【夜逃げ聖女2発売記念SS・WEB版限定】
Epilogue後の日常SSです。
<注>こちらはWEB版バージョンのストーリー分岐
ですのでご注意ください。
書籍版ではギル・エリィの結末が大きく異なります!!
『魔狼騎士』――私の夫ギルベルトを、その通り名で呼ぶ人は多い。
魔狼というのは、瘴気を吸って魔獣と化した狼のこと。大柄な体躯と残忍な気質、そして刃物を思わせる銀の毛並みが特徴だ。
『魔狼騎士ギルベルト・レナウは魔狼のように残虐で、血も涙もない男だ』――彼が侯爵位を得てから久しいが、未だにそのように誤解して恐れる人は少なくない。彼の騎士としての徹底した仕事ぶりや屈強な体格、鋭い眼光や銀髪を見て、人々はそのように思い込んでしまうらしい。
(本当のギルは、とても優しい人なのに……)
ダイニングで彼と一緒に朝食を取りながら、私は思考に耽っていた。
実際の彼は騎士の職務でありつつ情け深く、強さと優しさを兼ね揃えた人だ。そんなギルが他人から誤解されるのが、私は不本意で堪らない。
しかし、ギル本人は風評への関心が薄いようで、「言いたい奴には言わせておけばいい」というスタンスを貫いている。彼は器が大きいのだ――そういうところもまた、ギルの魅力だと私は思う。
(ギルの良いところなら、幾つでも挙げられるわ。意外と可愛いもの好きで、お茶目なところもあって。それにこの前は……)
などと思い巡らせていたそのとき。
「エリィ?」
朝食を口にしていたギルが、私に声をかけてきた。
「何か考えているようだが、どうした?」
「え?」
あなたの素敵なところを数え上げていたの。……と正直に答えるのは何だか恥ずかしかったので、私は笑ってお茶を濁した。
「なんでもないわ。今日の遠乗りが楽しみだな、と思っただけよ」
ギルも優しく目元を綻ばせる。
「ああ。朝食が済んだら出かけよう」
レナウ侯爵領の当主であるギルと、大聖女である私。ともに要職に就く私たち夫婦は多忙な日々を過ごしており、一緒にゆっくり過ごせる時間は多くない。しかし今日のように揃って休みを取れる日は、馬で遠乗りをすることにしている。
「それでは、出発しよう」
出掛る準備を済ませた私たちは、屋敷を出た。ギルは私を馬の鞍に座らせ、自身も私の後ろに乗ると馬の腹を静かに蹴って走らせ始めた。
「ギル。今日はどこに行くの?」
「とっておきの場所だ。先日の領内視察のときに見つけて、今度エリィと行きたいと思っていた」
精悍な美貌に淡い笑みを咲かせ、ギルは私にそう言った。
ギルが連れて行ってくれたのは、領内にある湖畔だった。目的地に到着すると、私たちは馬から下りて歩き始めた。私の手には、今朝早起きして準備したサンドウィッチ入りのバスケットが握られている。
大きな湖と深緑の彩り豊かな景観を楽しみながら、私はギルに導かれて進んだ。
「――ここだ」
ギルが案内してくれたのはとても眺めの良い場所で、切り株がふたつ並んで腰掛けられるようになっていた。
「とても綺麗な場所! ありがとう、ギル」
「気に入ってくれたなら良かった」
きらめく湖畔を二人で眺め、ゆったりと会話しながら軽食を楽しむ。最高のひとときだ。サンドウィッチを食べていると、ちちち、と愛らしい小鳥の鳴き声がすぐそばで聞こえた。
どこからともなく現れた一羽の小鳥が、私の足下に落ちた小さなパン屑をついばんでいる。
「かわいい」
私は静かにバスケットに手を伸ばし、中からパンの欠片を取り出した。小さく千切って手のひらに乗せ、そっと腕を伸ばす。そのまま、じっと待っていると……
ちちち、と鳴いて、その小鳥が私の手に飛び乗ってきた。なんてかわいいのだろう。
「ねえ、ギル。ほら、とってもかわい……」
しばらく小鳥に見入っていた私は、ギルのほうを振り向いた。そして次の瞬間、びっくりして言葉を失ってしまう。
(ギル……!?)
いつの間にやらギルの両肩や頭、膝の上には、たくさんの小鳥やリスが集まっていた。
「……昔からそうなんだ」
と、ギルは少し気恥ずかしそうに頬を染めながら、ボソッと呟いた。
「どういう訳だかこういう場所で俺が休むと、よく動物が集って来るんだ」
「集るって……」
まるで、甘い物に群がるアリみたいな言い方だ……私は思わず笑ってしまった。
集まってきた動物たちをそっと追い払おうとするギルを、私は止めた。
「なんだか微笑ましいから、もう少しこのままで。……ね?」
「そうか? エリィが言うなら、構わないが」
「きっとギルの優しさが、動物たちにも分かるのよ」
――そう、ギルはとても優しい人なのだ。
彼を『魔狼騎士』として恐れている人も多いけれど、一方では彼の優しさも強さも、すべて理解している人もたくさんいる。ギルのお兄様である国王陛下や、ザクセンフォード辺境伯閣下、辺境騎士団時代からの仲間達。それに、ギルの治めるこの領内の民もまた、彼を慕って敬っている。
(これからもきっと、さらに沢山の人がギルを理解してくれるようになるはずだわ)
そんなふうに思っていると、ギルの肩で憩っていた小さなリスが、ちょろちょろと動いて私の肩に跳び乗ってきた。
「ふふ。くすぐったい」
「エリィの優しさが動物にも分かるんだろうな」
とても穏やかで、幸せなひとときだ。
私とギルは動物たちに囲まれながら、一緒に笑い合っていた。
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