第七十話 面会と告解
--翌日。
いつもどおりユニコーン小隊の仲間たちは、揃ってラウンジで朝食を取る。
朝食を終えたアレクとルイーゼの二人は、アレクの兄であるジークの命令により、トラキア連邦議長であるフェリシアに聴取を行うため、倉庫区画へ向かう。
二人が決められた時間通りに倉庫区画の一角に臨時に作られた取調室に入ると、既に部屋の中にはフェリシアが机越しに座っていた。
フェリシアは、取調室に入ってきた二人を見て口を開く。
「アレク中尉! ルイーゼ少尉!」
アレクはフェリシアに挨拶する。
「おはようございます。フェリシアさん」
アレクとルイーゼは、机を挟んでフェリシアの対面の椅子に座る。
ルイーゼは、フェリシアに話し掛ける。
「私たちが貴女から話を聞くことになりました。何か不都合なことがありましたら、遠慮なくおっしゃって下さい」
ルイーゼの言葉にフェリシアは微笑む。
「ありがとう」
フェリシアは安心した表情を見せる。フェリシアにとって少なくとも取調官やジークより、自分を保護してくれたアレクとルイーゼのほうが人としての温かみを感じることができる相手であった。
アレクはフェリシアに尋ねる。
「あの、お話を伺ってもよろしいですか?」
「どうぞ」
「鼠人について、貴女の知っていることを教えて下さい。トラキア連邦政府とダークエルフが取引していたとも……」
アレクからの問いにフェリシアは俯いて答える。
「判りました。最初からお話ししましょう。……十七年前、帝国の内戦である『革命戦役』が収束して、帝国には新しい皇帝が即位しました。私の父、先代のトラキア連邦議長は『内戦で帝国は疲弊しただろう』と見ていました。しかし、新しい皇帝は、大胆に改革を進めて数年で帝国を立て直し、国力を倍増させました」
フェリシアの話にアレクとルイーゼは頷く。
アレクの父ラインハルトは、革命政府を倒して皇帝に即位すると、帝国国内に帝国横断鉄道と帝国縦断鉄道、帝国北西鉄道を敷設。これらの鉄道は、物流の動脈として、帝国が百万の軍勢を動員することを可能にした。
帝国北西鉄道は、帝都と港湾自治都市群を直結し、直轄領とした中核都市と新大陸との貿易を更に活性化させた。
そして、国内産業の育成と飛行場の建設など公共事業によるインフラ整備、『帝国種族融和政策』により獣人やエルフ、ドワーフなどの亜人種たちに人間と同じ権利と義務を与えて生産人口、消費人口へ取り込み、帝国領として併合した獣人荒野への開拓農場の建設と入植を推し進めていた。
発展した産業と公共事業は集中した資本を再分配し、倍増した生産人口、消費人口は帝国経済をかつてない規模へと成長させ、帝国国民は豊かに暮らすことが出来るようになった。
フェリシアは話を続ける。
「帝国が百万の軍勢を動員して北西部の港湾自治都市群の制圧したという話もトラキアに伝わってきました。急激に目覚ましい発展を遂げる強大な帝国を、私の父、先代のトラキア連邦議長をはじめ、トラキア連邦政府の首脳達は恐れたのです」
アレクはフェリシアの話に頷き、口を開く。
「帝国の兵力は百万。対してトラキア連邦の常備軍は五万でしたね」
フェリシアが続ける。
「……おっしゃる通りです。帝国とトラキアとの圧倒的な軍事力、経済力の格差は毎年拡大し、連邦政府の首脳達にとって、帝国への恐怖は毎年大きくなっていきました」
ルイーゼは悲しげに呟く。
「……皮肉ね。産業が発展して帝国が豊かになると、他国はそれに怯えるなんて」
フェリシアは続ける。
「トラキア連邦政府首脳たちの帝国への恐怖が、耐え難いほど大きくなった時、ある奴隷商人が私の父、先代のトラキア連邦議長に近づき、囁いたのです。『帝国を牽制する方法がある。ダークエルフと取引しないか?』と」
ルイーゼは、怪訝な顔でフェリシアに尋ねる。
「……奴隷商人?」
フェリシアは答える。
「そうです。たしか、『ヴォギノ・オギノ・ラビホル』と名乗っていました」
アレクは、フェリシアが口にした名前を聞いて驚く。
「ヴォギノって!? 帝国政府が国際指名手配中のテロリストじゃないか!」
ヴォギノ・オギノ・ラビホル。(vogino ogino RabbiHol)
アレクの父ラインハルトたちの活躍によって倒された革命政府の主席にして革命党書記長。現在は帝国政府によってテロリストとして国際指名手配され、逃亡中であった。
フェリシアが続ける。
「……そうなのですか? 父は、そのヴォギノの仲介で、ダークエルフの魔法騎士シグマ・アイゼナハトと取引しました。シグマは『霊樹の森が帝国を牽制する』と父に約束し、父は他の連邦諸侯に内密で『霊樹の森』の連邦領への移設を認めました。しかし、その『霊樹の森』から現れたのは鼠人でした」
ルイーゼが尋ねる。
「『霊樹の森』が鼠人の本拠地ですね。その『霊樹の森』は、トラキア連邦領のどこにあるのですか?」
フェリシアは答える。
「詳しくは知りません。……ただ、帝国と連邦の国境の北部としか」
アレクが尋ねる。
「トラキア連邦政府は、鼠人にどのような対処を?」
フェリシアが答える。
「『霊樹の森』を住処とする鼠人は、食糧を求めて森から周囲に溢れ出し、作物や家畜だけでなく人間まで食べ尽くして、黒死病という疫病を流行させながら連邦領内をところかまわず暴れ回りました。連邦政府は、連邦常備軍五万を全て動員して主要都市の防衛と鼠人討伐、黒死病からの民の救済に当たらせました」
フェリシアは机の上に両肘を乗せて両手を組むと、その上に額を乗せ、俯いて重苦しく呟く。
「……黒死病の流行を含め、鼠人による被害は甚大なものです。連邦も、帝国も。……一体、どれだけ大勢の人々が亡くなったのでしょうか。……闇の眷属であるダークエルフと取引した……私の……私たち、トラキア連邦政府の犯した罪は、赦されるのでしょうか」
フェリシアの告解に、アレクもルイーゼも答える事は出来なかった。




