第七十三話 皇帝と皇太子、身の振り方
--夜。
ジークは、一人で自分の部屋にいた。
ジークは、ソファーに座り今後の事を色々考えていると、ジークの私室に転移門が開き、中からラインハルトとエリシスが現れる。
ラインハルトの姿を見たジークは立ち上がると、父であり皇帝であるラインハルトに一礼する。
ラインハルトとエリシスは並んでソファーに座り、二人の向かいにジークが座る。
ラインハルトは、全員が座ったところを見計らい尋ねる。
「フクロウ便の手紙は読んだ。お前から相談とは珍しい。……それで、私に相談したい事とは?」
ジークが口を開く。
「まず、報告事項から順に。……一連の鼠人絡みの案件ですが、裏でダークエルフが動いていたようです」
ダークエルフという単語を聞いたラインハルトの眼光が鋭くなる。
傍らで話を聞いていたエリシスの表情も固いものになる。
ジークはラインハルトとエリシスに、アレクがフェリシアから聴取した内容を報告する。
ラインハルトは、ジークから報告を聞き終えると苦々しく口を開く。
「……革命政府のヴォギノがまだ生きていたのか。……それに裏でダークエルフが暗躍していた訳だ。合成獣を錬成した魔法技術も、ダークエルフのものだろう」
エリシスも苦々しく口を開く。
「革命政府のヴォギノなんて『アスカニアの癌』そのものよ。見つけ次第、殺すべきだわ」
ジークは続ける。
「鼠人の本拠地とダークエルフの拠点は、『霊樹の森』というものらしく、帝国と連邦の国境北部付近にあるらしいとの事で、トラキア連邦領内の鼠人と残存する連邦の抵抗勢力を排除しつつ、『霊樹の森』の正確な位置を捜索して割り出すつもりです」
ラインハルトが答える。
「……鼠人や連邦の抵抗勢力は、恐れることは無い。辺境派遣軍で十分、対処できるだろう。……だが、ダークエルフは危険だ。奴らは手強い。帝国の全軍をもって討伐に当たる必要がある」
ジークが驚く。
「帝国の全軍を動員するのですか!?」
ラインハルトが答える。
「そうだ。慎重に捜索して『霊樹の森』の正確な位置を割り出せ。帝国の全軍を投入して一気に叩く! ……決して功を焦って辺境派遣軍だけで戦おうとするな。闇の眷属であるダークエルフの魔法体系や魔法技術は我々のものとは異なる。その戦力は未知数だ」
ジークは答える。
「……判りました」
ラインハルトは尋ねる。
「……それで、相談とは?」
ジークは口を開く。
「はい。トラキアの議長の女についてですが、このままだと帝国の法に則り、彼女は戦争犯罪人として処刑されるでしょう?」
「……そういうことになるな」
ジークは真剣な顔でラインハルトに伺いを立てる。
「そこで父上にご相談なのですが、トラキア戦争の『戦利品』として彼女を父上に献上致しますので、彼女を囲って頂き、父上のお力で彼女を助命して頂けないかと」
ラインハルトは焦りながら答える。
「待て、ジーク。息子から若い女など献上されては困る。『皇帝は、若い女欲しさに隣国に攻め込んだ』との誹りを受けかねん」
ジークは続ける。
「黒目黒髪の美人で、なかなか良い身体をしてますよ? 古今東西、歴史的に征服者が被征服民の女を妃や愛妾にすることなど、珍しくは無いでしょう?」
ラインハルトは渋る顔をして話す。
「……それはそうだが、お前もナナイの性格は良く知っているだろう?」
ジークは怪訝な顔をする。
「母上ですか?」
ラインハルトは、重苦しく静かに口を開く。
「……皇太子である、お前だから話す。他言無用だ。……昔、私は、やむを得ず、一度だけ他の女と肉体関係を持って子を産ませ、お前の母を泣かせたことがあるのだよ」
ジークは驚いた表情で頷く。
「……そうでしたか。初めて聞きました」
過去にラインハルトは、義妹のティナに掛けられたダークエルフの呪いを解くため、義妹のティナを抱いて肉体関係を持ったことがあった。
エリシスは、その事件が起きた時、その現場にいたので経緯を知っていた。
(※詳細は『アスカニア大陸戦記 黒衣の剣士と氷の魔女』を参照)
エリシスがラインハルトの顔を見ると、封印した過去を話すラインハルトの顔には、愛する妻ナナイを裏切り、愛する義妹ティナの純潔を奪ったという、二重の深い苦悩が見て取れた。
ラインハルトは口を開く。
「彼女を助命する事は簡単だ。勅命で彼女を免罪しよう。……ジークよ。お前、『敵の女』に惚れたのか?」
ジークは、慌てて否定する。
「いいえ! 私ではありません! アレクがすっかり、あの女に熱を上げており、それも『困った熱の上げ方』でして……」
ラインハルトは怪訝な顔をする。
「アレクが?」
ジークは経緯の詳細を説明する。
「はい。今回のあの女の助命嘆願も、アレクからの頼みです。……説明や例えが難しいのですが、『舞台女優に対して心惹かれる』というか、『女教師に対する恋慕』というべきか。アレクが、その類の恋愛感情を、あの女に抱いておりまして……」
エリシスは、説明に苦しむジークに助け舟を出す。
「『憧れの年上女性』といったところね?」
エリシスの言葉にジークが同意する。
「はい。あの女は神職の巫女。皇宮にはいないタイプの女でして、アレクは初めて見た『神職の巫女、憧れの年上女性』にすっかり心を射抜かれてしまったようです」
エリシスとジークの説明を聞いたラインハルトは苦笑いする。
「……それは困ったものだな。彼女を助命した後、アレクの妃にする訳にもいかない。アレクが彼女の尻の下に敷かれるのが目に見えている。……彼女をアレクの妃にして、将来、アレクに領地を持たせたら、トラキアに帝国領土を切り取られたのと変わらなくなる。……かと言って、私が彼女を愛妾として囲う訳にもいかない。……彼女の身の振り方を考えねばなるまい」
ジークが力無く答える。
「……はぁ」
ラインハルトが口を開く。
「……そうだ! ジーク! 彼女を、お前の三人目の妃にしろ」
ジークは驚く。
「は!? 私の妃にですか? 私には、既にソフィアとアストリッドという妃がおります」
ラインハルトが口を開く。
「ジカイラからの手紙によれば、最近、アレクに四人目の妃候補が決まったようだ。第二皇子のアレクに四人の妃がいるのだ。皇太子のお前が三人の妃を持ったところで、おかしくはあるまい?」
ラインハルトが続ける。
「それにお前が言った通り、古今東西、歴史的に征服者が被征服民の女を妃や愛妾にすることなど、珍しくは無い。征服者である皇太子のお前が、被征服地であるトラキアの女王を第三妃にする。そして、皇帝である私が皇太子の第三妃となる彼女を勅命で免罪する。将来、産まれてくるお前と彼女の子にトラキアを治めさせれば良い。……話の筋は通るだろう?」
ジークは唖然としたまま答える。
「確かに、それはそうですが……」
ラインハルトは微笑む。
「……不服か?」
ジークは、ラインハルトの様子から他に方法が無いことを悟る。
「……いいえ」
ラインハルトは続ける。
「彼女は『敵の女』だが、お前なら心配無い。乗りこなして見せろ。……彼女はお前より年上だが、くれぐれも尻の下に敷かれるなよ? 帝国を丸ごとトラキアに乗っ取られる訳にはいかないからな」
ジークは答える。
「それは……心得ております」
ラインハルトとエリシスは畏まるジークに微笑むと、転移門を通って皇宮へ帰って行った。




