68.ローテーション
その日、礼儀作法のために使われているサロンは大賑わいだった。
学園の人気者から指導してもらえるとのことで、貴族の生徒たちまでも集まっていた。
「フレイ様からご指導いただけるなんて……」
「よ、喜んでもらえるのは嬉しいんだけど、集中してくれないかい? あと、ナフキンの形間違ってるよ」
フレイは苦笑いを浮かべつつ、テーブルマナーを教えて行く。
もはや閑散とした場所でなく、一種のパーティー会場のように見えた。
俺の名前が呼ばれる。
「あ、あの……俺たちはアルト様が教えてくださるんですよね?」
平民と思われる生徒たちが、アルトに話しかける。
大貴族であるフレイやヴェインたちに教わるのが少し怖いらしい。
(それ以外の面子と言えば、怖がられているレフィーエ先生とレア王女殿下……話しかけるには難易度が高いのかな?)
俺は朗らかに笑う。
「ただのアルトで良いですよ」
その言葉を聞くと、ぱっと表情が明るくなる。
女子生徒が言う。
「ア、アルトくんからの指導でも受講したことになるって本当ですか?」
「一応、分野ごとに受講してもらって、お配りした受講チェックシートに俺が記入すれば受講したことになります。もちろん、レフィーエ先生と学園長には許可を取ってますから」
フレイが手を回してくれたらしく、許可が取れた。
「それで、アルトくんの所では何が習えるんですか?」
「えぇっと……俺の所はですね」
不愛想なウルクへ視線を向ける。
フレイはテーブルマナーを、ヴェインはダンス講座を。
レフィーエ先生とレア王女殿下はそのサポートに回っている。
俺とウルクは……。
「貴族との会話ですよ」
確かに、礼儀作法も大事だが、最も大事なのは会話だ。
相手に失礼のない言葉遣いや言い回しが社会では重要視される。
特に上下関係の厳しい貴族に、失礼なことを言えば職を失う可能性だってある。
ウルクが頬を膨らませる。
「なぜ私なんだ……人との会話なんて苦手なんだぞ」
「だからこそ、レア王女殿下はウルクを選んだんじゃないかな」
フレイやヴェインでは会話で詰まることなんてないだろうし。
それに学園の生徒は二人の人となりを知っている。気楽に話せてしまう可能性だってあった。
「……それなら分かったが、なぜアルトまで」
「俺はどうにも執事だった頃の癖が抜けないみたいで。たまに使用人みたいな口癖で喋るでしょ? そこをレフィーエ先生から治せって言われちゃって」
貴族なら貴族らしい口調を使うべき、と言われた。
とは言っても、威張ったような口調で喋れば良いのかなぁ……。
「二人で一緒に頑張ろう、ウルク」
「……そうだな。アルトと一緒なら頑張れる気がする」
ウルクが軽く笑う。
その光景を見ていた女子生徒がつぶやく。
「素敵……」
地獄耳を持つレアが、その言葉を聞きつけ、横からスッと現れる。
「アルト様? 良かったら、この道具をお使いください」
「……眼鏡? 何に使うんですか?」
「まずは雰囲気から、いつも通りでは難しいでしょう?」
「なるほど! ありがとうございます!」
俺は試しに眼鏡をかける。
いつもと違う感じはするな。
「せっかくですので、服や髪型なども変えてみましょう」
パチンッ、とレアが指を鳴らすと、何人もの使用人が現れる。
あれやという間に、俺は髪型や衣装まで変えられていた。
「わぁ……豪華な白い服ですね。良いんですか?」
「アルト様、もちろんです! これで名実ともに私の白馬の王子様────」
レアの頬をウルクが引っ張る。
「むぐぐっ……な、何をするんですかウルク!」
「それはこちらの台詞だ。レア、アルトは着せ替え人形じゃないんだぞ」
「では、あのアルト様の姿を見なくても良いと?」
「………………それは見る」
「でしょう!?」
何やら二人で盛り上がっているが、待たせている生徒たちに向き直る。
なぜか女子生徒たちが目を輝かせているが、俺は気にせず言う。
「俺は誰からでも構いませんから、座って話しましょうか」
そう言って手を伸ばすと、女子生徒たちが俺の手を掴む。
「わ、私が先に受けます……」
「ちょっと! 先に並んでたんですけど!」
若干、女子同士のにらみ合いが起こる。
「あ、あの……一人ずつですから……」
貴族らしい口調を意識して喋る余裕あるかな……。
*
今日の指導を終えたフレイが、一息吐く。
隣に居たヴェインも同様に疲れたようで、乾いた笑い声をあげた。
「大変すぎるな、フレイの方はどうだった? 僕はちょっとキツいよ」
「ははは……女の子たちが話をまともに聞いてくれないからね……」
ヴェインはふと、あることに気付く。
「そういえば、アルトの方は……」
そう思い、アルトへ視線を向ける。
「筋肉痛などでしたら、お風呂の時によく身体をマッサージしてあげてください。血流が良くなって────」
「そ、そうなんですね……! アルトくん、ありがとうございます!」
「いえ、お安い御用ですよ! 次の方、どうぞ!」
「あ、あの……最近彼氏との折り合いが悪くて……」
フレイとヴェインが驚く。
「あ、あれ……? 貴族との会話を練習するんじゃ……」
「僕の目が間違ってなければ、いつのまにかアルトくんの相談室になってるよね」
並んでいる生徒たちの中には男子も多く、剣術や勉強のコツなどを聞いていた。
「……う、ウルクの方はちゃんとやってるんじゃないかい?」
そう思い、フレイが視線を向ける。
「……」
「……」
仏頂面のウルクが、黙ったまま相手の生徒と向かい合っていた。
何を話せば良いのか分からず、ただ時間だけを浪費したらしい。
フレイが言う。
「アルトくんもウルクも変な所で不器用なのを忘れていたよ……」
「アハハハ! 僕は彼ららしくて好きだけどな!」
我が友人ながら、快活に笑う姿にフレイがため息を漏らす。
(ヴェイン、他人事だからって笑って済ませて……まったく……)
世の中に二人が出て行くことが、まだまだ心配なフレイにこれは大きな問題だった。





