90.勝利と恐怖
フレイの善戦により、アルトが持つ最も強力な魔法を封じることに成功していた。
しかし、それでも勝算はまだ浅い。
一番の戦力であるフレイに、もはや戦線を維持する体力は残っていない。
少し離れた場所で、セシリアに看病されていたフレイが言う。
「セシリア……さん……俺の体力回復させる魔法とか、ないの?」
「聖女の力はそういうのじゃないんです……浄化する力と結界を張るだけなので。せめて、アルトさんに邪悪な気とかあれば別なのでしょうけど……」
「アハハ……そりゃ、確かにないね。アルトくんは邪悪と無縁だし」
セシリアは唯一無二の力ではあるものの、この場においては無力だった。
作戦を立てたヴェインが、微笑む。
「セシリアさん、問題ないよ。僕が立てた作戦なら勝てる……フレイがここまでお膳立てしてくれたんだ」
もしここで負けてしまえば、ヴェインはフレイに合わせる顔がない。
(僕はいつまでも、フレイの後ろを着いて行く人間じゃない)
覚悟は決まっている。
不安要素を除いて、ヴェインはそれだけの自信があった。
「まぁ……あの二人が協力してくれればだけど……」
「ウルクさんとウェンティさんですよね……」
はぁ……とヴェインが溜め息を漏らす。
「あの二人、仲良くやって欲しいんだけどなぁ……今だけで良いからさ」
*
今回ウェンティが持ち込んだものは相手を束縛する投擲武器だ。
「この投擲物の名は、その名も【果植縛弾】よ! さぁ、投げなさい!」
錬金術師は、何も【調合】だけが仕事ではない。
魔法の道具を作ったり、独自に錬成した魔石を使ったりする。
ウルクがそれを投げつけるも、発動せずに道具が落下する。
そうして、偽アルトの足元へ転がった。
『……』
数秒の沈黙をウルクが破る。
「おい、発動しないぞ」
「…………そういうこともあるわよ」
ウェンティが視線を逸らし、腕を組んだ。
「さっき『ちょっとは信じなさいよ』と言っていただろう!?」
「うるさいわね! 私だって発動しないなんて思わなかったわよ!」
「そういう慢心は没落しても変わらないのだな! 見損なったぞ!」
「あんたに認めて欲しいだなんて思ってないわよ!」
二人で喧嘩を始め、言い争う。
それを見ていた偽アルトが仲裁しようとする様子を見せていた。
『……っ! ……っ!』
傍から見ていたフレイが言う。
「うん……偽物だけどちゃんとアルトくんだね……慌ててる」
「なぁ……あの二人、緊張感はないのか?」
すると、偽アルトの足元に転がっていた道具が光る。
パァンッ! と音が鳴り、偽アルトを包み込むように捕縛する。
『っ!?』
時間差による攻撃と、咄嗟のことで反応ができず【果植縛弾】に偽アルトは捕まる。
「───ッ!!」
ウルクは咄嗟に地面を蹴り、大剣を振るう
距離を取ることができない偽アルトは剣を引き抜いて、【果植縛弾】を切り裂いた。
キィィンッ……。
鍔迫り合い、火花が散る。
ウルクが言う。
「数秒も押さえておけないのか……! この道具は!」
その言葉にイラッとしたのか、ウェンティがこめかみに怒りを浮かべた。
「私が黙って聞いてれば……ムカつくわね!」
ウルクの背後から、【果植縛弾】を投げつけてくる。
「おい! なぜ私の後ろから投げてくるんだ!」
「あんたも当たってみれば良いのよ! これはそう簡単に解けるような代物じゃないのよ! 特殊な植物から採取したんだから! アルトが異常なのよ!」
偽アルトとウルクは距離を取り、【果植縛弾】から逃れる。
またも喧嘩が始まりそうな空気に、ヴェインが声を張り上げた。
「あまり時間を掛けないでくれよ! 偽アルトの体力が回復してしまう!」
渋々……と言った様子で、ウルクが鼻を鳴らした。
「真面目にやれ」
「やってるわよ……少しうまく行かないだけで」
「分かっている。貴様が努力していることくらい」
「えっ……」
「頑張っている人間に、これ以上頑張れとは言わない」
私はてっきり、『もっと努力しろ』と言われるのだと思った。
それに、私は氷の令嬢に嫌われているから。
でも、イスフィール家のお茶会で、ラズヴェリー侯爵に詰め寄られた時……氷の令嬢が助けてくれた。
氷の令嬢は私を認めている。なのに私は……まだ、これを言ってない。
「ねぇ、だいぶ前かもしれないけど、イスフィール家のお茶会の時……ラズヴェリー侯爵に詰め寄られたことがあるじゃない?」
ウェンティは静かに拳を握りしめる。
「その……遅くなったけど、助けてくれてありがとう」
ウルクが振り返った。
まさか、お礼を言われるとは思っていなかったのだろう。
ウェンティが自らお礼を言った。
「前も言っただろう。アルトが貴様を家族だと言った。だから、守っただけのことだ」
「ふっ……不器用ね、あんた」
大量の【果植縛弾】を懐から取り出す。
「今度こそ、やるわよ……氷の令嬢」
*
大量の【果植縛弾】が地面に転がる。
一瞬でも距離を間違えれば、【果植縛弾】が発動し対象者を拘束する。
そんな中で、ウルクは果敢にも攻めていた。
(一歩踏み間違えれば、ウェンティの【果植縛弾】で身動きが取れなくなる……! だが、それは偽アルトも同じこと!)
さらに距離を詰める。
偽アルトは下手に距離が取れない以上、攻撃を受け流すことしかできない。
剣戟が走り、火花が散る。
偽アルトは後退しながら、器用に【果植縛弾】を避けて動いていた。
一撃、たった一撃がウルクたちには果てしなく遠い。
大剣を振るう。
ウルクが思う。
(私は、アルトの後ろに立っていたい訳じゃない……!)
ザッと一歩、足を踏み込んだ。
「やぁぁぁっ!」
『っ!!』
ウルクが剣を振り上げた。
とてつもない気迫に押され、偽アルトが後方へ飛ぼうとした。
だが、その背後をウェンティが捕らえていた。
「逃がさないわよ、アルト!」
【果植縛弾】を投擲する。
『いあ……ッ!?』
偽アルトの動きが止まる。
フレイとの戦闘、【氷柱封印】によるダメージ。
蓄積されたダメージにより、腕は言う事を利かなくなっていた。
ポンッ……とぶつかり、【果植縛弾】が偽アルトを束縛した。
ウェンティが微笑む。
(見せ場はあんたにやるわよ……ウルク)
ウルクは凛とした表情で、大剣を振り下ろした。
……
…
偽アルトは静かに佇んでいた。
血などは出ていないようで、怪我したところは光の粒が見える。
どこか満足げに、偽アルトは微笑んで消滅していく────。
「はぁ~! 疲れた~! アルトって敵になると、こんなにも厄介なのね」
ウェンティがその場にへたれ込んだ。
ウルクは少し不満そうな表情をしていた。
「最後に偽アルトに手加減されたように感じた……本物のアルトなら、あそこから逃げられたはずだ」
「良いんじゃない? 偽アルト、なんか最後満足げだったわよ?」
フレイが傍による。だいぶ回復したようで、立ち上がることができたようだ。
「たぶんだけど、それは……二人が共闘していたからだと思うよ」
「なによ、それ」
(アルトくん、ずっと二人が仲良くなって欲しいって思ってるみたいだしね)
だが、フレイはそのことを口にしない。
「とりあえず、俺たちは勝ったんだ。それで良いだろう?」
勝てる筈のなかった戦いに、勝利することができた。
自分たちは強くなったと、胸を張って言えることができる。
「ところで……アルトはどこにいるんだ?」
「そういえば……っ!?」
突如、空間が切り替わり、森林になる。
ヴェインが呟く。
「ここは……滅尽の樹魔と遭遇した森……?」
何かが飛んで来る。
────バコォォンッ!!
そうして、大きな砂煙がその場を襲った。
大きな衝撃に全員が驚き、身構える。
勝利の余韻に浸る暇すら与えてはくれない。
「おや、ダンジョンの壁をぶち破ってしまったかの」
聞き慣れない声が届いた。
砂埃の中から、人影が現れる。
「アル……ト?」
ウルクがいつも見ているアルトは、笑顔で、少しでも落ち込んでいると気にしてくれるような姿だった。
(こんな……殺気立ったアルトを見るのは、初めてだ……)
アルトが血を吐き出す。そうして、口角を拭った。
低い声が響く。
「カリンさん……本気なんですか」
「儂は嘘はつかぬ。手加減も、子ども騙しも嫌いでな」
カリンは紅き剣を肩に背負い、斜に構えた。
「その舐め腐った根性が治らぬのなら、お主の大事な者を殺す」
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