第六十五話 首都急襲(二)
ジークは攻撃命令を下す。
「そろそろ時間だ。ヒマジン伯爵。飛行戦艦の主砲で、街の四隅にある塔を破壊しろ!」
ヒマジンが答える。
「了解しました」
飛行艦隊群は、単縦陣に陣形を組み替えると街の周囲を周回し始め、飛行戦艦の主砲が街の四隅にある防空塔に狙いを定め、主砲を斉射する。
街の四隅の防空塔が飛行戦艦による砲撃によって轟音と共に爆発し、次々と木っ端微塵に破壊されていく。
戦闘開始の合図であった。
--トラキア連邦 議長府。
飛行戦艦の主砲斉射による轟音と防空塔の爆発音が議長府にも届く。
別の職員がフェリシアの執務室に慌てて駆け込んで来る。
「議長! 帝国軍の攻撃です!」
「そんな! 一体、どこから!?」
「空からです!」
「空!?」
フェリシアは、テラスから外に出て空を見上げ呆然とする。
「……ああ。そんな……」
フェリシアの目に、単縦陣で一列に並び街の周囲を回るようにゆっくりと飛ぶ、帝国軍の巨大な飛行空母や飛行戦艦からなる飛行艦隊の姿が見える。
フェリシアは職員に指示を出す。
「こちらも航空部隊を! 飛行船と気球を出すのです!」
「わ、判りました」
職員は駆け足でフェリシアの部屋を後にする。
フェリシアは呆然と無言で空を見上げる。
(まさか! あり得ない! 人があんなに大きな物を造って空に浮かべるなんて! これが……これがバレンシュテット帝国の力……)
フェリシアが見上げる空には、帝国旗を掲げて居並ぶ巨大な飛行艦隊群が浮かぶ。
それはまさに見る者を圧倒する『バレンシュテット帝国の力の象徴』であった。
--首都上空 ユニコーン小隊。
飛行空母を発進し、編隊を組んで議長府へ向かうアレクたちユニコーン小隊の仲間たちにも、飛行戦艦の砲撃による轟音と防空塔の爆発音が届く。
爆煙と共に次々と木っ端微塵に破壊されていく防空塔の姿が見える。
アルは軽口を叩く。
「すげぇな! ど派手な戦闘開始の合図だぜ!」
ナタリーも口を開く。
「アル! 気を付けてね!」
「大丈夫、任せろ!」
アレクたちユニコーン小隊は、首都の城壁を越えて市街地の上空に入り、高度を下げる。
眼下には、飛行戦艦の砲撃に驚いて通りを右往左往する街の人の姿があった。
街を見渡しながらアレクが口を開く。
「……軍人の姿が無い。民間人ばかりだ」
ルイーゼが答える。
「連邦軍は、対応しきれていないみたいね」
「対空砲火も無いな」
「もうすぐ議長府よ! 気を付けてね!」
「大丈夫!」
やがてアレクたちの視界にトラキア連邦議長府の建物が見えてくる。
ルイーゼが叫ぶ。
「アレク! あの建物よ!」
「了解! 手旗信号を頼む。『発砲と同時に強行着陸。総員、突撃』」
「任せて!」
ルイーゼは手旗信号で僚機に伝え、アレクたちユニコーン小隊は、街の大通りを議長府の建物に向かって超低空飛行に入る。
アレクは、建物を囲う塀の門に照準を合わせると、主砲の引き金を引く。
(いくぞ!)
アレクの乗る飛空艇エインヘリアルⅡの主砲が火を噴き、入り口の門を吹き飛ばす。
(良し! もう一撃!)
アレクは、続けざまに議長府の建物の入り口に照準を合わせ、主砲の引き金を引く。
再び飛空艇の主砲が火を噴き、議長府の建物の入り口の扉を吹き飛ばす。
アレクたちユニコーン小隊は、議長府の建物の正面入り口前に飛空艇を強行着陸させ、飛空艇から飛び降りる。
アレクは、小隊の仲間たちに向かって叫ぶ。
「良し! 行こう!」
ルイーゼが答える。
「了解!」
アルが軽口を叩く。
「いよいよだぜ!」
ナタリーも口を開く。
「うん!」
ユニコーン小隊の八人は、走って議長府の建物に突入する。
議長府は、中世の大きな修道院に似た造りの建物で、廊下には赤い絨毯が敷かれ、様々なトラキアの装飾品が展示されていた。
アレクたちユニコーン小隊の八人は、その廊下を走っていくと、前に二人の警備兵が立ち塞がる。
二人とも大柄な戦士であり、一人は戦槌を、もう一人は戦鎌を持っていた。
戦槌を持った戦士が名乗りを上げる。
「我が名はアノレ、こちらはサヤァ。ここから先は通さんぞ!」
アルは小隊の先頭に出て二人の戦士に対峙すると、斧槍を大きく二回振り回して正眼に構え名乗りを上げる。
「我こそは『黒い剣士』こと帝国無宿人ジカイラが一子、アルフォンス・オブストラクト・ジカイラ・ジュニア! いざ!」
アノレが目を細めてアルを睨む。
「……ほぅ? 貴様があの『黒い剣士ジカイラ』の息子だと? 面白い!」
アレクは小隊メンバーに指示を出す。
「ナタリーとナディアは魔法で、ルイーゼは弓で、ドミトリーは支援魔法を!」
「了解!」
「前衛は近接戦だ! 来たぞ!」
前衛の四人は、武器と盾を構える。
ドミトリーが前衛メンバーに支援魔法を掛ける。
「筋力強化!」
アノレは、戦槌を大きく振り上げるとアルに向かって横殴りに振り下ろす。
アルは、左手に持った大盾で戦槌の一撃を受け止める。
「ウォオオオオ!」
鈍い金属音が響く。
大盾の陰でアルがアレクに話し掛ける。
「コイツ、力だけは凄い!」
「なるほど!」
もう一人の戦士、サヤァも戦鎌を大きく振り上げると、横殴りに振り下ろす。
トゥルムとエルザは、後ろに飛び退いて戦鎌の一撃を躱した。
トゥルムは呟く。
「……鈍いな」
エルザが答える。
「でも、当たると痛そうね!」
アルは、アレクたちの前で右手に持った斧槍を水平に構えると、口を開く。
「……アレク、ルイーゼ、ナタリー。次の攻撃でオレがチャンスを作る!」
「判った!」
「判ったわ!」
アレクは突撃する姿勢を取り、ルイーゼは弓に矢を番え、ナタリーは杖を構える。
アルは、左手に持つ大盾を床に投げ捨てると、腰を落として深く息を吸い込み、貯めの姿勢を取る。
再び、アノレは戦槌を大きく振り上げると、アルに向かって横殴りに振り下ろす。
アルは、ギリギリの位置で戦槌の一撃を潜ると、大きく踏み込む。
戦槌の一撃が、アルの兜に掠り、兜がはじけ飛ぶ。
(いくぜ! 一の旋!)
父ジカイラ直伝のアルの渾身の力を込めた斧槍の一撃が剛腕から放たれ、アノレの脇腹に食い込む。
アルの斧槍の刃先がアノレの鎧を貫き、肉を切り裂く。
「グアァアアアア!」
アノレが悲鳴とも雄叫びともとれる叫びを上げる。
ナタリーは、アノレに向けて手をかざして魔法を唱える。
ナタリーの掌の先の空中に三つの魔法陣が浮かび上がる。
「火炎爆裂!」
爆炎がアノレの体を包み、火達磨にする。
ルイーゼは、アノレに向けて弓に番えた二本の矢を放つ。
ルイーゼの矢は、アノレの左右両方の鎖骨の位置に突き刺さる。
アレクは、アノレの間隙をついて突撃して一気に間合いを詰めると、喉元を狙って剣先を下から上に突き上げる。
アレクの剣がアノレの喉を貫き、絶命したアノレは仰向けに後ろに倒れた。
残るもう一人の戦士、サヤァは戦鎌を大きく振り上げると、再び横殴りに振り下ろす。
トゥルムが三叉槍の刃先で戦鎌の刃先を捕え、切り結ぶ。
鈍い金属音が廊下に響く。
トゥルムは、サヤァと切り結んで力比べをしながら口を開く。
「……今だ!」
トゥルムの言葉でドミトリーが動いた。
ドミトリーは、ドワーフ特有の樽のような体で軽快に走り出すと、尻尾、背中、肩と蜥蜴人のトゥルムの体を駆け上がり、サヤァに向かって奇声を上げながら踵落としを放つ。
「キェエエエ!」
ドミトリーの踵落としがサヤァの顔面に炸裂し、サヤァは後ろによろける。
ナディアがサヤァに向けて手をかざし、召喚魔法を唱える。
「戦乙女の戦槍!」
ナディアの手の先に三つの光の球体が現れると、それは三本の光の矢に形を変えてサヤァへ目掛けて飛んでいき、その胸を貫く。
サヤァは、両手に戦鎌を持ってトゥルムと切り結んだまま、その場に両膝を着く。
「とどめよ! おりゃああああ!」
エルザは両手剣を構えると素早くサヤァの脇に回り込み、サヤァの首に両手剣の一撃を喰らわせる。
エルザの両手剣の一撃は、サヤァの首を斬り飛ばした。
アレクが口を開く。
「……勝ったな」
アルが答える。
「ああ」
トゥルムが呟く。
「やれやれ。すっかり、私は『踏み台』だな……」
ルイーゼが口を開く。
「政府要人を逮捕して、建物を制圧しないと!」
ドミトリーが答える。
「そうだな」
二人の警備兵を倒したユニコーン小隊は、議長府の建物の探索を再開した。




