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最終話2


「ベルンハルト!」

「落ち着いてくださいよぉ、殿下」

「落ち着いてられるか!ライラを勝手に連れ出したそうだな。そのうえ、こんな忙しいときに話があるから談話室に来いだと?貴様は一体何を考えているんだ!彼女に何をした!?」

まくしたてるように談話室に大股で入ってくる殿下と、その後ろをこの間、会室で会ったタイタスが困り果てたようになだめながらやってくる。当然アロイスもあまり広々としているとは言えない談話室に入ってきたが、コバンザメみたいに連れていたお供はさすがに入りきらず、廊下の外に待つよう指示をする。

そして、何故か最後にルーカスがひょっこり殿下たちにくっついてきた。

部屋の隅を陣取って、相変わらず何が楽しいのかニコニコ笑っている。うーん、不気味だ。

談話室にはすでにベルンと私、イオニアス、ライラにヨハンの五人がいるので、かなりせまっ苦しく感じてしまう。

殿下たちを待っている間、たいして役に立つ自信もないので、別室で待とうかと何度も聞いたのだが、ベルンがいてほしいと言うので、役立たずながら私も同席することになってしまった。

だって、手を握って側にいてほしいとか言われてみ?

たぶん地球が爆発したって、嫌だなんて言えない。少なくとも、私には言えない。


殿下は彼自身が言った通り忙しいところを急いできたのだろう、額には珍しく汗が見える。まぁ、夏に入って気温が上がってきているというのもあるのだろうが。

というのも、今日は感謝祭で出店する業者が打ち合わせに来ている日なのだ。

殿下に関わらず誰もがこの日は忙しく、裏を返せば私たちが一度に見当たらなくとも当分は騒ぎにならないというわけである。


「何も。見ての通り、ライラ・カーネイルならここに」

すぐさまライラを見つけた殿下とアロイスが急いで近寄ろうとしたが、ライラとヨハンがイオニアスを挟んで座っていることに驚いたようだった。

「ヨハン、お前実家に帰っていたのではなかったのか」

ヨハンは殿下へちらりと視線をよこしたが、すぐに気まずそうに反らして黙り込んだ。

アロイスに至っては苦虫をかみつぶしたような顔をしてヨハンを見つめている。

当然二人は知らないが、ヨハンは数日前には学園に戻ってきていて、裏生徒会で身柄を確保されていたのだ。今日、決着をつけるにあたって、本人も参加したいということだったので同席してもらっている。

彼自身も自分のしたことを清算したいから、と。


「ライラ、無事か?少しやつれたようだが」

「は、はい。大丈夫です…」

殿下はライラのどこかよそよそしい態度に露骨に傷ついた顔をした。

なんだか恋人同士の気まずげな雰囲気に、居心地が悪くなる。

「やはり、何かされたのか?ベルンハルト、貴様…」

「殿下、まずはライラの身柄をもってあなたをここに呼び出した非礼をお詫びします」

ベルンはようやく立ち上がると、いきり立つ殿下を柳のようにかわして丁寧な礼をした。

それがあまりに優雅だったので、むしろ殿下をおちょくっているようにしか見えない。慇懃無礼ってやつだ。

「何をいまさら」

殿下の中ではベルンがライラに何かしたことは決定のようで、憎々し気な緑の瞳がこちらを睨みつけてくる。

相も変わらず、思い込みが激しいというか。それとも、すでにアロイスらへんに何か吹き込まれたあとなのだろうか。

ベルンは殿下の言葉をことごとく無視して、よく通る声で一同に今日の目的を宣言する。

「今日ここに来ていただいのは他でもありません。殿下の婚約者をめぐる、この馬鹿馬鹿しい諍いに決着をつけるためです」

馬鹿馬鹿しいだとと声を荒げた殿下を引き留め、アロイスがにやにや笑いながら前へ出た。

しかし、その笑みには若干余裕がないように感じられる。それに、さっきからヨハンとライラの様子をちらちらと横目でうかがっており、気になって仕方ないことが筒抜けであった。

「あなたの妹が殿下に選ばれなかったからと、殿下にこのような無礼を働くあなたの方がよっぽど馬鹿馬鹿しいのでは?」

それから精いっぱい余裕ぶって、芝居がかった仕草で私に気づいた振りをした。

そんなわざとらしい反応をしなくてもいいだろうに。地味だから、気づきませんでしたってか?チクショウ。

「おやおや、随分と姿をお見掛けしていなかったが、お元気そうでよかった。リートベルフさん」

「…どうも」

こ、このやろう。お前のせいでこっちは怖い思いをした上に、何日も学校を休む羽目になったんだぞと喉元まで出かかるが、ぐっとこらえる。

これくらいの軽いジャブ許してやろうじゃないか。なんといったって、私は心の広い女を目指している。

「よくもそんな白々しいことが言えたものだ」

アロイスの軽い挑発に、ベルンが平淡な調子で言い返す。無感情というより、あえて抑えたような調子で、なかなかに怖い。

「なんのことやら。心からの心配さ。それとも、先日リートベルフさんが襲われたことと私が関係しているとでも言いがかりをつけるか?おおかた、私の元婚約者が何か言っているのだろうがな」

まるで、クラリッサが捨てられた復讐にアロイスに罪を着せようとしているとでも言うような口ぶりだ。物的証拠がないからって、随分と強気な態度である。

こんな奴と婚約させられていたクラリッサが可哀想で、今更ながら涙が出てきそうだ。泣かないけど。

「そうだな。それも含めて、今からアロイス、貴様は自分のしてきたことを清算しなければならない」

「は?」


「お前達がライラ・カーネイルや他の人間を操り、殿下を欺いてきたことだ」

「私を欺く…?」

被害者に指名された殿下が眉根を寄せて、アロイスを見た。

アロイスは殿下を安心させるように、落ち着いた調子で語りかける。

「とんだ言いがかりです。そのような嘘をついてまで、私を貶めたいのかベルンハルト!」

「事実だろう。アロイス、お前はライラを操り、殿下に近づけた。彼女を王妃にして、自らがデーニッツ家の当主になるために」

「付き合いきれないな。私にとってライラは可愛い妹だ。彼女が殿下を慕っていたので、私はその手助けをしただけ。そうだろう、ライラ?」

アロイスの可愛い妹に向けるとは到底思えない厳しい視線に、ライラはひっと小さな悲鳴を上げた。

「わたし、は」

「ライラ?」

「あ…」

「ライラは殿下を慕っていて、婚約者になりたかった。だって君はライラだろう?」

なんだか変な言い回しだった。まるで役割を言い聞かせているような。

ライラはカタカタと手を震わせ、懇願するようにアロイスを見る。

「ア、アロイスお兄様、私…消えたくない、消えたくないの…」

「ライラ!」

アロイスは声を荒げて、なかなか自分のいうことを肯定しようとしないライラをいらだったように叱咤した。

それだけでアロイスに対する不信が募って談話室に満ちて、沈黙が降りる。


「とにもかくにも、座ってはいかがですか」

そんな空気をものともしない男、ベルンは一人だけ涼しい顔で殿下たちに座るよう勧めた。

ベルンの無表情さにアロイスは肩透かしを食らったかのように一瞬呆けたが、すぐに憮然とした様子で殿下が座るを待って、嫌にゆっくりと座って見せた。

二人が腰を落ち着けたのを見届け、ベルンがすかさず話始める。

「ライラを階段から突き落としたのがリジィだと、殿下たちはまだ思ってらっしゃいますか?」

「なぜ、いまその話をする必要がある」

「思ってらっしゃいますか?」

無表情にただ繰り返す威圧感に殿下は理由を聞くのをあきらめ、しぶしぶといったふうに口を開いた。

「…わからない。だが、違うと言い切ることはできない。ライラも犯人はわからないと言っているわけだしな」

相変わらず良くも悪くも素直というか…。本人を前にして、まだ疑ってるとかちょっと失礼じゃないか?まぁ、生まれたときから偉い人だからそういうこと考えたことがないのかもしれないけれど。

とうの被害者であるライラは何か言おうとして口を開いたが、それよりも早く言葉を発した人間がいた。

「ライラを…!」

うつむいて黙っていたヨハンの発した声は思いのほか大きく、部屋にいた全員の視線がヨハンに注がれた。


「ライラを、階段から突き落としたのは……俺です」

誰かがはっと息を飲み込む音が聞こえた。

少なくとも、私とベルン、イオニアス以外の誰かだろう。なぜなら、私たちはすでに知っていたからだ。

「ごめん、ライラ」

静まり返った談話室に、消え入りそうなヨハンの謝罪が霧散して消えていった。


ことはヨハンが感謝祭の荷物に紛れて学園に連れてこられたあの夜にさかのぼる。

ベルンたちについて行って彼と対面することに成功した私は、彼に一言だけいったのだ。

「あなたはただライラが好きなだけだったのよね」と。

それはヨハンルートのバッドエンドで、ライラのためにと暴走して罪を犯してしまったヨハンへ、殿下がかけたそのままのセリフであった。

少し、ゲームのヨハンルートについて言うと、ヨハン・ドレクスラーはわんこ系と思いきやの、ヤンデレ枠でもあった。ライラの言葉を自分の中で曲解して暴走したあげく、殺人未遂を犯してしまうのだ。バッドエンドに至っては、殿下に罪を咎められ、自白し、罪を償うというオチだ。

それなりにインパクトがあったから、比較的覚えてはいたのだけれど、本格的にヤンデレ化するのはバッドエンドだけなので私はあまり危険視していなかったのだ。

このヤンデレ化情報に加えて、ヘレナやクラリッサの言っていたライラの怖い噂。ヨハンがいなくなって囁かれだしたライラへの不満などを考えれば、なんとなく見えてくるものがある。

おそらくベルンたちも気づいていたのだろう。

ヨハンは、ライラに敵対する者を力で排除していたのだ。

そして、殿下がヨハンに罪を認めさせるために言った、「お前はライラが好きなだけだったんだよな」というセリフを言えば、ヨハンはあっさりと自分のやってきた過ちを語り始めた。

我ながらずるいことだと、わかっている。

私はゲームの知識でヨハンになんと言えば、彼が心を開いてくれるかわかっていたのだから。決して、目の前のヨハンと言う一人の人間と向き合って導き出したわけではない。

けれど、疲弊していたヨハンにとって私の言葉はきっと全てわかっているように聞こえたのだろう。

この世界がゲームの世界でないと否定しておいて、ゲームの知識でずるをした。

そのうえ、それが上手くいってしまって、どうにも後味が悪い。どうせ、ずるをするならもっと早く気が付いて止めていれば……なんというかやりきれない気持ちになってしまった。

しかし、なぜヨハンは暴走するほどに愛していたライラを突き落とすに至ったのか。

その理由をヨハンは静かに話し始めた。


「俺はライラがずっと好きだった。けれどライラは俺だけの物じゃなくて、でもいつかはそうなってくれるんじゃないかって期待もしていたんだ。アロイスには婚約者がいたし、ライラは俺の悩みを一番理解してくれて一緒にいてくれて。それに、ヨハンは私のこと好きでいてくれる?っていつも確認してきて…。

だから、俺はライラのために、ライラを悪く言う奴や傷付けようとする奴らを黙らせてきた。俺が、ライラを守ってやるんだって…!」

ライラの悪口を言ったり、嫌がらせをする人間がほとんどいなかったのは、ヨハンが陰でそういったやからを粛清していたからだった。

だから、彼がいなくなったあと、学園内でライラに対する反感があらわになった。ライラを嫌う人間を黙らせてきたヨハンという蓋がなくなったために。

「けど、ライラは殿下を選んだ。俺なんかじゃ到底太刀打ちできない。でも、応援するのはもっと嫌だった。だからせめて二人を呪わないでいられるよう、ライラのことを諦めよう。じゃないと、俺自身何をしてしまうか怖かった。

それであの日、階段の踊り場でライラにもう会わないって伝えたんだ。そしたら、なんて言ったと思う?ヨハンは私のことを愛してなければならないから、側を離れられないんだよって、心底そう思っているみたいに笑ったんだ。そのとたん、ライラが全く知らない人間みたいに思えて、気味が悪くって、気がついたらライラを、…突き飛ばしてた」

自らの手を見つめ自戒するヨハンに、それまで大人しかったライラが突然食って掛かった。

「だって!ヨハンはライラが好きなんでしょう?そうじゃなくちゃいけないんだって、ヴィオラが言ってたのよ!」

「…ライラ。俺は本当にお前のことが好きだったんだ。好きだったんだよ。だけど、どうしてお前がそう思うのか俺には理解できない。…どうしちゃったんだよ。どうしてこうなったんだよ」

謝罪しながら泣き続けるヨハンとライラに挟まれ、イオニアスはかなり居心地悪そうに大きな図体を小さくしている。

「イオニアス、ヨハンを下がらせてやれ」

結局、ライラとヨハンはちゃんと会話することなく、ヨハンだけが先に部屋を出ることとなった。

といっても、不特定多数の生徒への脅迫、暴行について調べなければならないから、たぶん警邏に引き渡されるのだろう。

部屋を去る間際、ヨハンはライラへ名残惜し気に目をやったが、ライラが彼を見つめ返すことはなかった。それがなんだか酷く悲しいものに見えた。


「ライラ、どうしてヨハンにそんなことを言った?」

「私は、ライラだから、みんなから愛されるはずで……だからヨハンにもう会わないって言われた時、失敗したと思った。そうしたら、消えちゃうかもしれないって怖くなって」

「なぜ?」

金魚みたいに何度か口を開閉して、言いよどみながらもライラはか細い声を絞り出す。

「ライラは、エドウィン殿下と結ばれないといけない、から」

「何をいっているんだライラ!」

横やりをいれるアロイスを殿下が抑え込み、ベルンへ続けるよう目くばせした。いちおう、知りたいものは知りたいらしい。

「誰がそんなことを?」

ベルンのもはや機械的と言ってもいい問いかけに、ライラは取り繕うこともとうに忘れて答えていく。

「ヴィオラと、…アロイスお兄様が。役割を果たせば、ライラのままでいられるし、私が王妃になればあの人の出世だって保証されるって…」

とうとうライラは、震える手で顔を覆ってしまった。

「君は私のことを慕っていてくれたのではないのか…?」

迷子の子供のような殿下の顔を見ることもできず、ライラは声を震わせる。

「それは……」

と、アロイスが不利な流れを断ち切ろうと勢いよく立ち上がり、ベルンに向かって指を突き立てた。

「ベルンハルト、ライラに何を吹き込んだんだ!殿下、ライラはきっと不本意なことを言わされているのです」

「だが」

「お兄様…!アロイスお兄様は、私が消えないように手伝ってくださってたんですよね?あの日、私が消えかけたのは幻覚でお兄様が助けてくださったのは私を騙すためだって、ベルンハルト先輩が言うんです。違いますよね?ね?」

アロイスは言葉に詰まったかのように喉をぐうと鳴らしただけで、何も答えられなかった。

ライラの言葉を肯定すれば彼女を操り、殿下を欺いたことを認めてしまうし、逆にライラの言葉を否定すればライラの洗脳が解けてしまうかもしれない。まさに、あちらを立てればこちらが立たずという状況だ。

このままベルンがたたみかけて、アロイスも終わりかと思われた時だった。


「…ふふふ、はははは!……わかったぞ、ベルンハルト。お前は私を蹴落とし、殿下をも貶めるつもりなのだな」

どうした。どうした。ついに発狂したか。

ざわざわとする談話室で、アロイスは一人だけ何が面白いのか笑っている。

どんどん残念な男になっていく男、アロイス。

たぶん前世でゲームをしていた私も、アロイスにときめいたシーンだって少ならずあったんだろうけどなぁ。もはや、お色気担当の影すらなく、ただただ残念きわまりない。

「殿下、この男は実はあなたの従兄弟なのです。あなたを引きずり落とし、自らが王位につくために私を不当に貶めているのです」

なんで知ってんの!?

「従兄弟、だと…?」

「この男は先王が侍女に産ませ、存在を隠されていた第三王女の子供なのです」

いや、だから何で知ってんの?ヴィオラか?ヴィオラなのか?チクショウ…ベルンルートやってないからわからない!

「そんな話は聞いたことがないぞ!」

「そうでしょうとも。私も最初はにわかには信じられなかった。だが、事実だ。そうですよね、レトガー先生」

「うん、まぁ、そうなるかなぁ」

こ、こらー!何、あっさり認めちゃってるのー!?

よくわからないけど、たぶんそんな軽いノリで認めていい事実じゃないと思う。

「ベルンハルト、お前は本当は…」

ああ、殿下も、殿下でなんか鵜呑みにしちゃってるみたいだし…。

ベルンはというと、彼にしては面倒くさそうにため息をついて、眉間を揉みながら言った。


「確かに、僕の母は公式には存在しない第三王女です」

「なっ」

「ですが、王位がどうのこうのというのは、見当違いも甚だしい話です。例え私が王族として認められたとしても、王座などに何の意味があります?そんなものやると言われても、こちらから願い下げだ」

「貴様、王を愚弄する気かっ!」

「何故そうなる。はぁ…。話がずれています。私たちは、ライラのことを話していたはずだ」

「そんなことはどうでもいい。これは王族への反逆罪だ」

「そんな、こと?」

アロイスの言葉にライラがショックを受けてつぶやいた声が聞こえた気がしたが、言い争う声がうるさくて誰も反応することはなかった。

冷静に対応するベルンと、新事実に動揺しなぜかアロイスの言うことを鵜呑みにする殿下、話をまぜっかえしてなんとかベルンを悪者にしたいアロイスで、話し合いは混迷し始めた。

とにかく形勢を巻き返したいアロイスは、ベルンのことを友人だと思っていたがとんでもない不誠実な男だとか、殿下に近づいたのも全ては王位を奪うためだとか、挙句の果てには私が唆したんじゃないかとか、カテリーナと二人して王妃の座を妬んでいるとか…。それはもう失礼甚だしい言いがかりのオンパレードであった。

殿下は殿下で、なんというか見たいものしか見ない人だから、自分に忠実なアロイスの言うことに耳を傾けがちで、どうにもやりづらい。

ベルンも不愉快さを前面に押し出しているが、いまいち言い返さないし…。

でも、私が下手に口を挟んで、余計面倒なことになったら申し訳ない。申し訳ないが、怒りはマックスではある。

とりあえず、アロイスがクールダウンするのを待つか。と、ぐっと怒りをこらえながら黙っていたのだ。アロイスがこう言うまでは。


「貴様など、産まれたこと自体が間違いだったのだ」


そう、まさしく、プッツーンと何かが切れた。切れたっていうか、キレた。

簒奪者だとか、反逆者だとか、好きに言えばいい。そんな嘘っぱち、後で自分の首を絞めるだけだ。

だけど、ベルンの命までも否定するのは、一体どういった了見なのか。

次の瞬間、気が付けば私はテーブルを力いっぱいたたいて、その場に仁王立ちしていた。


「お言葉ですが!」

「なっ…!」

不調法に大声を出した私を糾弾しようとするアロイスが、何か言う前に私は早口にまくしたててやる。

「言いたい放題言っちゃってくれてますけど、それもこれも、殿下が不甲斐ないからではありませんか!関係のないことをグダグダグダグダ…。いったいいつから、私たちは王位継承の話をしていたというのです?

それはそうと、殿下!黙って見てきましたけれど、あなたはカテリーナ様とちゃんと向き合ったことはあるのですか?カテリーナ様は殿下のことをずっと慕っていらっしゃいました。その想いに向き合いもせずに、ライラを選ぼうとしたあなたの方がよっぽど不誠実です。そんな人間がどうして、ベルンのことを不誠実だなんて言えるのですか!」

「私は…!」

「だいたい!」

私の怒りが、こんなもので収まると思うなよ!

「唆しただの、王妃の座を妬んでいるだの、みんながみんな、王妃になりたいと思うこと自体間違っています!むしろ、そんなものこっちからお断りです。綺麗な宝石やドレスに囲まれて、みんなにかしずかれる女王様になることが、女にとっての幸せなのだとあなたたちはお考えなのですか?だとすれば、カテリーナ様もライラも私も、女はみんな同じではありませんか!

そんなものは、幸せなんかじゃないわ…。そりゃあ、贅沢できるなら越したことはありませんよ。でも少なくとも私は、大切な人が側に居てくれなければ幸せなんかになれない。それは殿方だってそうなのではないのですか?王族がそんなに素晴らしいのですか?

あと、アロイス!また、ベルンに産まれたことが間違いだなんて言ってみなさい。その綺麗な顔をボコボコにして、ハゲになる呪いをかけてやるんだから!いいわね!!」

できなくても、やってみせるからな!最悪そのご自慢の赤毛を一本残らず毟ってやるからな!

アロイスと殿下は怒りのあまりか、顔を真っ赤にして、ゆでだこみたいになっている。

ぜぇぜぇと息を切らしてその顔を見ていると、あれも言えばよかったとかこれも言えばよかったと、次々言いたいことが溢れて泡みたいにはじけて消える。

とにかく悔しくってたまらなくって、歯を食いしばっていると握りしめた手が何か温かなものに包まれた。

「そうだね、リジィ」

なにが、そうだねなんだろう。ハゲになる呪いのことだろうか。我ながらなんて邪悪な呪いだと思うが。

ベルンに手を包んでもらっていると、次第に無意識にカチカチになっていた体から余分な力が抜けていく。最終的に私はすごすごと座り込んでしまったのだった。


「殿下、私は何もあなたを貶めたかったわけではありません。無礼ではありますが、リジィの言う通り王座とは誰にとっても魅力的というわけではないのです。私はただ、あなたにご自分で、目を覚まして欲しかった。…曲がりなりにも、私たちは友人だったから」

いきり立っていた殿下は、ベルンの友人だったという言葉にハッとにわかに我を取り戻したようだった。

普段表情のかわらないベルンの伏し目がち、プラス寂しそうな様子で、さらに効果は抜群だ。

「あなたに目を覚ましてもらうには、まず彼女の呪いを解いてやらねばならないようだ。ダリウス!入ってこい!」

私も全部聞かされているわけではないので、何事かと緊張していると、ダリウスが見知らぬ男性を伴って入ってきた。

くすんだ金髪にメガネの、優しそうな印象の男性だ。

逆に言えば、優しそうという感想以外でてこない、凄く大人しそうな人である。

そのわりにはおどおどもせず、ゆっくりと礼をして見せる。見た目よりも、中身は意外と肝が太いのかもしれない。

ゆっくりと頭を下げた彼は、ある一点に向かって困ったように笑った。

すると、イオニアスに付き添われていたライラが、ふらふらと立ち上がる。そして、彼がライラにとってどういう間柄なのか、血色の悪い小さな唇でその答えをささやいた。

「お、お兄様…」


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