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婚約者が悪役で困ってます  作者: 散茶
エミーリアの日記
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エミーリアの日記10


最近、時々咳が出る。

最初はよくある風邪だと思っていたが、一向に治る気配がない。何かのアレルギーとかだろうか。

今朝もケホケホせき込みながら目覚めた私は、ぜぇぜぇ喘ぎながら身を起こした。

するとそっと水の入ったコップが差し出される。喉が渇いていたこともあって、何も考えず水を飲み干す。

気の利くメイドがいたものだと感心して見上げると、見慣れたうざったい濃い紫の前髪が。

「おはよう。咳、なかなか治らないね」

なぜ、私の部屋にルーカスがいるのだろうか。

彼はさも当然のようにカーテンを開き、ぐっと背伸びをした。

部屋の中がぱあっと明るくなって、朝日に照らし出された赤い絨毯が目に刺さるようだ。

あのね、モーニングティーでも飲む?じゃないんだよ。お前はいつメイドに転職したんだ。

「ミルクはなしで、薄めがいいんだよね」

なんということだ、好みも熟知されている。

確かに私は朝に薄めの紅茶を飲むのが好きだ。濃いとどうにも喉がいがらっぽくなるので好かないのだ。

行動を把握されてるって案外怖いな。

というかいつの間に人の部屋に入って……。

「いやだから不法侵入!」

大きな声を出したので再びせき込む。

前もこんなことをしたような。そうかこれがデジャヴか。

「治らないねぇ」

「治るもなにも、誰かが寝起きに叫ばせるからでしょ」

さっぱりわかりませんという風にふくろうみたく首をかしげて、ルーカスは上着の内ポケットから封筒を取り出した。

「手紙が三通も届いてるよ」

私宛の手紙をなぜ持っているのかとかそういったことは、もう言うだけ馬鹿らしい気がしたので、黙って受け取る。

一つはテア・キルステンから。

一つはアデリナ・フロイデンベルクから。

そして最後の一つには、Fとだけ署名されていた。


昨夜会がはけてから、私はすぐに手紙を書いた。

夜会でテアとアデリナ両方に対して、人を駒扱いするなと少々強気な発言をしてしまった失態を取り返すためである。

あの後は殿下の登場でうやむやになり、結局目当ての人物も見つけられないまま、当たり障りのない挨拶をして回るだけで終わってしまった。だいたいの参加者を把握できたのはよかったかもしれないが、目当ての人物だけは見つけられなかったのだから謎が深まる。

またテアかアデリナどちらかが『王妃』であろうという考えも深まった。一体どちらが『王妃』なのか。

そのためには、やはり手紙が必要であった。

「ルーカス、手紙の準備を」

「誰に?まさかあのクレイグとかいうやつじゃないよね」

備え付けの書き物机に便箋やらインク壺やらを出しながら、ルーカスは複雑そうに口元を歪めて言う。

「なんであんな男に手紙を出さなくちゃいけないの。馬鹿ね、もっと大事な手紙よ」

我ながら姑息な手を思いついていた私はにんまりと笑った。

「テアに、あの場ではどちらの誘いもお断りしましたが、本当は父からあなたを助けるよう言われてきたのです。あの時は私が皆の前でアデリナ様の面子を潰し、あの方が逆上してテア様になにかしてはいけないと思ったのです。また私にも公爵家の娘として守らなければならないものもあります。ゆえにお二方に対して無礼な物言いをしてしまいました。ですがフリッツ殿下の妻となるべきはテア様だと、私も父も考えております。どうか私にテア様が未来の王妃になるお手伝いをさせてはくださいませんか?って送るの」

公爵家の後ろ盾が得られるとなれば案外ころっと騙されてくれるかもしれないし、疑ってくるようならこちらの真偽をはかろうと接触してくる可能性もある。

「それはつまり、テアと組むということ?」

「まさか!まったく同じ内容をアデリナにも送るの」

合点がいったとルーカスは手を打つ。

「卑怯なコウモリか」

「その通り。獣の一族と鳥の一族が戦争をしていた。コウモリは獣の一族が優勢な時には、自分は毛が生えているから獣だと言い、鳥の一族が優勢な時には自分は羽が生えているから鳥だと言った」

「でも二つの一族が和解して戦争が終わった後、何度も寝返りしたコウモリは嫌われ者になってしまうんだっけ」

「大丈夫よ。テアとアデリナが和解したとしても、どちらも王妃にならなければ私はかまわないんだから」

「それはそれで心配だけど……。まぁエミーリアが嫌われ者になったら、僕がちゃんと守ってあげるから」

「はいはい」


などというやり取りが昨日の夜遅くにあったわけで、その結果が私の手の中にあるそれぞれからの返信なのである。

少しドキドキしながら中身を確認すると、どちらも二人っきりで話したいというような好意的な返事と、自分こそが妻にふさわしいという考えは誠に正しいといういうような内容だった。どちらも大概に自尊心にあふれていて、紙面がギラギラと光っている気さえする。

そして最後のFとだけ署名された謎の手紙。

いやまぁ心当たりがあるのだから、たいした謎でもないか。

念のため、何度もひっくり返して裏表確認してみる。

上等だが簡素な封筒だ。封蝋は王家の物ではなく、署名もただFとだけある。容易に送り主が特定できないようにしていらぬ誤解を生まぬように、それでも相手には自分の正体がわかるようにと苦心した結果なのだろう。

差出人はわかっている。

フリッツ殿下だ。

昨夜、私と殿下は少しだけ言葉を交わした。

私は彼と話したかったが、彼と話したくてたまらない人間は大勢おり、彼自身も大勢の前で私と話すことを避けたがる素振りがあったために、本当に一言挨拶を交わしただけなのだが、こうして反応があったことを鑑みるにあちらにはそれ相応の印象を残すことに成功したようだ。

ちなみにどんな会話をしたかというと、名乗って、ずっとお会いしたいと思っていました、と言っただけだ。

少し特筆すべきところがあるとすれば、ずっとというところをわかりやすく強調して言ったくらいだ。

それでも殿下は面白いくらいに顔をしかめたので、笑いをこらえるのが大変だった。

なぜなら彼のしかめっ面の原因は、私が厄介な存在、腹違いの妹だとわかっているからであって、物心つく前、生まれてすぐに王家から切り捨てられた身としては、若干愉快であったからだ。

ふふんと一人勝ったような気持ちになって手紙を開く。別になにか勝負をしていたわけでもないので、完全に独りよがりである。

内容は予想通り、内密に話したいというようなものだった。

私が急に表舞台に出てきた真意を知りたくてたまらないのだろう。もしかしたら私が王家を脅かす存在かもしれないとひそかに思い悩んでいるのかも。

時間は夕食前とだけある。おそらく使者かなにかが呼びに来るのだろう。

となるとテアとアデリナには、いますぐ返事を出したとしても向こうが起きているかすら危ういし、二人には夕食後に時間を作ってもらうのがいいか。

一度に三通もお誘いの手紙をもらって、もてる身はなかなかにつらい。

「逢瀬のお誘い?」

「そんなところ。一緒に来る?」

「いいの!?」

なにやらえらく食いつきがいい。

「二人して殿下と仲良くなるチャンスだもの。どうせ家族として話そうなんて向こうも私もこれっぽっちも思っちゃいないわ」

それに私一人だと喧嘩になってしまうかもしれないし。

と心の中でのみ、付け加えておく。

自分でも喧嘩早いのが欠点だと十分理解しているのに、なかなかどうして直らない。三つ子の魂百までとはよくいうが、転生してまで自分の欠点に悩まされるはめになるとは思いもしなかった。

ようやくベッドから下りて、三つ編みにしていた髪の毛を解きながら私は洗面所へと向かった。

顔を洗って、化粧もして、着替えないと。それから手紙を書いて、夕食前までにあの子を見つけ出さなければならない。

当たり前のように一緒に洗面所に入ろうとしたルーカスには拳骨を落としておいた。

ピクミンみたいにどこにでもついて来ようとするんじゃない。……ピクミン、古いな。





「なぜ、見つからない」

完全に据わった目で、私はそう呟いて空を見上げた。

太陽は中天に輝き、湖畔の桟橋には心地よい涼しい風が吹いている。長い年月雨ざらしでざらざらと乾燥した木の触感を靴越しに感じる。

ルーカスは私が指示した通り、見かけた令嬢のスケッチを黙々と描いていた。

はたから見れば、弟の趣味に付き合ってやる良い姉に見えていることだろう。その実は人探しをする姉に付き従う弟なわけなのだが。

桟橋と続くテラスでは数人の男女がなにやら楽し気に談話していて、腹立たしいことこの上ない。あそこだけ大雨が降ればいいのにと念を送っていると、そのうちの一人がクレイグであることに気が付いた。

彼が私の邪念に気が付いたかどうかはしらないが、じっと見つめているとこちらに気が付いて爽やかに手を振ってくる。

今日も腹立たしいほどに、私好みの顔面だった。

陽光かこの目がおかしいのか、心なしか輝いているような気すらした。


私がちょいちょいと手招きすると、彼は何やら面白そうな気配を察知したようないやらしい顔で近寄ってきた。

また変な小競り合いでも始まったら困るなと思いルーカスの方を見たが、彼はスケッチに集中していたので、安心してクレイグがやってくるのを待った。

「やぁ、エマ」

自分以外に周囲に誰もいないことを確認して、私は呆れ顔になる。大方他の女と名前を間違えているのだろう。

「私の名前はエミーリアよ」

「うん?だから愛称でエマ。どう?」

「勝手に愛称とか作らないでくれるかしら」

「いいじゃないか、エマ。それで俺は君の手招きに預かったわけだけど」

「……ダメ元で聞くけど、女たらしのクレイグ君は女性参加者全員の顔と名前、居場所とかを知っていたりしないわよね?」

「全員は知らないけど、少しなら」

少しなら知っているのか……。

女たらしを見くびっていたかもしれない。

正直言って若干恐怖も感じるが。

「誰を探してるのかな」

クレイグの問いかけに、私は探し人の名を口にする。

「ルシア・ヴェーナー。髪はたぶん青みがかった銀で、儚げな感じの……」

「ああ、その子ならたぶん森にいるんじゃないかな」

「森!?どうりで見つからないと思った」

というか、なんなんだこいつは?便利なお助けキャラか?

「人の多いところが苦手とかで、学園でもよく森の散策をしてる変わった子だよ。見た目は妖精もかくやってくらい可愛いのに、もったいないよね」

「情報としては凄く役に立ったけど、一言多い」

やはり学園には一度くらいは行っておくべきだったか。

まぁ当面は必要な情報はクレイグから聞き出せばいい。私が出した手紙でテアが気をよくすれば、そちらからも情報は得られるだろう。

「エマはその冷たい、怒ったみたいな表情がいい。他の子と違って、笑ってごまかさなくても本当の美しさがあることがよくわかる」

「褒められてるのか、けされてるのかよくわからないけど、ありがとう。もう帰っていいから。というか早く私の前から立ち去って」

「そんな冷たいこと言うなよ。ルシアを探してるんだろ?一緒に探すよ」

「冗談でしょ。結構よ」

冷たく拒絶すると、クレイグはわかっていたとばかりにそっかと肩をすくめた。

「わかった。その代わり、今晩は僕が君をエスコートする。七時になったら迎えに行くよ」

「は?」

「じゃあね」

了承の意などみじんもみせていないのに、勝手に約束をとりつけクレイグはテラスのほうへ戻っていった。

「変な奴」

どうせ面白半分なのだろう。

情報源としてはそこそこ使えるようだし、仲良くしておいても損はない。なによりフリッツ殿下には興味がないと示すことができて、テアやアデリナから変に警戒されることもなくなるかもしれない。

そう思って振り返ったら、般若みたいな顔をしたルーカスがいた。

「なんちゅう顔を……」

「なんで断らなかったの」

「断る間もなくそういうことにされたから仕方ないじゃない」

「ふーん。あ、そう!」

スケッチを乱雑に畳んで、ルーカスは大股でずんずん森のほうへ歩き出す。身長は同じくらいなのに、脚が長いからか一つ瞬きする間に数メートルは離れてしまう。

最近はあまり見られなかった彼の子供っぽい一面に、なんだか安心するような微笑ましいような気持になって、私は小走りで上機嫌に追いかけた。

すぐに息が上がってやめたけど。


湖畔の森は比較的背の低い木が多く、日のさす明るい森だった。ハーブのようなすっとする草の匂いがして、水辺もちかいので少し涼しい。

グネグネした根っこやら、石やらに、私がよくけつまずくので、ルーカスに手を引かれるという大変屈辱的かつありがたい介護を受けながら進む。

おかしいな。転生前は運動も並みかそれ以上にはできていたのに。この世界の体は私の思うとおりになかなか動いてくれない。くっ、これが十年引きこもっていた代償か。などと少し格好つけてみたりする。

人探しをしているんだか、散歩しているんだかよくわからなくなってきたころ、唐突にルーカスは足を止めた。

「ねぇ、エミーリア」

「どうかした?」

彼は私の手を祈るように両手で握りしめ、幅の広い口をぎゅっと横一文字に結んでいた。

「エミーリアにとって僕は何?やっぱりただの弟、なのかな……?」

風がそよそよと私たちの前髪を揺らした。

真っ黒な瞳は不安げに揺れて、木漏れ日にちかちか瞬いた。

「それは……」

そんなの決まっている。

私にとってルーカスは……。

けれどそこから先が私の口から出ることはなかった。


なぜなら頭上からバキッと枝の折れる音がして、なんと少女が降ってきたからである。

親方―!空から女の子がー!

などとふざけている場合ではない。

「きゃー!」

「うわー!?」

「エミーリア!」

三者三様に悲鳴をあげ、非力なことを忘れて少女を受け止めようとした私をルーカスが受け止めて、私たちは地層みたいに折り重なった。

「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!」

少女はすぐさま飛びのいて謝ったが、被害はそこそこ甚大だった。

私は右肩が完全にどうかなってしまったし、ルーカスはそこらの小枝にひっかけたのか上着が破れている。

「ああ、どうしよう……本当にごめんなさい。あの、私盗み聞きしようとしていたとかじゃなくて、たまたま木の上にいて、それであなたたちが来たから下りるに下りられなくなっちゃって」

「私たちは大丈夫だから、落ち着いて」

口を両手で覆って、少女はひぃひぃ息を吸っている。完全にパニックになっているようだ。私が痛まないほうの手で彼女の背をさすってやると、少し呼吸も落ち着く。

青みがかった銀髪はふわふわとしたウェーブを描いていて、薄い紫の瞳には涙の膜が張っている。透けるように白い肌は、木陰の下で見ると青白く、とても繊細だ。

「もしかして、あなたルシア・ヴェーナー?」

「え!?そ、そうです!」

どうして名前を知っているのだと、彼女は目を丸くして驚く。

やっと見つけたー!と心のうちで快哉を叫び、私はまるで肩などみじんも痛くないふりをしてできる限り親し気に見えるように微笑んだ。


ルシア・ヴェーナー。

彼女こそが私がずっと探していた人物だった。

辺境の伯爵家の長女で、学園では一年生だ。

実家のヴェーナー家は田舎者と揶揄されることもあるが、歴史は王家と並ぶほどに古く、領内でしかとれない鉱石、特産品などもあるため経済力もしっかりしていて、なおかつ上昇志向もある。

攻略対象だったダリウスの姉が後に側妃になったことを考えれば、その権力が決して弱いものではないとわかることだろう。

そして容姿も特徴的で、ヴェーナー家の者は必ず色素が異様に薄いらしい。つまりほとんどが白髪かそれに近い色なのだという。

これらもろもろを鑑みて彼女は、エドウィンの母ではないと断言でき、身分も相応であり、フリッツ殿下を射止めるのに十分と思われる容姿も兼ね備えた唯一の人材だといえた。

そう、私にとっての希望だ。


「あなた、昨日の夜会に出ていなかったでしょう?」

ルシアは頬を真っ赤にして、恐縮したように小さく頷いた。

「でも、どうして……?」

「昨夜、私と弟で、参加者の名前を覚えて、何人初対面で当てられるかっていうゲームをしていたの。それでね。私はエミーリアよ。こっちは弟のルーカス」

完全なる嘘なのだが、相手に疑う様子は微塵もない。

「まぁ、弟さんと仲がいいんですね」

「うんざりするくらい。私のことが大好きでたまらないんですって」

今度はルーカスが顔を真っ赤にする。

それを見てルシアも気持ちがほぐれたのか、ようやく頬を緩めた。

「私も仲のいい、歳の離れた妹がいるんです」

共通の話題を見つけたからか、わかりやすく親し気な雰囲気になる。

話し方がゆったりしているからか、彼女の周りは時間の流れが緩やかな気がした。

「本当?よかったら散歩しながらお話しない?木の上に登っていた理由も聞きたいところだし」

茶目っぽくそう言うと、ルシアは恥ずかしそうにこくこくと頷いた。


繁茂した草を踏みしだきながら、私たちは湖の縁をなぞるようにゆっくりと歩いていた。

ルシアは私同様あまり実家から出ることが少なかったらしく、そのせいで学園では上手くなじめないのだそうだ。田舎者だとよく馬鹿にされていると自嘲する横顔などは、いかにも儚げで守ってあげたくなる。

私は学園にも通っていないから、友達が一人もいないというと、ルシアは驚いて少しはにかんだ。

「私の名前、本当はルーシェって読むの。私たち一族に伝わる読み方で、家族はみんなそう呼ぶわ」

「へぇ。そういえばヴェーナー領では公用語以外の言葉も使われているって聞いたことがあるけど」

「確か凄く古い言葉だよ」

「そうなの!二人は物知りなのねぇ。うん、だから、ルシアはよそ行きの名前で……エミーリアとルーカス君が良ければ、ルーシェって呼んで欲しいな」

「いいの?」

「もちろん!」

ルーカスといい、この子といい、どうして彼らは私のような人間にもこんなに眩しい笑みを向けてくれるのだろう。

ルシア改め、ルーシェはふわふわな髪の毛を片耳にかけて、そわそわした様子で私を見上げた。

この子とは、必要だからではなく、本当の意味で仲良くできるかもしれない。

なにやら柔らかくて甘いものをほおばったような気持ちに、心臓のあたりが温かくなる。

「ありがとう、ルーシェ」

一時間ばかりおしゃべりをして、今夜の夜会でまた会うことを約束して私たちは別れた。


何度も振り返りはにかむルーシェに手を振りながら、ルーカスを小突く。

「あの子の顔、覚えたわね」

「うん」

「じゃあ殿下からお呼びがかかるまでにルーシェの絵を描きまくって。顔がわかる程度のスケッチでいいから」

「いいけど、描いてどうするの?」

訝し気なルーカスに私はにんまりと悪い顔をしてみせた。

「殿下に見せるのよ」

「どうして」

「毎日顔を見ているけど話したことのない他人と、見ず知らずの他人がいたら、毎日顔を見ているほうがなんとなく親しさを感じるでしょう?人間っていうのは何度も見たことがある顔を好きになる生き物なのよ」

「そんなものかなぁ」

「そんなものなの。そうね、さっき描いてもらった他の子たちの顔と一枚おきくらいでルーシェの顔を見せるくらいがいいかな」

「わかった」

さて、問題は親しさを持たせておいて、どう二人を出会わせるかだが。

「……よかったね、エミーリア」

「なにが?」

「ふふふ、なんでもない」

なに笑ってんだか。その重たい前髪も吹き飛ぶくらいのデコピンでもしてやろうか。

そう思って腕を上げたら、ルーシェが落ちてきたときに痛めた肩が思ったよりも深刻で、涼やかな湖に私の悲鳴が木霊したのであった。



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