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アスカニア大陸戦記 英雄の息子たち【R-15】  作者: StarFox
第四章 トラキア連邦

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第七十六話 ジークフリートとフェリシア(一)

 皇帝ラインハルトが発した勅命によって、フェリシアが戦争犯罪人としての訴追の免除と引き換えに皇太子ジークフリートの第三妃候補となることが決まり、フェリシアは収監されていた独房から、飛行空母に幾つかある貴賓室に移された。


 フェリシアに与えられた部屋は、豪華な広いリビングと天蓋付きベッドのある寝室、浴室兼トイレ兼洗面所があった。


 無論、貴賓室は居住区画であり、部屋の外に女性士官の監視は付いていたが、独房と違って部屋の中では、自由に過ごす事が出来るようになった。


 フェリシアは、連れて来られた貴賓室の豪華な内装と調度品に驚く。


 リビングにある幅が十メートル以上ある大きな窓から外を見ると、月明かりに照らされた雲海が広がり、夜空に星が瞬く。


 フェリシアは、そっと窓に触れてみる。


 窓は開閉こそ出来ないが二重構造になっており、外気との気温差から縁が僅かに曇っていた。




 一番驚いたのは、入浴であった。


 フェリシアは、女性士官から入浴設備の使い方を教わり入浴する。


 入浴を終えたフェリシアは、用意されていたバスローブを羽織るとソファーに座る。


 フェリシアは、目を閉じて仰向きながら独り言を呟く。


「これが……バレンシュテット帝国の力」 


 浴室では、バルブ(蛇口)を捻ると何時でもお湯が出る。


 トラキアでも入浴することはできた。


 巫女であるフェリシアは、礼拝前に沐浴して身を清めていた。


 だがそれは、女官達が貴重な水源から人力で汲んできた水を薪で沸かしていたものであり、一般人にとっては、お湯を使うことは贅沢であり、トラキアではお湯どころか水さえ貴重なものであった。


 バレンシュテット帝国は水源が豊富であり、魔導石を熱源に使う魔法技術があるため、入浴は一般的な習慣であった。


 飛行空母では、何時でも簡単にお湯を使うことができる。


 水源に乏しく水さえ貴重なトラキアでは、考えられない事であった。 




 ノックする音の後、ドアが開けられる。


「失礼する」


 部屋の中に入ってきたのは、ジークであった。


『皇帝から帝国を引き継ぐ絶対的支配者、凍てついた氷のように冷たく恐ろしい人』


 それがフェリシアがジークを見た第一印象であった。


 再びフェリシアは、ジークに対して精一杯の虚勢を張る。どうしても、女として、トラキアの王族として意地を張ってしまう。


 フェリシアは内心では、降伏式であれだけ数の居並ぶ帝国軍将兵を一喝したジークが、怖くて恐ろしくて仕方が無い。


「今夜は、私にどのような御用件ですか?」


 ジークは、フェリシアの対面のソファーに座ると口を開く。


「この部屋は、快適かな? 気に入って頂けると良いが」


「ええ。とても」


「それと、いつまでも患者衣を着ているという訳にもいかないだろう? トラキアの服を用意させた」


 ジークは手に持っている包みをフェリシアに渡す。


 フェリシアが包みを開けると、以前、フェリシアが着ていたのと同じトラキアの巫女服が二着入っていた。


「ありがとうございます」


(巫女の私にトラキアの巫女服を用立ててくれた……)


 フェリシアは、凍てついた氷のように見えるジークにも『人としての優しさ』があるのだなと思う。


 ジークは口を開く。


「要件というのは、他でもない。既に聞き及んでいるかもしれないが、私と貴女の今後のことだ」


「はい」


 ジークは、フェリシアに率直に告げる。


「貴女には『私の三人目の妃』として、吾子を孕んで頂く」


 ジークの言葉にフェリシアは戸惑う。


 巫女であるフェリシアにとって、男と女の睦事は『秘め事』であり、余程、親しい者でない限り、口に出すことさえ憚るものであった。


「露骨な物言いですね」


 ジークは、悪びれた素振りも見せず続ける。


「回りくどいは、苦手でな」


 フェリシアはジークに尋ねる。


「私で三人目……ということは、一人目の妃と二人目の妃もいらっしゃるのですか?」


「当然だ。貴女も降伏式で二人に会っただろう?」


「故人ではなく、あの二人が……」


 自分は『三人目の皇太子妃になる』と聞いていたフェリシアは、他の二人の妃は既に故人だと思っていた。


 フェリシアは、降伏式で自分の傍に立ち、口上を述べていたソフィアと、自分の巫女服を切り裂いたアストリッドを思い出す。どちらも美女であった。


「それは、三人目の『妃』というより『愛妾』でしょう? 私を慰み者にするつもりですか?」


 ジークは、冷たく答える。


「どう解釈するかは貴女の自由だが、決定事項だ。それに……」


 そこまで言うと、ジークは、左手でフェリシアの右手を取ってキスすると、そのまま握り、右手の中指と薬指でフェリシアの手の甲を撫でながら告げる。


「貴女のような美人に、夜な夜な慰めて貰えるとは光栄だ」


 皇宮育ちのジークとしては、『手にキスした』のは儀礼的挨拶、『手を握った』のはスキンシップのつもりであったが、修道院育ちの神職の巫女であるフェリシアにとって、異性に手にキスされる事も、手を握られることも初めてであり、不純行為であった。


「不純です! やめて下さい!」


 ジークは立ち上がると左手でフェリシアの手首を掴み、座っていたソファーから自分の懐に引き寄せると、右腕を腰に回して抱き寄せる。


「あっ!」


 フェリシアは、ジークの突然の豹変に驚いてジークの腕の中からその顔を見上げる。 


「不純だと!? 自分の妃に触れることがか!」


 傍らに抱くフェリシアを冷たく見下ろすジークの目線に、フェリシアは恐怖で体が竦み、小刻みに震え始める。


 

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