第八十話 約束と嫉妬
ナタリーは、アレクとルイーゼの睦事を簡易テントの隙間から覗いていた。
ナタリーは、二人を覗きながら無意識に自慰していた。
ナタリーの帰りが遅いので、心配して様子を見に来たアルは、アレクとルイーゼのテントを覗きながら、夢中で自慰しているナタリーを見つけ、固まる。
(えっ!? ナタリー? まさか?)
簡易テントの中で交わりを終えたアレクとルイーゼは、キスし始める。
ナタリーは、覗いていた二人の交わりが終わったため、我に返り、アルの待つ焚き火へ戻ろうとすると、帰りの遅いナタリーを探しに来たアルと目が合い、固まる。
ナタリーは、アルの元に小走りで向かうと、アルに小声で話し掛ける。
「どうしたの? アル」
「いあ……ナタリーの帰りが遅いから、心配して……」
アルが気不味そうにそう告げると、アルとナタリーの二人は無言で歩いて焚き火の元へ戻る。
気まずい雰囲気の中、アルがナタリーに尋ねる。
「ナタリー、あんなところで何していたんだ?」
ナタリーは、耳まで赤くなりながら呟く。
「その……変な物音が聞こえてきたから、何だろうと思って探したら、音はテントの中からしてて、つい……」
「中を覗いていたの?」
ナタリーが頷く。
「……うん。アレクとルイーゼがエッチしてて……」
「それで、自分でしてた……の?」
アルからの問いにナタリーは涙目になる。
「……アル、見てたの?」
「うん」
ナタリーは、涙声でアルにすがり付く。
「お願い! アル! 誰にも言わないで!」
アルは、気不味そうに答える。
「……いあ。誰にも言わないよ。……女の子も、自慰するでしょ?」
アルの言葉を聞いてナタリーが泣き出す。
「言わないでぇ! お願い! お嫁に行けなくなっちゃう!」
アルはすがり付いて泣き出したナタリーを膝の上に抱き上げて座らせると、頭を撫でる。
「……泣くなよ。ナタリーは、オレが貰うから」
ナタリーは、涙目で上目遣いにアルを見上げる。
「……ホント?」
アルは、笑顔でナタリーに答える。
「本当さ!」
ナタリーは、恥ずかしそうにアルに確認する。
「……約束よ」
「約束する」
アルは、ナタリーの頬の涙を右手で拭うと、両手をナタリーの頬に添えてキスする。
深夜の暗い森の中、聳え立つ大木の木々の隙間から漏れた月明かりが、恋人達を照らしていた。
--飛行空母 貴賓室。
フェリシアは、自室で夕食を済ませた。
帝国軍の夕食は、トラキアのそれに比べて遥かに豪華なものであったが、肉体労働中心の兵士向けであるため肉類が多く、フェリシアは食後の口直しに果物が食べたくなる。
フェリシアは、監視役の女性士官に尋ねる。
「すみません。果物が欲しいのですが、ありますか?」
女性士官は答える。
「ラウンジに用意されてます。お持ちしましょうか?」
「いえ。自分で取りに行きます。用意するので、しばしお待ちを」
「はい」
フェリシアは自室の姿見の鏡の前に立つと、巫女服の上にジークから贈られた純白の皇太子のマントを羽織り、首元で帝室の紋章のブローチで止める。
(これでよし……と)
フェリシアとしては、ジークから贈られた物を身に付けないと、ジークに対して失礼に当たると思っていた。
前回、ジークに会ってから、監視役の女性士官のフェリシアへの態度や接し方が百八十度、正反対のものになり、女性士官達は『四人の監視役』から『四人のフェリシア付きのメイド』のように態度が変わっていた。
フェリシアは、『きっとジークが女性士官達に口添えしてくれたのだろう』と考えていた。
実際のところ、ジークは、監視役の女性士官達に口添えなどしていない。
ジークもフェリシアも気付いていなかったが、フェリシアの周囲の者達は、フェリシアが身に付けている『帝室の紋章のブローチ』を『皇太子ジークからの無言のメッセージ』と解釈して忖度していた。
『この女は、オレの女だ。お前達、判っているだろうな?』と。
「行きましょう」
自分の服装を確認したフェリシアは、監視役の女性士官達に声を掛けると、自室からラウンジへ向かう。
通路を歩くフェリシアの後を四人の女性士官が付いてくる。
傍から見ると『従者を従えて歩くお姫様』といった様子であった。
通路の反対側からソフィアが歩いてくる。
ソフィアは『皇太子正妃(候補)』であり、『皇太子第三妃(候補)』のフェリシアより、妃としての序列は上であった。
通路でソフィアとすれ違う際に、フェリシアはソフィアに頭を下げ一礼する。
ソフィアは颯爽と歩きながら、すれ違い様に自分に対して頭を下げるフェリシアを横目で一瞥する。
(……フン! トラキア女が!)
ソフィアには、自分が最もジークの寵愛を受けているという絶対の自信があった。
仮にジークが他の女を抱いても、それは遊びだと認識していた。
横目で一瞥してフェリシアを見下すソフィアの視線が、すれ違い様にフェリシアの首元に釘付けになる。
(……なっ!?)
ソフィアは、怒りを顕にしてフェリシアを呼び止める。
「待て! トラキア女!」
「はい?」
ソフィアは凄まじい剣幕でフェリシアに詰め寄るが、フェリシアの四人の監視役の女性士官が二人の間に割って入り、ソフィアは制止させられる。
「それは!? 何故、お前がそれを身に付けている?」
「ソフィア様!」
「お待ち下さい!」
凄まじい剣幕でソフィアが指を差しながら詰問しているのは、フェリシアが身に付けている『帝室の紋章のブローチ』を指していた。
フェリシアは、首元の『帝室の紋章のブローチ』に触れながらソフィアに告げる。
「……これは皇太子殿下から頂いたものです」
「触るなァ!」
ソフィアは激昂して怒りの咆哮を上げる。
フェリシアに掴み掛ろうとするソフィアを監視役の女性士官達が四人掛かりで押し止める。フェリシアはソフィアの怒りの咆哮に気圧され後退る。
「ソフィア様!」
「ソフィア様!」
「どうか、落ち着いて下さい!」
ソフィアは四人の女性士官に取り押さえられながら、プルプルと怒りに震える指でフェリシアの首元の『帝室の紋章のブローチ』を指し示しながら告げる。
「それは! それは! 帝室の紋章! バレンシュテット帝国を統べる皇族の証! 帝国騎士が忠誠を誓う紋章! お前ごときトラキア女が触れて良い物では無い!」
フェリシアは、首元の『帝室の紋章のブローチ』に触れながら、これらを贈ってくれたジークの誠意に想いを巡らせる。
(……そんな大切な物を私に)
フェリシアが『帝室の紋章のブローチ』を身に付けていることは、ソフィアにとって次のような意味を持っていた。
『貴女の夫は、私が寝取りました。皇太子殿下から最も寵愛を受けているのは、第三妃のこの私です。私は既に帝室の一員になっています。さぁ、帝国騎士達よ! 私に忠誠を誓いなさい!』
正妃になるソフィアにとっては、絶対に認めたくない、断じて認められないものであった。
「……お前が、……お前が、……正妃たる、この私を差し置いて、帝室の紋章を……お前ごときトラキア女が……。……くっ」
ソフィアは目に悔し涙を浮かべ、四人の女性士官達に取り押さえられながら、ここまで絞り出すように告げると、身を翻してその場を去って行った。




