第五十九話 黒死病の村
アレクたちユニコーン小隊は、一時間程で偵察を担当する村の上空に到達する。
ルイーゼが地図を確認して、アレクに報告する。
「アレク、作戦地域に到達したわ!」
「了解! これより作戦行動に移る。ルイーゼ、僚機に手旗信号で伝達。『作戦開始』」
「了解!」
ルイーゼが手旗信号で偵察任務の開始を各機に伝えると、小隊の各機はアレクたちのユニコーン・リーダーに続いて低空飛行に移った。
アレクが口を開く。
「高度一〇〇、目標高度に到達。これより偵察を開始する!」
「了解!」
アレクたちは一定間隔で編隊を組み、低空飛行で地上の村の様子を偵察する。
作戦目標の村は、ヨーイチ男爵領の開拓村と、あまり変わらない佇まいであった。
村には、ほとんど人の姿が見当たらない。
村の上空を何回か周回して偵察を続けたところで、ルイーゼが口を開く。
「アレク。あれは……?」
アレクは、ルイーゼが指で指した、村の広場の方を見る。
驚いたアレクが口を開く。
「まさか! 広場に積まれてあるアレって、全部、人か!?」
「ええっ!?」
村の広場に積み上げられていたのは、無数の人間の死体であった。
上空から見たのでは、細部までは確認できなかったが、人間の死体であるのは間違いないと思われた。
アレクたちが村の上空を旋回するのを見た村人たちが、白旗を手に持って家から通りに出てくる。
ルイーゼが口を開く。
「白旗!? ……どうやら、村の人に交戦する意思は無さそうね」
アレクが答える。
「だといいけど。……とりあえず降りてみよう」
アレクたちユニコーン小隊は、村の郊外に飛空艇を着陸させる。
アレクたちが飛空艇から降りると、村人たちは白旗を手にアレクたちの元にやって来て、跪いてひれ伏す。
先頭の村長らしき者が口を開く。
「騎士様。何卒、私たちをお救い下さい」
アレクは片膝を着いて、ひれ伏す村長に声を掛ける。
「この村で、一体、何があったんだ?」
村長は、顔を上げてアレクに答える。
「……疫病です。死の病です。鼠人の襲撃は、連邦軍の助けで退けました。しかし、その後、この疫病が流行して多くの村人が死にました」
アレクは村長に尋ねる。
「連邦軍は?」
「疫病が流行り出すと伝染を恐れて、この村から去っていきました」
アレクは立ち上がって、自分たちの前にひれ伏している村の人々を見る。
皆、一様に痩せこけており、苦労していることが見て取れた。
ルイーゼは村長に尋ねる。
「あの村の広場に積み上げている死体の山は?」
「疫病で死んだ者たちです。村の郊外の墓地に移すと、死体を狙って鼠人たちがやって来るので……」
アレクたちは、村人たちと共に村の中に入ると村の様子を見る。
アレクたちが村の通りを歩いて行くと、村の家々や通りのあちこちに疫病による病死体があった。
疫病による病死体は、体の至る所が壊疽によって、真っ黒に変化していた。
病死体を見たドミトリーは思わず口を開く。
「これは……? 黒死病!?」
アレクはドミトリーに尋ねる。
「黒死病?」
ドミトリーは周囲に語る。
「そうだ。 体の至る所が壊疽によって、真っ黒になって死ぬという『死の病』だ。 この病に罹ると、まず助からない。 みんな、絶対にこの村の病死体に触るな。 動物の死体にもだ」
真剣な表情で力説するドミトリーに、いつもはフザけているエルザとナディアも素直に聞き入る。
「……判ったわ」
ナタリーはドミトリーに尋ねる。
「どうして、この村で黒死病が?」
ドミトリーが説明する。
「……黒死病は、鼠が多い地域で流行するのだ。恐らく、鼠人たちが感染源だろう」
アルは苦笑いしながら口を開く。
「作物や家畜どころか人間まで食べ尽くした挙句、活動した地域で黒死病を巻き散らすとか。……鼠人って、どんだけ迷惑な連中なんだ」
アレクたちと村長たちが話していると、家の中から奇抜な格好をした者が現れる。
「おや……? そこの僧侶は、私よりも黒死病に詳しいようですね」
細長い杖を手に持ち、全身をフードが付いた黒い革のロングコートで覆い、顔には仮面を付けていた。
その仮面は、目の位置に秘密警察のような丸いレンズを二つはめ込み、口の位置には、細長い鳥のくちばしのような形になっていた。
アレクたちは、家の中から現れた者を警戒して戦闘態勢を取る。
奇抜な格好をした者は、慌てて自己紹介をする。
「皆さん、落ち着いて下さい。私は怪しい者ではありません。私は『黒死病医』です」
剣を構えたまま、アレクが口を開く。
「……その格好で『怪しい者ではありません』と言っても、説得力が無いだろう」
「少々、お待ち下さい」
その者は、そう言うと奇抜な仮面を外し、被っていたフードを退け、アレクたちに顔を見せる。
東洋風の黒目黒髪の顔立ちの青年であった。
顔を見せたこともあり、アレクたちは構えていた武器を降ろす。
「申し遅れました。私、黒死病医のマイロと申します。皆さんは……連邦軍ではありませんね? その帝国騎士の装備を見ると……」
アレクは、マイロに答える。
「バレンシュテット帝国辺境派遣軍だ」
「やはり。そうでしたか」
マイロは、今までの経緯をアレクたちに話す。
マイロの話しでは、マイロは連邦軍と一緒にこの村に来たが黒死病に苦しむ住民を見捨てることができず、連邦軍が去った後もこの村に留まったとの事であった。
マイロはドミトリーに話し掛ける。
「僧侶の方。バレンシュテットの医学は、トラキアよりも遥かに進んでいるようですね。是非ともご教授願いたい。黒死病による病死体は、どの様に処理したらよろしいか、ご存じありませんか?」
ドミトリーはマイロに答える。
「異論はあるだろうが、黒死病の流行を防ぐには、火葬にしたほうが良いだろう。病死者が着ていた衣服も燃やしたほうが良い」
「……なるほど。これ以上の流行を防ぐには、どのようにしたらよろしいでしょうか?」
「患者を隔離し、衛生に注意しろ。糞尿は道路や戸外に巻き散らすのではなく、人家から離れた場所で一か所に集めて肥料にするように。鼠が群がるような環境はダメだ。衣服や頭髪は清潔にして、ノミやシラミが湧かないようにするのだ」
ドミトリーの話にマイロは深く頭を下げる。
「なるほど。流石、バレンシュテット帝国ですね。ご教授に感謝致します」
ドミトリーの解説を聞いていたエルザとナディアは感心する。
「ドミトリー、凄い!」
「ただのハゲじゃなかったのね!」
二人の言葉に顔を引き吊らせながら、ドミトリーが答える。
「拙僧も、まだまだ修行中の身。……しかし、我々も早くこの村から立ち去ったほうが良い。……それにしても、黒死病の流行とは! もはや、戦どころではないぞ!?」
アレクは小隊に指示を出す。
「そうだな。ドミトリーの言うとおりだ。皆、飛行空母に戻ろう」
アレクはマイロに話す。
「もうすぐ帝国軍が来る。救護班を寄越すように話しておくよ」
マイロはアレクたちに頭を下げる。
「ありがとうございます。お世話になりました」
アレクたちは、飛空艇に乗り込む。
トゥルムは、ドミトリーに尋ねる。
「鼠人はバレンシュテット帝国でも暴れていたが、何故、帝国では黒死病が流行しなかったんだ?」
ドミトリーが答える。
「……『魔法科学文明』による『公衆衛生』の違いだ。黒死病は、※(注)鼠が運ぶと言われている。帝国には、鼠が蔓延る環境が無いだろう? ……上下水道があり、魔導石によりお湯を沸かして入浴する習慣がある。しかし、他国には上下水道は無く、糞尿や残飯は戸外や路上に撒き散らすうえ、入浴するような習慣は無い。その違いだ」
(※ペスト菌を保有する、ネズミなどのげっ歯類から『ネズミノミ』を介して感染します)
ドミトリーの説明にトゥルムは感心する。
「なるほどな……」
アレクたちユニコーン小隊は、飛空艇で飛行空母へ帰還の途に着いた。




