第九十話 因縁
--アレクたちの乗る揚陸艇。
アレクたちを回収した揚陸艇は、飛行空母へ向けて上昇していた。
突然、大きな衝撃が揚陸艇を揺らす。
ジカイラはコクピットを覗き込み、パイロットに尋ねる。
「どうした?」
パイロットは驚いた表情で空を指差しながらジカイラに応じる。
「中佐! あれは!?」
ジカイラがパイロットが指し示す先に目を向けると、古代竜王シュタインベルガーが飛行空母の周囲を飛んでいるのが見えた。
シュタインベルガーが霊樹の森に向けて放った火炎息が引き起こす熱風が揚陸艇を揺らしたのであった。
ジカイラは呟く。
「シュタインベルガー……」
揚陸艇の揺れは、格納庫にいるアレクたちも例外無く揺らす。
アルは揺れに足を取られ、よろけながら叫ぶ。
「うおっ!? なんだぁ?」
ナタリーが窓の外を指で指し示しながら告げる。
「みんな! 見て! あれ!」
ユニコーン小隊の仲間たちは、ナタリーの周囲に集まろと彼女が指し示す先を見て、目を見張る。
アルが呟く。
「すげぇ……! 初めて見た! 竜だ!」
エルザも口を開く。
「私も……。初めて見た」
ドミトリーが目を丸くして口を開く。
「……大きい! あの大きさは、古代竜か!?」
トゥルムもドミトリーの言葉に同意する。
「……どう見ても、下等竜では無いな……」
アレクは興奮気味に口を開く。
「あれは、古代竜王シュタインベルガーだ! 帝国竜騎兵団が援軍に来たのかも?」
ルイーゼは、興奮気味に話すアレクとは対照的に、冷静に状況を見ていた。
(あの古代竜、きっとソフィア様が召喚したんだ……)
ナディアが口を開く。
「村の長老から聞いた事があるわ。古代竜王シュタインベルガー。『金鱗の竜王』、『神殺しの竜王』とも呼ばれている古代竜王よ」
古代竜の話で盛り上がるアレクたちの元にジカイラとヒナ、ルドルフの三人がやって来る。
ジカイラが口を開く。
「お前たち、もうすぐ飛行空母に着くぞ。……ルドルフ、パイロットに飛行甲板の上を滑空するように伝えろ」
「判りました」
ルドルフは、怪訝な顔をしながらジカイラにそう答えると、コクピットへ向かう。
ジカイラが揚陸艇の跳ね橋を降ろし始めると、上空の風が格納庫に吹き込んでくる。
アレクはジカイラに尋ねる。
「中佐! 揚陸艇は、まだ着陸していませんよ!? 跳ね橋を降ろして、どうするつもりです?」
ジカイラは、降ろした跳ね橋の上に登り、その上から飛行甲板を見下ろすと、アレクに告げる。
「アレク! オレが飛び降りたら、パイロットに揚陸艇を飛行甲板に強行着陸させるように伝えろ!」
アレクたちは驚く。
「この高さから飛び降りるって!? 無茶ですよ!」
ジカイラは、悪びれた素振りも見せずにアレク答える。
「オレは、ダークエルフとは、いささか『因縁』があってな。逃がす訳にはいかねぇんだ!」
(※詳しくは、『アスカニア大陸戦記 黒衣の剣士と氷の魔女』を参照)
ジカイラは、アレクたちの傍らにいるヒナに告げる。
「ヒナ! 先に行ってるぞ!」
「判ったわ!」
そう言うとジカイラは、滑空する揚陸艇の跳ね橋から飛行甲板に飛び降りて行った。
--飛行空母 飛行甲板。
神殺しの竜王シュタインベルガーの圧倒的な力を目の当たりにしたダークエルフの従者たちは狼狽える。
「……シ、シグマ様」
「……とても勝ち目はありません。退却致しましょう」
従者がそう口にした次の瞬間、揚陸艇の跳ね橋から飛び降りてきたジカイラが、ダークエルフの従者の一人の背中にドロップキックを食らわせ、ドロップキックを食らった従者は、前のめりに吹き飛ぶ。
もう一人のダークエルフの従者が突然現れたジカイラに向かって叫ぶ。
「貴様! どこから現れた!?」
ジカイラは飛行甲板に着地すると、鞘から魔剣シグルドリーヴァを抜いて正眼に構え、軽口を叩く。
「覚えておけ! ヒーローってのは、空から現れるんだ!」
軽口を叩いたジカイラは、シグマに話し掛ける。
「久しぶりだな。シグマ。ここで会ったが何年目ってやつだ」
シグマは、ジカイラを睨みながら答える。
「十七年振りだ。黒い剣士ジカイラ」
ジカイラが続ける。
「いつぞやの『借り』! 返させて貰うぞ!」
そう言うとジカイラは、シグマに斬り掛かる。
ジカイラとシグマは、飛行甲板の上で激しく剣戟を繰り広げる。
ジークがジカイラとシグマの激しい剣戟を見ていると、傍らに人間サイズの転移門が現れる。
ジークは驚いて現れた転移門を見る。
「今度は、ここに転移門が?」
転移門の中から完全武装したナナイとハリッシュ、クリシュナ夫妻が現れる。
ナナイがジークに話し掛ける。
「どうやら間に合ったようね」
「母上!? それにハリッシュ導師夫妻も?」
ハリッシュはジークに挨拶する。
「お久しぶりです。殿下」
クリシュナもジークに笑顔で話し掛ける。
「ジーク。すっかり、大きくなって。立派になったわね」
クリシュナは、ジークが幼い頃、ナナイに頼まれて幾度と無くジークを預かり、子守をしていたことがあった。
ナナイは、シグマと激しく戦うジカイラを見て呟く。
「……熱くなっているわね」
帝国軍と魔導王国軍の軍勢の間にアレクたちの乗った揚陸艇が強行着陸する。
揚陸艇の跳ね橋が開くと、ヒナが率いるアレクたち教導大隊は、帝国軍に加勢するように飛行甲板に展開する。
アレクは、ジークの傍らにナナイがいるのを見て驚く。
(母上!? どうしてここに?)
激しい剣戟を繰り広げながら、ジカイラはシグマを睨み付ける。
(フザケ半分で仲間を傷つけた、コイツだけは絶対に許さねぇ!)
ジカイラの怒りに反応するように、魔剣シグルドリーヴァの漆黒の刀身は赤黒い妖しげな光を増していき、ジカイラが放つ剣の一撃、一撃が重さと速さを増していく。
ジカイラは、魔剣シグルドリーヴァに秘められた魔力によって、体の一部のように重さを感じることなく魔剣を振るう。
シグマは次第に魔剣に秘められた力を引き出したジカイラに押されていく。
ジカイラに押され始めたシグマに加勢しようと、二人の従者がシグマの後ろに居並ぶ。
次の瞬間、大きく息を吸い込んだシュタインベルガーが、第二撃となる火炎息を霊樹の森に向けて放つ。
再び 火炎息が引き起こす猛烈な熱風が飛行甲板にいる者たちを覆う。
空中浮遊した霊樹の森は、シュタインベルガーの火炎息によって、既に当初の半数ほどまでその数を減らしていた。
ジカイラとシグマは、第二撃となるシュタインベルガーの火炎息に気を取られ、剣戟を中断する。
ジカイラと激しく剣戟を繰り返していたシグマは、ハッとして飛行甲板から霊樹の森を見て口を開く。
「……いかん! このままでは、全滅してしまうぞ!」
従者がシグマに耳打ちする。
「シグマ様、退却しましょう」
「うむ。だが、その前に!」
シグマは従者にそう答えると、姿勢を低くしながらジークを狙って走り出す。
「せめて、皇太子の首だけでも貰って行くぞ!」
ジークを狙って放たれたシグマの斬撃を、ナナイがレイピアを抜いて斬り結んで止める。
「息子に手出しはさせないわよ」




