第六十四話 首都急襲(一)
--翌日 早朝。
バレンシュテット帝国 辺境派遣軍 飛行艦隊群は、トラキア連邦の首都ツァンダレイの目前に迫っていた。
ジークとヒマジンは、飛行空母の艦橋からトラキア連邦の首都ツァンダレイを眺める。
石造りの重厚な城壁に囲まれた中世の城塞都市といった趣の街並みを一瞥する。
ジークが口を開く。
「ヒマジン伯爵。帝国機甲兵団は首都近郊の軍施設を叩け。東部方面軍に市街地を押さえさせて、教導大隊には政府関連施設を制圧させろ」
「判りました」
ジークの後ろに控えるソフィアが尋ねる。
「ジーク様。私たちはいかが致しましょうか?」
ジークは後ろを振り返り、ソフィアとその隣にいるアストリッドに微笑み掛ける。
「何もしなくて良い。そなたらは私の傍にいろ」
「はっ」
ジークは、既にトラキア連邦に対する帝国軍の勝利を確信していた。
--飛行空母内 居住区画 アレクの部屋。
アレクは、傍らにルイーゼを抱いて眠っていた。
昨夜、二人は深く愛し合ったため二人とも熟睡していた。
けたたましくドアをノックする音でアレクは目覚める。
「起きろ! アレク! ジカイラ中佐から呼集だ! 二十分後に戦闘装備で格納庫に集合!」
「了解!」
アレクは、ドア越しに聞こえたアルの声に返事をする。
アレクは、もう少しルイーゼと昨夜の余韻に浸っていたかったが、傍らに抱いているルイーゼをキスして起こす。
「んんっ……どうしたの? 呼集?」
「そうだ。二十分後、格納庫に」
ルイーゼは、指先でアレクの胸に文字をなぞりながら、拗ねたように呟く。
「……もう少し、このままでいたかったのに。残念」
ベッドから起きた二人は、身支度を整えて格納庫に向かう。
格納庫では、ジカイラとヒナがアレクたちが集合するのを待っていた。
ジカイラは、教え子たちが時間通り集まった事を確認すると任務の説明を始める。
「傾注! オレ達、教導大隊の任務は『政府関連施設の制圧』だ。飛空艇で政府関連施設に乗り込み、これを制圧する。小隊毎に別れ、担当する施設を制圧すること。小隊長は、自分の小隊の担当施設を地図で確認するように」
傍らのヒナが地図を掲示板に貼り出すと口を開く。
「従来の偵察任務とは違う。各員、対空砲火に注意するように!」
ジカイラは、地図を指し示しながら説明を続ける。
「帝国東部方面軍が市街地を、帝国機甲兵団が首都近郊の軍施設を制圧する。現時点では、政府関連施設に敵軍部隊の存在は確認されていない。各員、可能な限り、敵の政府要人や政府関係者は、発見次第、逮捕しろ。各機のナビゲーターは、担当施設の制圧で確認したことを記録。各小隊は、正午迄に任務を遂行すること。正午に各施設に揚陸艇が降下するので捕虜を乗せるように。以上だ!」
アレクが手を上げる。
「……中佐。質問、よろしいですか?」
ジカイラが答える。
「なんだ?」
「政府関係者を逮捕できなかった場合は?」
「……殺害しろ」
「了解しました」
アルは、少し興奮気味にアレクに話し掛ける。
「すげぇ! 政府関連施設の制圧任務か!」
アレクは苦笑いしながら答える。
「相手は武装した軍隊じゃないし、そんなもんだろ」
アレクたちは掲示板の前に行き、自分たちの小隊が担当する施設の位置を確認する。
エルザは地図を書き写しながら、二人に話し掛ける。
「私たちが制圧を担当する『議長府』って、何の建物なの?」
エルザは獣人三世であり、人間の政府や統治機構について詳しくは知らなかった。
アルが答える。
「『首相官邸』といったところかな」
ナディアが怪訝な顔をする。
「『首相官邸』って……?」
獣人三世のエルザと同様に、ナディアもエルフであり、人間の政府や統治機構について詳しくは知らなかった。
トゥルムは驚く。
「『議長府』だと!? それは、国家元首がいるところではないか! 敵の国家元首を逮捕することが我々の任務とは!」
トゥルムの意見にアレクも驚く。
「……なるほど。『逮捕』できなければ『殺害しろ』か。……確かに」
ルイーゼは地図を見ながら呟く。
「今の私たちのいる場所がここ。街の外の飛行空母」
ルイーゼは、小隊の仲間たちが頷くと解説を続ける。
「私たちユニコーン小隊は、この飛行空母から真っ直ぐ進んでここまで行くっと。街の真ん中の施設、議長府の担当ね」
アレクたちは、地図で自分たちが担当する施設と飛行ルートを確認すると、出発時刻が近いこともあり自分たちが乗る飛空艇のところへ行き、乗り込む。
アレクは、小隊全員が飛空艇に乗り込んだ事を確認すると整備員に告げる。
「ユニコーン小隊、出撃します!」
「了解!」
整備員は、同僚と共にアレクたちが乗る四機の飛空艇をエレベーターに押して乗せると、同僚の整備員に向かって叫ぶ。
「ユニコーンが出る! エレベーターを上げろ!」
整備員が動力を切り替えると、飛行甲板に向けてアレクたちが搭乗する四機の飛空艇は、エレベーターで上昇していく。
程なく、アレクたちが搭乗する四機の飛空艇は、飛行甲板に出る。
上空の冷たい風がアレクの顔を撫でる。
アレクは、伝声管でルイーゼに告げる。
「行くよ。ルイーゼ」
「うん。……アレク」
「ん?」
「……愛してる」
「ルイーゼ。オレも愛してる。無事に帰ろう!」
「発動機始動!」
アレクは、掛け声と共に魔導発動機の起動ボタンを押す。
魔導発動機の音が響く。
ルイーゼが続く。
「飛行前点検、開始!」
ルイーゼは掛け声の後、スイッチを操作して機能を確認する。
「発動機、航法計器、浮遊水晶、降着装置、昇降舵、全て異常無し!」
ルイーゼからの報告を受け、アレクは浮遊水晶に魔力を加えるバルブを開く。
「ユニコーン・リーダー、離陸!」
アレクの声の後、大きな団扇を扇いだような音と共に機体が浮かび上がる。
「発進!」
アレクは、クラッチをゆっくりと繋ぎ、スロットルを開ける。
プロペラの回転数が上がり、風切り音が大きくなると、アレクとルイーゼの乗る機体ユニコーン・リーダーは、加速しながら飛行甲板の上を進む。
やがて飛行甲板の終わりまでくると、二人の乗るユニコーン・リーダーは大空へと舞い上がった。
二人の乗るユニコーン・リーダーは飛行空母の上を旋回して、小隊の仲間が離陸してくるのを待つ。
直ぐにアルとナタリーが乗るユニコーン二号機が飛行空母を発進し、上昇してくる。
続いて、ドミトリーとナディアが乗るユニコーン三号機とエルザとトゥルムが乗るユニコーン四号機が飛行空母から発進して上昇してくる。
四機全てが揃ったユニコーン小隊は編隊を組むと、自分たちが制圧を担当する議長府を目指して向かった。




