第三十八話 男爵領 中央部東側 開拓村 防衛戦(三)
--深夜。
開拓村の祝勝会を楽しんだアレクたちは飛行空母に戻り、それぞれの部屋で眠りに就いて休んでいた。
ドアをノックする音でアレクが目覚める。
エルザであった。
「アレク、ルイーゼ。起きた? 私たちの当直の時間よ」
「判った。すぐ行く」
アレクはそう答えると、傍らのルイーゼを起こして装備を整える。
「ルイーゼ。当直の時間だ。行こう」
二人は装備を整えると、部屋から廊下に出る。
アレクとルイーゼが最後だったようで、他の小隊の仲間たちは準備を終えて、廊下で二人を待っていた。
メンバーが揃ったユニコーン小隊は、格納庫へ行くと四機の飛空艇に乗り込む。
整備員たちがアレクたちの乗る飛空艇をエレベーターに動かし、エレベーターを上昇させて飛行甲板に飛空艇を出す。
アレクたちが乗り込む四機の飛空艇が、下弦の月が照らし出す飛行甲板を進んで行く。
飛行空母が滞空する高度の高い上空は、地上より気温が低く、冷えた凍てつく空気がアレクたちの頬を撫でる。
アレクが口を開く。
「行くよ。ルイーゼ」
「うん」
アレクたちは飛行甲板から離陸して上空で編隊を組むと、決められた飛行ルートを飛び、哨戒任務を始める。
アレクはルイーゼを気遣う。
「ルイーゼ。寒くない?」
「大丈夫」
ユニコーン小隊は、決められたコースに従って小一時間ほど哨戒を続け、開拓村の北西部にある原生林の中を通る道路の上空に差し掛かる。
ルイーゼは、ふと地上を見ると、道路の上で動いている『何か』に気が付く。
(何? あれ?)
ルイーゼがアレクに話し掛ける。
「アレク、森の中の道路に何かいる!」
アレクは、ルイーゼが指差す方向に目を向ける。
ところどころ原生林の茂みが道路を覆っているが、薄暗い月明かりの中、夜の道路を隊列を作って進む『何か黒い物体』がいた。
(なんだ? アレは?)
アレクは、ルイーゼに指示を出す。
「ルイーゼ、照明弾!」
「了解!」
「用意! …………撃て!」
ルイーゼはアレクの号令で、原生林の中を通る道路に向けて照明弾を撃つ。
飛空艇から発射された照明弾は、落下傘を広げると徐々に降下して、眩い光が原生林の中を通る道路を照らし出す。
アレクたちに夜の道路を進む『何か黒い物体』の姿が見えてくる。
それは、鼠の頭を三つ持ち、四本の前足と二本の後足、太く長い鼠の尻尾を持つ、河馬ほど大きさの化物の群れと鼠の頭を持った巨躯の化物たちであった。
道路を隊列を組んで進む化物たちの周囲を鼠人たちが続いて歩いていた。
アレクが驚く。
「まさか! 鼠人の合成獣か!?」
ルイーゼが尋ねる。
「合成獣!? あんなにたくさん!?」
それに人間の倍の背丈はある、鼠の頭をした食人鬼の隊列。
アレクが続ける。
「……奴ら、道路を北西に向かってる。確か、あの先には、別の開拓村が!」
ルイーゼは、手元の照明で地図を照らしてアレクの言葉を確かめる。
「アレク。確かに北西に別の開拓村があるわ!」
ルイーゼからの報告を聞き、アレクは考える。
(……どうする? このまま、空から敵部隊を追うか? それとも、空母に戻って中佐や大尉に報告するのが先か?)
アレクは決断する。
「……ルイーゼ、一旦、空母に戻ろう。敵軍の移動をジカイラ中佐かヒナ大尉に報告しないと、大変な事になる!」
「了解!」
アレクたちユニコーン小隊は、飛行空母に引き返した。
飛行空母に戻ったアレクたちは、敵軍の発見と移動をジカイラに報告する。
ジカイラは、アレクたちに休むように告げると、ジークの元へ向かう。
廊下を歩きながら、ジカイラは考える。
(敵軍に鼠合成獣や鼠食人鬼がいるとは……)
ジカイラはジークの部屋をノックする。
「殿下。お休みのところ、失礼します」
「どうした?」
「哨戒機が敵部隊の移動を発見しました。原生林の中を北西の開拓村に向かっているようです」
「判った。すぐ行く」
ジークは身支度すると、ジカイラと共に艦橋へ向かう。
艦橋に赴いたジークは、ヒマジンや将校たちを呼ぶと直ぐに緊急の軍議を開く。
ジカイラが艦橋に集まった者たちに地図で指し示しながら状況を説明する。
敵軍に鼠合成獣や鼠食人鬼がいるという情報は、少なからず帝国辺境派遣軍を動揺させた。
ジークが口を開く。
「夜間、原生林の中を移動しているのは、恐らく敵の主力部隊だろう。飛行戦艦と飛行空母、ヒマジン伯爵の陸戦隊を北西の開拓村へ向かわせる。無論、私も行く。」
ジカイラが尋ねる。
「この村は?」
ジークが答える。
「この村には、教導大隊を残す。ジカイラ中佐、後を頼む」
「了解」
帝国辺境派遣軍の方針が決まったため、帝国軍は直ちに作戦行動に移る。
深夜に非常呼集が掛かって起こされた教導大隊の学生たちは、皆、眠そうであった。
教導大隊が揚陸艇に分乗して地上に降下すると、飛行戦艦と飛行空母は、北西の開拓村を目指して移動し始めた。
揚陸艇は村の郊外に着陸する。分乗して地上に降下した教導大隊は、揚陸艇の中で一晩を過ごした。
揚陸艇は、蒸気戦車を格納できるほどの結構な大きさと広さがあり、アレクたちユニコーン小隊は、戦闘装備のまま揚陸艇の格納庫の座席に座って眠りに就く。
ルイーゼはアレクの傍らでアレクの肩に寄り掛かって眠る。
アルとナタリーも同様であった。
--翌日の早朝。
未開の原野が連なる地平線に朝日が昇り始める。
ユニコーン小隊が眠りに就く揚陸艇の格納庫の中に、突然、警報が鳴り響く。
伝令が叫ぶ。
「敵だ! 鼠人の軍勢が攻めて来たぞ!」




