53.ゲリオット伯爵
ゲリオット街に到着した俺たちは、まず領主の屋敷へと足を運んだ。
豪華で掃除の行き届いた屋敷に入り、使用人に連れられて執務室に入る。
「失礼します。ゲリオット様……お客人が参りました」
「そうか、ご苦労。下がって良いぞ」
「はい」
使用人が部屋から出ていく。
「失礼だとは承知ですが、お出迎えできず申し訳ない……私がゲリオット街の領主、ゲリオット伯爵です」
ゲリオット伯爵。金髪で、中年の小太りした男性が目の前に居た。
目の下に酷いクマがあり、あまり眠れていないようだ。
近くにある壁面に大量の紙と机には資料が散乱していた。
「ようこそいらっしゃいました。レア王女殿下。それにイスフィール家のウルク様、あと……ええっと、そこのあなたは?」
「アルトです」
軽く会釈する。
ゲリオット伯爵が目を丸くして、レアに視線を向けた。
レアはまるで自分のことのように胸を張って言う。
「アルト様は王都で有名な滅尽の樹魔を単騎で撃破した方です」
「ほぉ! 彼があの有名な方ですか! お話はかねがね聞いておりますぞ! いやぁ! この度はゲリオット街の危機によくぞ参られた! アルト殿!」
俺の両手を握りしめ、激しく上下に揺らす。
苦笑いで応答し、レアとウルクに助けを求める。
「まさかレア王女殿下のお知り合いだったとは! 貴族の間ではもっぱらの噂ですぞ? なんとも疲労を失くす魔法のベッドが作れるのだとか……?」
耳打ちして疲れを感じさせないほど、目を輝かせて俺に迫る。
(こ、この人も苦労してる人だ……確かにあれは疲れてる人にとっては有難い物だもんね……!)
「あとで作りますね」
「ありがとう! ぜひ頼むぞ!」
今度はウルクに気付くも、ゲリオット伯爵は眉をひそめた。
「おや……ウルク様、レーモン様は如何なさいました?」
「おじい様は長旅の疲労で、ゲリオット街にある別荘に居る」
別荘にはレインも一緒で、マルコスさんは冒険者ギルドに用があるみたいで、そちらに足を運んでいた。
ゲリオット伯爵が頭を下げる。
「それは……申し訳ございません」
「気にしなくていい。私たちが勝手について来たんだ。それよりもゲリオット街の状態はどうしたんだ? なぜゲリオット伯爵はそこまで疲れている?」
俺も気になっていることだった。
少なくとも、王族であるレアを出迎え出来ないほど忙しいというのは緊急事態である証だ。
「その、大変申し上げにくいのですが……」
レアの方を見て、何度か言い淀む。
その態度を察したレアが言う。
「分かっています。原因が分からぬ事に、兵は動かせぬ。それが王国の方針ですよね?」
「……失礼ながら、その通りです。最初は些細なことでした。ネズミが消え家畜が消えて、今度は死体が消え……我々も原因究明に努めて冒険者などを動かしたのですが……その行方が分からなくなる一方でして」
「消えた冒険者の数とランクは? どのくらいだ?」
「Aランクが二人、Bランクが三人です」
それって……かなりヤバいんじゃないか?
少なくとも、生半可な魔物にやられるような冒険者ランクじゃない。
ゲリオット伯爵が頭を押さえる。
「冒険者が怖がってしまい、誰も調査をしたがらなくなってしまったのです……! 私兵に調査させていますが、あくまで衛兵ですから……魔物がでると太刀打ちもできず……」
俺は地図が貼られた壁へ寄る。
普通の魔物を相手にAランクの冒険者がやられるとは考えにくい。
人が消える正体が魔物とは限らないけど、正体が分からないと王国は兵を動かせない。
なるほど……だから資料を集め、壁に貼って事件をまとめることで真相を探ろうとしたんだ。
兵士が魔物と戦えないから、別の方法で対策を練る。
でも、情報が足りなさすぎて何も出来ないんだ。
寝る間も惜しんで必死にやったんだ。
「……大丈夫です。手伝います」
「アルト殿……?」
「そのために来たんですから。ね、レア王女殿下」
「へっ? え、えぇ! その通りです! 困っている民がいるのなら、助けるのが王族としての務めですから!」
多少たじろぎながらも、レアが言う。
ウルクが半眼でレアを見つめた。
そして、ウルクはこう思う。
(お前はただ、アルトと一緒に居られるから来ただけだろ……)
レアがゲリオット伯爵に向き直る。
「ゲリオット伯爵。お父様……ごほん、国王陛下は兵は動かせぬと申しておりますが、それは法があるが故のこと。本当は心配しておられます。だから、こうして私を遣わせました」
「存じております……! 国王陛下の采配に深く感謝致します……! ありがとうございます……!」
ゲリオット伯爵が跪く。
こういう些細なことが、王国の忠誠へと繋がることをレアはよく分かっていた。
もしここで、王国がゲリオット街を見放したと思われれば、それはいずれ反乱の種となる可能性がある。
そういう意味でも、国王陛下は優秀なレアを遣わせた。
「まぁ、実際は私がお父様に直談判してアルト様と一緒に来たかっただけですが……」
「えっ……? 今何か仰いましたか……?」
「いえ! なんでもありません。ところでアルト様? どこから調べるのですか?」
「……そうですね。まずは、ここですね」
壁に貼ってある紙を叩く。
それはゲリオット街の全体図だった。
「あ、アルト様……? そこはちょっと……」
「大丈夫です。俺一人で行きます」
俺が指を指した場所はゲリオット街の地下深く。
【地下迷宮】と呼ばれる、古い地下通路だった。
「アルト⁉ Aランク冒険者が二人消えた場所に、たった一人で行くつもりか⁉」
「うん。心配しないで、何かあったらすぐ帰ってくるよ」
あと、こういう場所は一人の方が動きやすい。
……って、また何でもかんでも一人で背負うなって怒られちゃうかな。
ウルクの方を見ると、頬を膨らませていた。
苦笑いで誤魔化す。
ウルクは連れて行けない。
Aランクが二人も消える……。
魔物がもし、【地下迷宮】にいるのなら少なくともA以上、Sランク並みの魔物がいる可能性があるんだ。





