第八十八話 甲板戦
--飛行空母 艦橋。
飛行空母の艦橋では、ヒマジン伯爵が防御戦の指揮を執っていた。
ヒマジンが近くにいる士官に指示する。
「帝都に緊急電、『我、霊樹の森の攻撃を受ける』だ! 急げよ!」
「了解です!」
艦橋から飛行甲板を見下ろしながらヒマジンが呟く。
「……飛行甲板に乗り込んできた敵兵といっても、今のところ、小鬼、犬鬼と鼠人か。……どれも帝国騎士の敵ではない。飛行空母には陸戦隊が乗り込んでいるしな」
--飛行空母 飛行甲板。
当初、飛行甲板では整備兵と甲板作業員が作業しており、霊樹の森の大木から小鬼、犬鬼、鼠人が乗り込んで来た時には、非武装の整備兵と甲板作業員は逃げ惑うだけであった。
しかし、ジークとアストリッドと共に、完全武装の陸戦隊が飛行甲板に展開すると、立ちどころに形勢は逆転し、帝国軍が甲板戦を優位に進めていた。
ジークが叫ぶ。
「整備兵と甲板作業員は艦内に退避しろ! 帝国騎士、前へ!」
陸戦隊の帝国騎士たちは陣形を整えると鼠人、小鬼、犬鬼の軍勢を迎え撃つ。
鼠人、小鬼、犬鬼の軍勢の後方に一羽の大烏が舞い降りると、大烏の背からダークエルフのシグマとその従者二人が飛行甲板に下りる。
更に五羽の大烏が、両足で食人鬼の両肩を掴んでぶら下げて飛行空母に近づいてくると、飛行甲板に五体の食人鬼を降ろして飛び去っていく。
五体の食人鬼が後方から前に出てくるのを見たジークが、傍らのアストリッドに告げる。
「アストリッド! ダークエルフと食人鬼が来る! 行くぞ!」
「はい!ジーク様!」
ジークとアストリッドの二人も帝国騎士たちの前に出る。
前に出た五体の食人鬼のうち、中央の一体がジーク達に襲い掛かって来る。
食人鬼は右手に持つ棍棒を大きく振り上げると、ジークたちに殴り掛かる。
ジークは、サーベルの切先を自分の身体の右下側に低く下げて構えると、殴り掛かってくる食人鬼に向かって大きく踏み込んで行く。
次の瞬間、ジークが振り上げたサーベルが食人鬼の棍棒を持つ右手首を切り飛ばす。
「ガァアアアアアア!」
右手首を切り飛ばされた食人鬼は、叫びながら血が噴き出す右手首を左手で押さえ屈み込む。
アストリッドが屈み込んだ食人鬼に向けて指輪をかざして魔法を唱える。
「氷結水晶槍、四本!」
アストリッドの指輪の先に魔法陣が現れ、魔法陣の先の空気中に四本の氷の槍が作られる。
四本の氷の槍は、右手首を押さえて屈み込む食人鬼に向かって飛んでいき、食人鬼の身体を貫く。
四本の氷の槍に身体を貫かれた食人鬼は、叫びを上げながら絶命した。
食人鬼の死体の後ろから、シグマとその従者、三人のダークエルフがジークたちの前にやって来る。
シグマは歪んだ笑みを浮かべながらジークに話し掛ける。
「驚いたぞ。こんなところにも食人鬼を倒せる人間がいたとはな」
ジークは、シグマを睨み付ける。
「ダークエルフ!」
シグマは、余裕を見せながらジークに告げる。
「ははは。私は只のダークエルフではない。名乗らせて貰おう。私は魔導王国エスペランサを統べるドロテア女王陛下に仕えし魔法騎士、シグマ・アイゼナハト。……若き騎士よ、貴様も名乗るがよい」
ジークはシグマからの問いに答え、名乗りを上げる。
「私は、バレンシュテット帝国皇太子にして、辺境派遣軍総司令 ジークフリート・ヘーゲル・フォン・バレンシュテット」
シグマは、ジークの名乗りを聞いて不敵な笑みを浮かべる。
「帝国の……皇太子だと!? ……面白い。その首、貰い受ける!」
そう言ってシグマはレイピアを抜くと、ジークに斬り掛かる。
ジークとシグマは、両軍の中央で激しい剣戟を繰り広げる。
二人の激しい剣戟に甲板で戦っていた両軍の者たちは、自分たちの戦闘を中断して二人の戦闘に魅入る。
半時ほど二人は剣戟を繰り広げると、近接戦最強の上級職である上級騎士のジークが魔法騎士のシグマを圧倒し始める。
シグマが口を開く。
「……貴様! もしや、上級騎士か!?」
ジークが答える。
「そのとおり!」
シグマの顔から笑みが消え、顔を引きつらせる。
「くっ……! ならば!」
シグマは大きく後ろに飛び退くとジークに向けて手をかざして魔法を唱える。
「呪いの雷撃!」
シグマが剣での戦いを辞め、魔法を唱え始めた事から、アストリッドがジークに指輪を向けて魔法を唱える。
「魔力魔法盾!」
ジークの周囲を魔力の防壁が囲み、シグマの魔法の雷撃を防ぐ。
シグマの顔が怒りに歪む。
「……小娘が!」
アストリッドの加勢により、シグマの二人の従者も戦闘に加わる。
ジークは、シグマと従者の一人と二人を相手に戦い、アストリッドはもう一人の従者と戦う。
乱戦になった五人の戦いを見て、二つの軍勢も飛行甲板での戦闘を再開する。
--国境付近の森の中。
アレクたちは、帰還する時に指定された地点を目指して歩いていた。
ルイーゼが六分儀で現在位置を確認して告げる。
「ここが帰還地点よ!」
ルイーゼの言葉に小隊全員が驚く。
アルが呟く。
「……この大穴がか?」
ルイーゼが示した場所は、空に浮かび上がった大木が空けた大穴であった。
小隊の仲間たちが上を見上げると、空が見える。
エルザは不安を口にする。
「この大穴には入れないよ。それに揚陸艇が迎えに来ても、私たちを見つけられないかも……」
アレクはルイーゼに告げる。
「ルイーゼ、緑の信号弾を打ち上げよう!」
ルイーゼもアレクの案に同意したように答える。
「……そうね。信号弾を打ち上げたら、私たちを見つけてくれるかも」
そう言うとルイーゼは、トゥルムの背嚢から打ち上げ装置を取り出して地面に置くと、緑の信号弾を打ち上げる。
信号弾は、甲高い発射音の後、空に打ち上げられ、緑色の煙を吐きながら空に弧を描いて飛んでいく。
トゥルムは、緑色の煙を吐きながら飛んでいく信号弾を見上げながら呟く。
「……見つけてくれよ」
程なく帝国軍の揚陸艇がアレクたちの元へ飛んでくる。
大穴の上で浮遊しながら揚陸艇の跳ね橋が開き、中からルドルフが出てくる。
アレクが口を開く。
「ルドルフ!」
ルドルフが答える。
「遅かったな、アレク! 早く乗れ!」
アレクが揚陸艇の跳ね橋に飛び乗ると、ルドルフはアレクの手を掴んで中に引き入れてアレクに告げる。
「お前たち、ユニコーンが最後だ!」
アレクたちユニコーン小隊は、跳ね橋から揚陸艇に次々に飛び乗る。
アレクの次にルイーゼが跳ね橋に飛び乗ると、ルドルフがルイーゼの手を掴んで中に引き入れる。
ルドルフがルイーゼに告げる。
「無事で良かった!」
ルイーゼがルドルフに答える。
「貴方もね!」
続いてナタリーが跳ね橋に飛び乗ると、ルドルフはルイーゼ同様にナタリーの手を掴んで中に引き入れる。
ナタリーがルドルフに礼を言う。
「ありがとう」
続いてアルが跳ね橋に飛び乗ると、ルドルフは他のメンバー同様にアルの手を掴んで中に引き入れる。
アルはルドルフに話し掛ける。
「開拓村の仇は取ったぞ! 鼠人の本拠地を叩き潰してやったぜ!」
ルドルフはアルの肩を叩く。
「そいつは凄い! やったな!」
エルザとナディアが跳ね橋に飛び乗るが、ルドルフはアル、アレクの二人と鼠人の本拠地について話込んでおり、二人を中に引き入れなかった。
エルザが文句を言う。
「ちょっと! 淑女が二人も乗ったのに、エスコートしないワケ!?」
ナディアも不満を口にする。
「差別ね! 訴えるわよ!?」
最後にトゥルムとドミトリーが跳ね橋に飛び乗る。
小隊全員が乗り込むと、揚陸艇は跳ね橋を閉じて上昇していく。
--飛行空母 上空。
ソフィアは自分の飛竜に乗り、飛行空母に接舷している霊樹の森の大木を飛竜の火炎息で攻撃していた。
飛行空母に接舷した霊樹の森の大木には、枝や幹に家屋のような建物が無数に作られており、その中から無数の鼠人や小鬼、犬鬼が現れて飛行空母に乗り移っていたが、飛竜の火炎息で火達磨になり、霊樹の森の大木も燃え上がっていた。
ソフィアは、飛竜の火炎息で炎上して空母から離れていく大木を見詰めながら呟く。
「……やっと……一本」
ソフィアが周囲を見回すと、次から次へと霊樹の森の大木が帝国飛行艦隊に押し寄せてくる様子が見えた。
ソフィアは、自分が乗る飛竜の首を撫でながら呟く。
「ダメ……。この子の火炎息だけでは、火力が足りない」
ソフィアが飛行空母の飛行甲板に目を向けると、ジークとアストリッドが三人のダークエルフと戦っていた。
ソフィアが口を開く。
「ああっ、ジーク様!」
飛行甲板では四体の食人鬼が暴れまわり、二人のダークエルフ相手にジークは苦戦しているようであった。
ソフィアは、両目を瞑って自分が乗る飛竜の手綱を持つ両手に祈るように額を付けながら呟く。
「せめて……せめて、帝国竜騎兵団がいてくれれば……」
帝国竜騎兵団は、ソフィアの祖父であるアキックス伯爵が率いる帝国最強の兵団であり、大勢の飛竜に乗る竜騎士たちの兵団であった。
ソフィアは、願望を呟く。
「押し寄せるこの森を燃やせる……もっと強い炎があれば……」
ソフィアの脳裏に帝国竜騎兵団を率いるアキックス伯爵の姿が浮かぶ。
(お爺様……)
祈るように手綱を握る両手に額を当てながら、ソフィアはハッとして両目を開く。
ソフィアの刮目した目に、自分の首から下げている一際豪華な造りの『竜笛』が映る。
それは飛行空母の貴賓室で御前会議が開かれた時に、ソフィアの祖父であるアキックス伯爵がソフィアに持たせた竜笛であった。
(……ある! 強力な炎が! 神をも殺し、全てを焼き尽くす『始原の炎』が!)
ソフィアは、自分の首から下げている一際豪華な造りの『竜笛』を手に取ると、すがるような思いで力一杯、その竜笛を吹く。
(来たれ! 金隣の竜王! お願い! ジーク様を守って!)




