら、私のことも裏切るの?」
「うぐっ!?」
突然の精神攻撃。向かいの席から、リリスに上目遣いを向けられる。私は一瞬で、彼女に対する罪悪感に押しつぶされそうになった。
「もしそうだったら……悲しいな」
「あうっ。えっと、その……」
助けを求めてアルヴェルトに視線を向けると、それに気付いた彼がふっと笑った。
「たしかに、それは私も気になるな?」
この男、完全に面白がっている。
私は言い訳を探し――それからふっと息を吐いた。
「……私は、他に方法がないのなら、この身を犠牲にしてもノクスを救うつもりよ。私の命は、あの子が繋いでくれたモノだから」
そう口にすると、部屋がシィンと静まり返った。
「でもね。私は自分の命だって諦めるつもりはない。ノクスを救って、その上で自分が助かるように最後まで足掻くつもり。そしてリリス、貴女も悲しませるつもりはないの」
ノクスは大切な弟で、命の恩人。
だけど、リリスのことも大切な妹のように思っている。
「私はノクスを救って、リリス、貴女のことも救うつもりよ。そのためだったら、どんな苦難だって乗り越えてみせる。絶対に、諦めたりなんてしないわ」
「ヴェリアお姉ちゃん、いまの、本当……?」
「ええ、本当よ」
ノクスが一番なのは事実だ。でも、リリスが二番だったとしても、命懸けで護ろうと思う程度には大事。そう言って笑えば、リリスの愛らしい顔がほのかに朱に染まった。
「んんっ、ヴェリア。うちの妹を誑かさないでくれるか?」
「……え? なにを言ってるの? 質問に答えただけじゃない」
「いや、だからこそたちがわる……いや、なんでもない」
アルヴェルトが溜め息を吐く。
その意味を考えながら、私はリリスに向き直った。柔らかいソファにちょこんと座るリリスは、なぜか自分の腕を抱き寄せて視線を彷徨わせていた。
「リリス……?」
「えっと、その……なんでもないよ。それより、本当に、助かる方法があるの?」
「ええ。ノクスの持つ恩恵は吸魔の蝕と言って、触れた相手の魔力を吸収する能力なの。だから、ノクスの側にいる限り、貴女が魔力加給症で苦しむことはなくなるわ」
「ヴェリア、それは……」
アルヴェルトがなにか言いたげな顔をするが、私はそれを目配せで遮った。彼は少し考えた後、無言でコクリと頷いた。
「えっと……ヴェリアお姉ちゃんの弟は皇太子なんだよね?」
「ええ、そうよ。もっとも、あの国はもう長くないわ。だからこそ厄介でもあるのだけど。それについては、アルヴェルトに力を貸してもらうつもり。そして――」
「アルヴェルトお兄様が力を貸すには、私の協力が必要?」
「そういうことに、なるわね」
私はノクスとリリスを救うことが出来て、リリスは自身を救い、兄の手伝いが出来る。そしてアルヴェルトは妹を救い、自身の地位を守ることが出来る。
私の提案に、リリスは目を輝かせた。
けれど、彼女が口を開く寸前、アルヴェルトがそれを遮るように口を開く。
「事情は分かった。だが、具体的には、リリスになにをさせるつもりだ?」
「パーティーに出て、アルヴェルトとの確執なんて最初からなかったと証明してもらうわ」
「……ふむ。たしかに、そうすれば第二王子派の攻撃材料の一つを奪うことは出来るな。だが、あくまで一つだけだ。相手は第二、第三の手を打ってくるはずだ」
「だとしても、一つの策が失敗すれば隙が出来るはずよ」
話を聞く限り、第二王子派はリリスとアルヴェルトの確執を突くことにこだわっているように思う。そこになんらかの思惑があるのだとすれば、必ず隙が生まれるはずだ。
そんなことを考えていると、リリスにじっと見られていることに気が付いた。
「どうかした?」
「えっと……その、ヴェリアお姉ちゃんは、エドワルドお兄様をどうするの?」
「どう? むやみに危害を及ぼすつもりはないよ。ただ、派閥争いでおこなったことへの報いは受けてもらうことになると思うけど」
アルヴェルトが許したとしても、王太子の暗殺未遂は決して許されることではない。そんなことを考えていると、リリスは少し寂しげな顔をした。
「そう、だよね……」
リリスの愛らしい顔に影が落ちる。それを見た私は、リリスがアルヴェルトのことだけではなく、エドワルド殿下のことも慕っていたことに思い至った。
リリスを悲しませることはしないと言ったばかりなのに……と、唇を噛む。
ノクスやリリスを救うにはアルヴェルトの協力が不可欠で、そのためには第二王子派の勢力を削ぐ必要がある。それなのに、第二王子になにもしないというのは不可能だ。
エドワルド殿下も、リリスのことは憎からず思っているようだけど……と、待って。ならどうして、エドワルド殿下は離宮に顔を出さないの?
それとも、私が知らないだけ?
「リリス、エドワルド殿下は離宮に定期的に顔を出しているの?」
「……うぅん、一度も来たことはないよ」
寂しげな顔をさせてしまった。
こっそりとアルヴェルトに視線で問い掛けるけれど、彼は無言で首を横に振った。つまり、アルヴェルトが邪魔をしている訳でもない、ということだ。
だとすればおかしい。
リリスがアルヴェルトを避けていたのは、増魔の蝕による影響を避けていたからだ。でも、エドワルド殿下と疎遠になる理由は見当たらない。
そして、エドワルド殿下にしてもそうだ。
リリスを避ける理由がない。
もしかしたら、私は重大ななにかを見落としているのかもしれない。
「……リリス、約束するわ。エドワルド殿下には出来るだけ害を及ばさないようにする」
「本当? でもそれじゃ、お姉ちゃんの目的が果たせなくならない?」
「いいえ。ノクスとノクシリア皇国を救い、貴女も救う。アルヴェルトの地位を確立して、エドワルド殿下が大きな罰を受けないようにする。そのくらい、軽く達成してみせるわ」
不安そうなリリスを安心させるように微笑んだ。
守るモノを増やせば、それだけ失敗の可能性は高くなる。だけど、ノクスが『僕はそんなこと望んでいない』と言ったときの光景が脳裏から離れない。
あのときと同じ失敗は絶対に繰り返さない。
そんな強い思いを胸に、私はこれからするべきことを考え始めた。




